第4話 霊感少年と謎の狼もどき
城南高等学校・西棟。その三階に私のクラス、1―Aがある。
今ではすっかり入学式の静かさが嘘のように廊下はおろか、階段付近まで教室内の喧騒が聞こえて来る始末。
早いものですっかりとみんな打ち解け、平凡な学校生活を過ごしている。
私もその一人なので平穏をぶっ壊されるわけにはいかないのだ。
とりあえず、何事もなく無事に一日を終えますように――
祈りながら教室の扉の前にて、深く息を吐き、無理やり浮かべた笑みを顔に張り付けた。
おそらく鏡を見なくてもきっと本当に笑っているように見えるはずだ。
最近始めたレジ打ちのバイト中、お客さんに「笑顔がいいね」と良く褒められる最強の営業スマイルなのだから。
「いい? 大人しくしてなさいよ」
私は左肩からかけている鞄を見つめると告げた。
あいつがいるのは、鞄の取手部分に結ばれているなんの変哲もない水色のリボンの先だ。
リボンによって針金のように細い両足首を拘束され吊るされているのは、あの煩い小鬼。
他の人に見えるのなら、私はさぞ趣味を疑われるだろう。
みんな可愛いキャラクターのヌイグルミ等をつけているのに私は地獄系。
……ほんと見えなくて良かった。
「この僕をよくも! 鬼っ! 悪魔っ! 人でなしっ!」
カチャカチャと金属がぶつかり合う耳障りな音と共に、これまた耳を塞ぎたい鶏の鳴き声にもひけを取らない甲高い声が、耳に激しくぶつかってくる。
「鬼はお前。私は人間。それにあんたが大人しくしていればすぐに解放するわ。朝から口うるさく人の事を罵ったのは誰?」
とりあえず時間が時間だったから、朝食を食べ小鬼を連れて家を出たのだけれども、通学中もすごく煩くてしょうがなかった。
お前は口を閉じられないのか? というぐらいのマシンガントーク。
しかも、やたら上から目線の説教口調。ただでさえ、満員電車で不快指数が上がっているのに。
「とにかく、大人しくしてなさいよ。せっかく友達も出来たし、クラスにも馴染んだのに変人扱いされたら嫌だから」
私は小鬼にそう告げると、いつものように教室の扉をスライドさせた。やたらこの扉が今日に限って石板のようなのは、私の気のせいではないだろう。ただの木の板だというのに、重量級だ。
とにかく早く問題を解決して、厄介な厄病神とおさらばしたい。幸いな事に今日はバイトのシフトが入っていないため、放課後ならゆっくりと話が出来る。その時までなんとか凌がねば!
「おはよう」
にっこりと意図的に目じりを下げながら、挨拶と共に教室に足を踏み出した。
これが私にとっては日常なのだけれども、今日に限ってあのチビがいるせいで変な汗が背中を伝うし、
やたら喉が渇くという異常事態。
まだ一次限目も始まっていないというのに、百メートル走何本走った? というぐらいの疲労感に襲われている。
「あっ。月山さん、おはよう」
「おはよ~、桜ちゃん」
挨拶を返してくれるクラスメイト達の中を進み、私は自分の席へと向かう。
――良かった。やっぱみんな見えてないみたい。
これで小鬼が静かにしていてくれれば、安心じゃん。以外と普通で良かったよ。
……と思ったが、あのチビが大人しくしているわけなかった。
「――うわ~、すごいです」
なぜだろう。こんなに教室内が騒がしいのに、あいつの声が耳に届いてくるなんて。
きっと好きな人とかなら、恋だからという正当な理由がつくかもしれない。
だが、生憎と対象が小鬼。こめがみを引き攣らせずにはいられなかった。
あのチビ。あれほど大人しくしてろって言ったのに――
痛む頭を押さえながら、その声のした方向に視線を移すと、そこはちょうど窓際の最前席。奴は机の上に立ちながら両手を貝のように組み、恍惚とその席に座っている人物を見つめている。
