第2話 差出人不明のプレゼント
――現実……?
酷く働かない頭を無理やり回転させ、私は手にしているそれを見つめ続けていた。
少しごわっとした堅い布の感触、それから映し出される輝き。夢だとしたら、リアルすぎる夢だ。
こんなにも現実的すぎる夢の世界にて幽霊等に追いかけられでもしたら、私は絶叫間違えなし。
夏の冷房なんかいらない。リアルな情景。
小首を傾げ身の回りを眺めても、カラーボックスや机、クローゼットに掛けられた高校の制服など、やはり何度見ても自分の部屋だ。
「夢じゃないよね? だって意識はっきりしているし」
時刻は午前六時四十分。いつものように六時半に携帯のアラームで起きた私に、まさかのサプライズが待っていた。
つい数秒前まで自分が腰かけている、このふかふかのベッドの上で寝ていたためか、私の脳は今にも止まりそうな動きをしている。
そのためこれが現実の世界なのか、現の世界なのか、そのボーダーラインが曖昧なままだ。
――本物っぽいんだけれども。うちのお父さん、出世でもしたの?
私が手に持っているもの。それはターコイズ色をしたベルベット素材の細長いケース。
蓋は開かれ、中には肌なじみするピンクゴールドのチェーンアンクレットが入って、金具によって一粒の石が付けられていた。
石は一瞬ジルコニアのようにも思える。
だが、カーテンから漏れる光が右方向より当たり、キラキラと太陽の光にも負けずと輝きを放っている様子からダイヤモンドだという事が瞬時に理解出来た。
いつの間にか部屋の主に負けず劣らずの存在感を溢れだしているこれが、朝いつものように起きると枕元に置いてあった。そのためしばしの時を、枕の前にて正座でそれを眺めている。
今日は私の誕生日だ。サプライズで家族がプレゼントしてくれたって推測するに至ること容易。
だが、うちではお祝というのは基本的に現金。そしてすぐさま貯金というパターンへと繋がる。
まぁ、要するにお金は堅実に貯めて使用しようというのが月山家家訓。
つい一ヶ月前に迎えた高校の入学式でも、お父さんやおじいちゃん達からのお祝いは現金。だから誕生日やクリスマスも同様。
――それなのになぜ急に?
うちは、外国のようにこんなサプライズするような家風をしてない。どちらかと言えば古風な純和風な格式。朝食はテレビを付けず皆一緒に食べるし。そんなちょっと堅い家なのに、これはまずあり得ない光景。子供の頃のクリスマス以来だ。
今年はどうしてこの趣旨? しかも、あれって……――
視線を右斜め下へと向ければ枕がある。ノリの効いた薄紅色のカバーが掛けられた枕。
そのちょうど右側。何やら折りたたまれた半紙のようなものが置かれていて、このケースが入っていたロゴ入りの真っ赤な紙バックもある。
ブランドは、高校生が持つには不相応なショップだ。
大人になって味を付けてからでなければ、それを持つことはアンバランスで滑稽にも思えるため、高校生が持っていれば偽物だと思うぐらいに値段が高価だった。
だがしかし、現在身分不相応ながらもこのブランドは、今巷の女子高生の間で大人気中。
いや、正確にはブランドのアクセサリー・一粒ダイヤのアンクレットが。そう。つまりは、私が手にしているこれだ。
アンクレットがヒットしている要因。それは今大ヒット中のドラマのせい。
イケメンアイドル主演で、アンクレットが物語の重要な役割を担う小道具となっている。
毎回昼ドラですか? というぐらいにドロドロなのだけれども、時々ロマンチックな夢物語恋愛話も含まれ、飴と鞭を旨く使い分けている。この春視聴率一番だ。
私のクラスでも見てない子はいないというぐらいみんな夢中でドラマ効果もあり、このアンクレットを欲しがる子達がいっぱい。
もちろん、私もその一人である。
通常価格が十万以上するそれは、高校生には手が届かない上に、勿体なすぎて恐らく購入しても装着するのを躊躇してしまう。でも、手が届かないから余計欲しくなっちゃうもの。
悲しい事に人間なので物欲があるし。 除夜の鐘のように百八つあるかないかは、わからないけれど。
「たしかにこの間欲しいと強請ったよ。でもまさか本当に買ってくれるなんて……」
何か妙に引っかかって、私は素直に状況を飲みこめないでいた。
なんだろう? たとえばテストで解答しているのに、それが正解じゃないようなそんな酷く腑に落ちずに、ずっと胸に居座っている感覚。
それにこれも気になるのよね……――
「一体これは何なの?」
私はアンクレットのケースをベッドへと置くと、ぽつりと呟いた。
そしてアンクレットの隣に置かれている半紙を取る。綺麗に正方形に折られ、手の平よりやや大きめのモノだ。
それを開き、私はすぐに白旗を上げた。
――あぁ、やっぱ駄目。読めないって。
おそらく、いやきっとこの数分で中身を解読することは出来ない。
紙には文字が書かれているけれども、まるで一つの歪んだ線のようで、一つ一つの文字の間に空間がない。全て繋がっている。そのため解読不能だ。
まぁ、とどのつまりは達筆すぎて読めないということ。
筆で書かれたような文字は博物館などにある古文書。スマホやパソコンを駆使している現代人に読めと言われても無理。
しかし今時なんとも古風な手紙だ。しかも、紙を持つとふわりと線香のような香りが漂ってくる始末。
まるで平安時代の貴族が手紙に香をたきためるように。
――というか、どうせならもっと読みやすい文字にしてくれても良いと思うんだけれども。こんなんじゃ、贈り主がわかんないじゃん。
読めない手紙に対する興味はすぐにどこかへと飛び、私はそれをそのまま折りたたんでそっと袋の中へと戻す。
「……まぁ、とにかくありがたく頂いておこうっと!」
筆で書かれた文字なので、きっとおじいちゃんかおばあちゃんだろう。
なぜボールペンではなく、それで書いたのか真意は不明だが。
大部分がひっかかるが、物欲にはあっさり敗北。
だって、欲しかった物が貰えたのだ。自分では値段的に購入することは難しいし。
私はアンクレットを右足首へと付け、部屋の片隅に置いてあるドレッサーへと足を進めた。
「うん。やっぱイメージ通り」
白いウッドタイプのフレームの鏡で全身を映し、右足首を何度も動かしてみるけれども、やっぱり可愛い。一粒ダイヤだからシンプルで、結構いろいろ使えそうだ。サンダルでもミュールでも合わせやすい。
「可愛いなぁ~」
「それ、自分大好きナルシスト人間というやつですか?」
「はぁ!? なんでそうなるのよ! 私はアンクレッ……――」
つい反射的に声がした背後を振り返りながら、朝に相応しくないボリュームで声を荒げていたが、飛び込んで来た光景に私の言葉尻が段々と弱くなっていく。
いやだって、カラーボックスの上に変な生き物がいたんだからしょうがない。
そいつはクマのヌイグルミと一緒に一番上の段で足をぶらぶらさせ、満月のような瞳でこちらを見ていた。
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