第3話 小鬼が告げる血と名の契約

 

 ――キモイ。


 それがあの生き物を見た第一印象だった。あまりの衝撃に私は叫ぶよりも、むしろ変に落ち着いてしまった。

目の前にいる生き物が自分よりも小さい事も、関係していたかもしれない。


「新種?」

 呟いてしまうぐらい生き物は奇怪だ。

 頭は丸い饅頭のように丸く、胴体は蒲鉾のように中心部にかけ、ぽっこりと膨らんでいる。


 腕と脚は割り箸のように細く、その先端には団子のような丸みを帯びた手の平がついていた。

 生物の最も特徴的なのは小豆のように小さな瞳に、饅頭頭の上に生えている象牙色の三角錐の尖った角。


 まるで古典の時間に学んだ餓鬼草紙に描かれている餓鬼をデフォルメしたようなものだ。

 パッと見るとキモイ。いや、パッと見なくても。

 三十センチぐらいの大きさのそれは、自分よりも三倍以上高いそこから飛び降りると、一回転し体操選手のように着地を決めた。

 ガーリー系の女の子らしいイメージの部屋には、完全に不釣り合いだ。こういうのは座敷にいるべきだろ。



「――月山桜。閻魔様の命により、本日付で地獄の下僕として承認します」

「しゃべった……」

 まるで、成長期前の少年のような耳触りの良い声。

 某少年合唱団にでも入れるんじゃないかというぐらい。

 そんな格好しているのだから、もう少し地獄の底を這うような声かと思えば、なんとも愛らしい。


 だが、残念なことにビジュアルが壊滅的だ。



「人間ごときが閻魔様のお膝元で働けるなんて光栄な事。よって、喜んで馬車の如くは……――」

「黙れ」

 中途半端に途絶えた小鬼の言葉。それは私の仕業だ。

 やたら生意気な上から目線にイラッと来た私は、足元に転がっていたハート型のクッションをぶん投げたのだ。


 それが見事あのムカつく小鬼の顔面へとヒットし、奴はころんと全身をカーペットの上へと投げ出した。

 実に小気味いい。


 ――さすが、私。コントロール良いわ。


 最初見た時は、あまりの異様ぶりに言葉を失いかけた。だが、慣れとは怖い。今ではこいつを叩き潰す事すら出来る自信がある。

 こんなわけのわからないやつに、生意気な口を聞かれるなんてムカつく。

 要するに馬鹿にされたイラつきが、恐怖に打ち勝ったのだ。



「小鬼もどきが。踏みつぶすわよ?」

「何するんですか! この僕を誰だと思っているんです!?」

「生意気なキモイ小鬼もどきだと思っているけど、それがどうしたっていうのよ。っつうか、人の部屋に勝手に入って来て何を偉そうに。あんた、ただの不法侵入者でしょ?」

「この僕を犯罪者呼ばわりするな! 僕は今日よりお前の監視者となる者です」

「はぁ? 監視? あぁ、ストーカーの方か」

「残念ですが、僕は外見より中身重視派なので。魂の美しさにこそ、価値がありますから。ですから、お前にはこれっぽっちも興味がありません。外見こそ美少女の部類かもしれませんが、中身が無さ過ぎます。なんですか、その魂の輝きは」