通常の人間には視えないその姿は、まるで恋する乙女。
時間や周りなどの現実は関係ないとばかりに。
そんな熱い視線を受けている彼は、全く気づかず静かに読書中。
――よりによって、そこですか……お前は本当にどんな星の下に……いや、こいつは地獄生まれか。
すぐさまさりげなく回収に行きたいけど、熱視線を向けている席の奴は訳あり。
なにがマズイって、席の主・大原悟だからに決まっている。
彼はいつも教室内で本を読んでいるか、勉強しているかの二パターン。
そんな感じで別の意味で目立つ上に、入学式で式辞もよんだから名前は知っている。
大原は端正な顔立ちをしているため、女子に密かに人気。
だけれども、愛想が全くないので近づきにくく声をかけにくい。
友達と話している姿なども見た事がないし。
だからさりげなく声をかけて回収しようにも、話かけられる雰囲気じゃないから無理だ。
どうするべきか悩んでいる私を余所に小鬼は、あいかわらず自分の道を突き進んでいる。
「こんなに澄んでいるなんて。このように綺麗で聡明な魂を僕は見た事ないですよ。あの小娘のちゃっちな魂とは、全然格が違いますね~」
人の気もしらないであのチビは、大原の腕に頬ずりしている。
きっとアレが見えていたら、絶叫ものだろう。
行きたくない足を無理矢理進めて、私は回収に向かおうとしたが、すぐに足が床に縫い付けられたように動かなくなってしまう。それは霧のように音も無く私の視界に入ってきたモノによって。
――なに、あれ……
私の視線を捕え離さないもの。
それは、狼のような獣だ。黒板の前を通り、大原と小鬼に近づいて行くと足を止め、うなり声をあげ牙をむき出しに威嚇している。狼のような銀色のふかふかした毛並みの生き物だ。
その鋭い視線のターゲットは、あのちびっこ。
なんで教室に狼が? など疑問が尽きる事はなく浮かんでくる。でも今はそれどころではない。
「小鬼っ。後ろ!」
「へ?」
小鬼は、にへらっとした顔で背後を振り返り、そして石像になった。
かと思えば、窓ガラスが割れるんじゃないかっていうぐらいの声で悲鳴をあげ、私の所に走ってきた。
そして猿が木に登る如く私の足先から頭上へと登りしがみつく。
「なんなんですか!? あれ」
「こっちが聞きたいわよ」
あんなのが教室に入って来たら、きっと教室は騒然としているはず。
だが、教室は何事もなくいたって普通。他の人に視えないという点から、
あの生き物は小鬼と同系統のモノなのかもしれない。
……ヴィジュアルの違いは、かなりの差をつけられているけれどもね。あっちの方が断然格好いい。
狼もどきは、小鬼から視線を外さず、机と机の間を縫うようにこちらとの距離を詰めて来た。
それに対し頭上のあいつは恐怖がピークなのか、私のポニーテールをかき分けその中に隠れようとしているらしく、毛根が引っ張られ皮膚が剥がされそう。
地味だけど痛いため、目じりに涙が浮かんでいく。
人がせっかくアホ毛の一本たりとも許さないように、どっからどう見も完璧に結ったのに。
痛いし髪は乱れるしで散々だ。
すぐさま小鬼を引きはがし、私は髪結いゴムを解いた。
鏡を見ていないけど、おそらくみずほらしい髪型になっている事は替えられない事実。涙を拭い、小鬼を引きはがそうと手を伸ばした瞬間だった。
透き通る空気のような軽やかな声が耳朶に届いたのは。
「小鬼がなぜここに? しかもこれは――地獄の」
「うそ……しゃべった……」
その声は、とてもその強面のヴィジュアルから出ているように思えない。
低くいけど、まるで歌うかのよう。
今日は厄日か何かなのだろうか。大体、私が何をしたっていうのだ。
