第18話 砂丘の鉄と血
ダンカン少佐は汎用ロボット「ネロ」のコクピットで大きく息を吐いた。
ガイア連邦で使用に耐える機体をかき集めたロボット戦闘小隊は4機で構成されている。
2,000年以上前に栄えた古代文明の壊れない機械は大切に使われたり、あるいは地下深くに眠った状態で長い年月を超えてきた。
ガイア連邦の首都を目指して侵攻するラダマンティス軍の先頭には常に人型の戦闘ロボットの姿が見られ、その攻撃力はガイア連邦軍の通常兵器を瞬時にスクラップに変えている。
連邦の首脳部は、ラダマンティス軍への対応策として連邦内で汎用作業に使われていた人型ロボットをかき集め、急ごしらえの武器を装備して前線に投入したのだ。
「少佐、人型ロボットだから敵の黒いやつに対抗できるというわけではないですよね」
ダンカンのヘッドセットに部下のカウフマンの声が飛び込んできた。
「そんなことはわかっている。だが、この防衛ラインはこれまでの戦闘記録をもとに対策を考えた布陣だ。作戦通りにすれば効果はある。無駄口をたたかずに待機しろ」
ダンカンはカウフマンとの通信を終えると自分の汎用ロボットネロが抱える小銃を見つめた。
敵が使う黒いロボットは強力なレーザー兵器と、強固な装甲を持っている。それに対抗するために口径105ミリの徹甲弾を連射できる全長7メートルに達する小銃が用意された。
至近距離に飛び込んで連射すれば、敵の黒いロボットを葬り去れるはずだ。
ダンカンたちが布陣したのは、平野部の真ん中に標高50ミーターほどの丘陵が長く連なるエリアだ。
ダンカンたちは丘陵地帯を遮蔽物にしてラダマンティス軍を待ち構える。
丘陵の平野側には、ガイア連邦の主力となっているジャガー戦車が一個大隊。丘陵の後ろには野戦重砲連隊と対空砲部隊が布陣していた。
ジャガー戦車部隊は、これまでの戦闘であまりにも被害が大きかったため、戦車砲を自動装填化し、射撃機能を遠隔操作にしておとりとして配置されている
ラダマンティスのロボット部隊は戦車部隊と対峙した際には戦車砲の射程距離外からジャンプして間近に着地し、レーザーソードを戦車の上面から突き刺して破壊する戦法をとる。
レーザー兵器で戦車の分厚い前面装甲を抜くには、時間がかかることから戦車砲の直撃を避けつつ装甲が薄い上面のを狙う戦法なのだ。
ダンカン達にとっては敵がおとりの戦車部隊に襲い掛かった時に、物陰から飛び出し、至近距離から攻撃するのが唯一のチャンスだ。
「ナグモ、ホアン、合図があるまでは敵への発砲は控えろ。十分に引き付けてから攻撃するんだ」
「了解」
ナグモが短く応答する。
待機時間が長引き、ダンカンが焦燥感を覚え始めたころに、平野の彼方に土煙が見え始めた。
やがて、土煙の先頭に黒い人型が見える。
黒いロボットは大型のレーザー兵器を槍を持つように片手で縦に持ち、緊張感無くゆらゆらと歩いてくる。
「ダンカン少佐、敵のロボットはたったの2機です」
「舐められたものだな。」
ダンカンハはホアンの無駄口に短く応じた。
そうはいっても、手ごわいことに変わりはない。
そしてロボットの後ろにはラダマンティスの機甲師団と歩兵部隊がひしめいている。
敵のロボットとの距離が5,000ミーターを切った時にジャガー戦車部隊は砲撃を開始した。
105ミリのライフル砲弾が黒いロボット2機に集中したと見えた時、ダンカンはロボットの機体を見失った。
ダンカンは慌てて敵の機体を探し、ジャガー戦車部隊の頭上にスラスターの噴射炎があるのに気が付いた。
敵のロボットは機体に内蔵されたスラスターを噴射し、5千ミーターの距離を弾道飛行したのだ。
そのまま着地すれば、墜落した飛行機のような勢いで地面に叩きつけられるので当然ながら逆噴射で減速する必要がある。
その時、ダンカンの視野の隅で何かが動いた。
「うおおおお」
スラスターを噴射して戦車部隊の真ん中に着地しようとする敵の黒いロボットに向けて、カウフマンのネロが突進していた。
「ばか、まだ距離が遠い」
ダンカンは止めようと思ったがもう遅かった。
ドムドムドム。
カウフマンの機体から発射音が響く。
