その娘、今日より地獄の下僕となりて
歌月碧威
第1話 プロローグ
あたり一面は真っ暗闇。
唯一の明かりは、隣を歩く人が所持する一部分だけしか照らす能力がない懐中電灯。
そんな人工的な光だけではとても心もとないし、バックミュージック代わりにと、頼んでもいないのにどこからともなく聞こえてくる女性の悲鳴が私の恐怖を更に煽る。
しかもおまけに今現在の時刻が丑三つ時ときた。この三拍子がそろって、平常心でなんていられるはずがない。
明らかに心拍数は異常をきたしているし、何度も瞼から流れる雫により、ただでさえ視界が悪いというのにますます状況を悪化させてしまっている。
何度も何度も袖口でそれを拭うけど、また次から次へと頬を伝ってきて敵わない。
はっきり言ってホラー映画の予告でも震えてしまい、それを視界から遮ってしまう人間にこれはキツイ。私がマゾヒストでこの状況に対し、快楽を感じるような人間ならば話は別だ。
だが生憎と私はノーマル。それゆえ、こんな所に好んで来るわけがない。
でも、私はこの先に行かなければならないのだ。居るかもしれないある人物を探すために……
そんな何かしらの特別な理由がなければ、何が悲しくて自ら追い込む状況を作る事をするだろうか。
いや、しない。今すぐ全てを放棄し逃げ出している。
――あぁ、最悪。ほんと最悪。あいつとさえ出会わなければ。
ここ数日幾度もそんな後悔が襲ってきているが、それは仕方の無い事。
これは運命。そう何度も言い聞かせては、自分を慰めるしかないこの無情さ。
――あぁ……早く仕事終えて帰りたいよ……
何気なく過ごしているいつもの日常が、こんなにも素晴らしいものだったなんて知らなかった。
「月山、足下悪いから気をつけて」
そう身を案じてくれるのは、私の隣を歩く人。
彼が懐中電灯で照らしてくれている道を、ただひたすら真っすぐ歩き進んでいく。
というか、彼にしがみ付いているため、情けないことに半ば引きずられるような格好になってしまっている。
土に混ざった小石の音や鳥の鳴き声、それから両サイドにある木々が風に揺れ動いている。
その音がやたら大きく耳に届き、心臓の速度を異常に早めた。
まるで好きな人と会話しているぐらいに高鳴っている。心情は違うが。
これぐらい些細な音は日常生活では気にも止めないぐらい些細なものかもしれない。
だが、今は違う。震える体をさらに小刻みに震えさせるぐらいの威力を抱えているのだ。
それらのせいで足が余計竦むけれど、わずかしか残ってない気力を削られながらも、一歩一歩ゆっくりと進んで行く。とにかく前に進む事、それ以外に道はない。
普段なら目的地まで十分もかからない一本道。
だが私の足が遅いせいか、それとも時間の感覚が鈍くなっているせいか、今は倍以上の時間を感じる。
しかも真っ暗なため中間地点もゴール地点も見えない。
「とにかくお願いだから、幽霊とか出ませんように……」
「いや、月山。出でもらわないと困るよ。俺達がこれから会いに行くのは、もうすでにこの世に居ない人物だから」
隣を歩く青年は私の神頼みに近い願い事に対し、冷静にそう返事をしてきた。
必死で彼の腕にしがみ付いている私とは違い、この人は「ちょっとコンビニまで」的な感覚で足を進めて行っている。そのためさくさくと足取りも軽やか。
私達がいるのは、地元でも有名なスポット『紀伊城跡地』だというのに――
紀代城跡地というのは、この地区に住んでいる者が誰でも一度は訪れたことがあると言われるような場所だ。春は広場に植えてある桜の木々が綺麗で、私も年に一度お花見にやってくる。
高台にあるためか、ここは見下ろす景色が絶景。ちゃんと私の家も小さいながら探し出す事が可能。
だから、すぐ近くにある老人施設の入居者やご近所の人達の憩いの場となっている。
もちろん日中でそうのような素晴らしい眺望なため、夜景もすごく綺麗だ。
ただし、この地を夜に訪れるカップルはあまりいない。なぜならここは闇を味方につけると、泣く子も黙る心霊スポットへと変わっていくから。だから、ここに来るのは肝試しに来た人達がほとんど。
そう。先ほどから時折聞こえている女性の悲鳴は、おそらくその人達によるものだろう。
「……そんな事はわかっているよ。でも、怖いものは怖いんだってば。ねぇ。こんな場所に絶対に置いて行かないでね。置いて行ったら末代先まで呪ってやるから」
突風が吹いてもはがれませんよ? というぐらいに抱きついている腕の人にそう告げると、彼は足を止め、私の方に顔を向け苦笑いを浮かべた。
「それは困るよ、月山。不確定な未来だけど、俺と月山の子孫は一緒なんだよ? 自分の子孫呪ってどうするんだ。それに呪われて良い気分ではないのは、月山が一番知っているだろ?」
「それ言わないで……」
そう。今こうしてここにいるのは、私が原因。いや、元をただせば人間に煩悩というものがあるのが根本。
あの時、私が――
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