朝からわけわからない出来事が立て続けに起きている。
「小娘。おぬし、右足が妙だぞ?」
狼は私の足元までくると、首を下げじっと足首を見つめている。
「右足?」
「ほぅ。これは奇妙な。呪詛にでもかかっておるかのようにどす黒い渦を巻いておる」
「貴方視えるの? ねぇ、これ解ける?」
私はしゃがみ込むと、狼と目線を合わせた。
すると、狼は私の右足に鼻を近付け、匂いを嗅ぐ素振りを見せる。
だが、すぐに私の希望を断つ動作をした。
狼は首を横に振ったのだ。
「やっぱ駄目か」
「それはその小物のような下等なモノの仕業ではない。かなりの複雑な術式を用いておるぞ。やっかいな事に、わしが太刀打ち出来ぬぐらいの力の持ち主じゃ」
「なんとかならないかな?」
「今のところそれを行った張本人に解かせる以外、方法は見つからぬ」
「ですよね……」
はぁっと深いため息を吐くと、狼が私の頬を舐めて慰めてくれた。
ざらつく舌の感触がくすぐったい。
――可愛いなぁ。うちの小鬼とは大違いだわ。うちのは私の事を盾にして自分が隠れるぐらいだし。
お礼に体を撫でてあげると、予想外の手触りだったので驚いた。
去年にかったマイクロファイバーのひざかけを思い出し、いつまでも触っていたいぐらいの感覚。
なんか、犬欲しいなー。でもうちに猫いるからなー。
なんて事を考えていると、頭上で誰かに「月山」と呼ばれたため顔を上げる。
するとそこには、学ランを着た生徒が立っていた。
真っ黒い癖の無い髪を耳上まで伸ばし、銀色の細フレームの眼鏡を装備。
それだけだと真面目な印象を受けるが、制服は着崩しているためそうは見えない。
顔立ちも良く、どちらかと言えば中性的な男の子。――大原悟だ。
「月山。保健室行こう」
「は?」
「幻覚見てしまうまで具合が悪いならば、無理せずに休んだほうがいいよ」
幻覚ですか……? あぁ、これか。最初何を言われているかわかんなかったけど、すぐに理解出来た。
視えない奴にはそう思われるのは常。
きっと私が何かしらで、頭がおかしくなったかのように思われているのだろう。
だが、残念な事にこれ現実。もういっそ幻覚であって欲しい願望はあるが。
「なんだ、具合悪かったんだ~」
「びっくりしたよ。いきなり大声で小鬼なんて叫ぶんだもん。桜ちゃんどうしちゃったんだろって心配しちゃった」
「え?」
気が付けば集中している視線と周りから口々に浴びせられる私へと言葉。
それに私は血の気が引き、手が震えだしてきた。
やっと慣れたこのクラスにて、私のポジションが妙な電波女にされる所だったのだ。
平穏な学生生活を送りたいだけなのに、小鬼のせいで最悪な展開になってしまっている。
「なんですか、あの獣」
ちょうど良いことに私の腕を伝って小鬼が降りてきたので、すかさず挟んだ。
右手の親指と人差し指で。豆粒を掴むように。
「ふぐっ」
お前はマシュマロか!? と突っ込みたくなるぐらいの弾力。これは癖になりそうだ。
小鬼が腕を叩いて抗議するけど、それは気にしない。
やつのほっぺたは、ほどよいハリと弾力があり、頭に登っていた血がほんの少しだけ引いていく。
これムカつく時に触ると癒されるかもしれない。どことなく梱包用のあのプチプチを思い出す。
「あのさ、そろそろ許してやって」
「あ」
突然手首を掴まれたため、弾かれたように顔を上げれば大原が眉を顰めていた。
彼はゆっくりと私の指を解き、小鬼を救出するとそのまま肩に乗せた。
「大原、あんたもしかして――」
「行こう。保健室」
私のその言葉は、大原の台詞にかき消された。
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