ネロの「小銃」は105ミリの徹甲弾をブローバック方式で再装填して連続発射する空恐ろしい武器だ。
カウフマンの射撃は正確に着弾し機体にめり込んでいく。
砲弾のストップパワーを受け止めたロボットはバランスを崩して仰向けに倒れていく。
「いけるのか?」
ダンカンはカウフマンが一気に敵を葬り去るところを想像したが、もう1機の敵はスピードを殺して着地すると片手を上げる。
まばゆい光が一閃するとカウフマンの搭乗するネロは胴体を分断されていた。
二つにちぎれた機体は地面に転がり激しい炎を上げる。
「カウフマン。脱出しろ」
ダンカンの呼びかけに答えはなかった。
カウフマンの機体をつぶした敵は、再びジャンプして丘陵の上に飛び上がろうとしていた。
「ホアン、ナグモ撃て。」
ダンカンは部下に指令を出して、自分のネロも突進させた。
そして、地面に倒れた状態から起き上がろうとする黒いロボットに砲弾を浴びせる。
初速の早い105ミリ砲弾は黒いロボットに確実にめり込んでいく。
ネロの「小銃」のマガジンには20発の砲弾が収められている。
全部叩き込めば破壊できるかもしれない。
ネロの背中には予備の弾倉も装備されていたが、悠長にマガジンの交換ができるとは思えなかった。
ダンカンがさらに近づこうとした時、彼のネロはバランスを崩した。
「左脚部が異常高温、バランサーが機能不全のため歩行不能です」
コクピット内に警告アナウンスが繰り返し流れた。左足の膝から下を溶断されたネロは傾いて擱座する。
黒いロボットは倒れた状態から片手に仕込まれたレーザーを使って反撃したのだ。
「くそ、動いてくれ」
ダンカンは緊急モードでネロの右足を曲げてバランスをとると、射撃を再開する。
しかし、敵の黒いロボットもすでに上体を起こし、片腕に内蔵されたレーザーの射撃体勢を整えていた。
ネロがマガジンの砲弾を打ち尽くした後、黒いロボットはレーザーでネロの胴体を数か所打ち抜いた。
「メインアクチェーターが損傷しました。ジェネレーターで火災が発生。脱出してください。」
ダンカンは警告アナウンスが繰り返される中で残っているモニターでホアンとナグモの状況を確認しようとする。
明滅するモニターにはレーザーソードを構えた敵の機体と炎上する二つの残骸が映っている。
「駄目か」
ダンカンがモニターを見ながらうなだれた時、目の前の黒いロボットが、砲弾を受けてよろめくのが見えた。
砲撃は続き、大型の砲弾を立て続けに受けた黒いロボットは装甲がひしゃげて内部からどろりとした液体が噴き出した。
丘の上にいたもう一機の黒いロボットも装甲が破れて、どろどろの液体を噴出させている。
「一体何が起きたんだ」
茫然としているダンカンの前を数台の大型の戦闘車両が通り過ぎていく。
150ミリクラスの巨大な砲身を車体に直接マウントした構造には見覚えがあった。
「エレファント駆逐戦車だな、どこに隠していたんだ」
ガイア連邦が開発していた新型の駆逐戦車は、ラダマンティスの戦車師団に果敢に戦いを挑んでいる。
同時に丘陵地帯の背後に布陣していた野戦重砲大隊が猛然と射撃を開始した。
新手の黒いロボットが現れるまでのつかの間のことかもしれないが、ダンカンたちの首都防衛ラインはどうにか反撃を開始することができたのだ。
戦車部隊が敵の大部隊に突入していくのを見ながら、ダンカンはあることに気が付いていた。
「あいつら、俺たちもおとりとして使ったんだな」
コクピットの中の警告アナウンスは鳴りやまない。
ダンカンは大破した機体に下半身をはさまれて脱出することもできなかったが、怒りを感じるよりも笑いの発作を抑えることができなかった。
「やってくれるじゃないか」
ダンカンは笑いながら、残ったモニターで戦いの趨勢を見物することにした。
局地戦の勝利のために貢献したのなら少しは気も晴れるというものだ。
戦いの中心が平野部に移っていく中で、丘陵の近くでは破壊されたロボットや戦車が黒煙を上げて燃え続けていた。
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