 あっさりとはっきりと、小鬼は言ってのけた。



 誰にでもえり好みはあると思う。だから、別に好みではないのは一向に構わない。

 けれども、そんな初対面の相手に対して、普通ずげずげと物申すなんて。

 しかも、私の魂が汚れているみたいに言うし。



「魂の清らかな者は、傍にいるだけで心地よく浄化される気持になるんですよ。そうですね、登山したことあります?」

「中学の頃に強制で登らされた事があるけれども」

「なら話は早いです。頂上で吸う、澄んだ空気のおいしさを知っていますよね?」

「うん。あれって酸素を吸っているぞ! って、感じだよね。なんか下界の空気と違うっていうかさ」

「そうです。あんな感じがするんですよ。あぁ、人間界にいる間に是非そのような方がいたらお会いしたいです」

 小鬼は瞳を水面に写る太陽のように輝かせ、まるで恋する乙女が好きな人の話をするみたいに、両手を組んで恍惚な表情を見せている。



「そう。じゃあ、さっさと探しに行けば?」

「可能ならばそうしたいですが、残念ながら貴方を監視しなければならないので無理ですね。最も、貴方が素早く仕事を終わしてくれるなら別ですが」

「仕事って何? 私のレジ打ちのバイトのこと?」

「違いますよ。つい先ほど貴方は契約書読んでいたではありませんか。血と名の契約が交わされている書状を」

「書状……」

 何を指しているのかわかった瞬間、私は口の中が砂漠のように乾いた。



 ――なんかもしかしてやばい事に巻き込まれているんじゃないか。私。



「もしかして読めなかったんですか? 貴方、勉強不足ですよ」

 小鬼はベッドによじ登り半紙のようなものを手中に収めると、飛び降り私の前へと歩いてくる。


「――昔々、月山五郎衛門という男がいました。男は殺人以外なら一通り行ったという極悪人。彼のような輩はもちろん死後閻魔様の裁きを行わなくても地獄行き決定です。ですが、男はどうしても天国を望んだ。そこで閻魔様と取引をしたのです。『俺の先祖を地獄で好きにこき使って良い。だから、俺を天国に連れて行け』と」

「まさか……」

「えぇ。そうです。五郎衛門は貴方の先祖ですよ」

「やっぱり」

「閻魔様はそのおもしろい契約を受けられました。自分の罪の軽減を求める者はいますが、閻魔様に条件を突きつける相手なんて滅多におりませんからね。『何代目の先祖にする?』との閻魔様の問い掛けに、五郎衛門は『指定はせん。ただ、さくらという名の者』という限定付き契約を付けた。後はもう大体わかりましたよね?」

 小鬼の問い掛けに、私は首を縦に振った。



 わかりたくなかったが、わかってしまった。無論、納得はしてない。

 要するに、私がそれに該当したというわけだろう。はっきり言って勝手すぎる。



 ――私、無関係なんですが。名前つけたの、私のお父さんだし。桜のように華やかに周りを和ませるようにって願いを込めて。



「貴方の仕事は、閻魔様の命を受けこの世で馬車馬の如く働くこと。この世界にいる未成仏魂の救済になっております。閻魔様より指定があった者。その人達の魂を閻魔様の元へとお届けることです。あとその他雑用。指示は閻魔様より届きますので、それを逐一お知らせ致します。僕はそのサポートと監視者ですから」

「ちょっと待って! やけに簡単に言ってくれているけど、未成仏って幽霊って事!?」

「そうですが、何か?」

「何かじゃないわよ。私、幽霊とか無理。というか、そもそも私は霊感なんてないし。……って、あれ?」

 言いかけて私の体が停止した。そして、自分の目を指で擦る。 

 おかしい。私って一回も幽霊とか視た事がないし、心霊現象も遭遇した事がない。

 それなのに、小鬼の姿は認識しているんですが。



「あんた私になんかした? 霊感ゼロなのに、あんたの事視えているんだけど……」

「当然です。この僕の高貴な姿を、人間如きがやすやすと拝めるはずないじゃないですか」

 小鬼は両腕を組んで胸を張って、私にドヤ顔を決めて見せた。



 まさか――これが原因?



 私の視線は右足で輝きを放っているそれに向かう。


「へー。感は良いですね。欲にまみれた人間ほど、ちょろいものはありませんでした」

「人の欲につけ込まないでよ!」

 小鬼の言葉にすぐさまアンクレットに手を伸ばすが、まるで何かで接着されたように金具がぴくりとも動かず、外すことが出来ない。

 幾度となく金具を動かそうとしても無駄なあがき。

 これはペンチでチェーン部分を切るしかない。

 そう決断せざるを得ないぐらいにかっちりとしている。



「外れるわけがないじゃないですか。ちょっと考えればわかる事でしょうが。それには呪がかけられているのに」

「の、のろっ!?」

 きっぱりとはっきりと聞こえた呪いの言葉。小鬼の宣告が、酷く遠い所から聞こえてくるかのように耳に届いてきた。呪いなんてそんな物騒なもの私とは無縁だと思っていたのに。



 しかも――今日、私の誕生日なんですけれども!











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