第17話 つかの間の休日
霊廟を出た直樹たちは宮殿の地上階に戻った。
皆がそれぞれに思うことがあり黙り込んでおり、最初に口を開いたのはマザーサキだった。
「今後について後ほど話し合いましょう。あなた達2人はタナトスのパイロットとして登録されていると聞いているので、私からお願いしたいことがあるのです」
彼女はお付きの少年に目配せした。少年は足早に部屋から出て行く。
「今、シローヌに食事の手配をさせています。長旅の後なのに休養も取らせず申し訳ありませんでした」
シローヌと呼ばれた少年は廊下から戻ってくると直樹たちに告げた。
「準備ができましたので御案内します。こちらへどうぞ」
シローヌの案内で廊下に出る直樹らをマザーサキは会釈して見送る。
直樹とマミが通されたのは、国賓クラスの会食が行われる大きな食堂だった。
大きなテーブルの対面に座った直樹たちに次々と料理が運ばれてくる。
料理はおいしかったが給仕係に囲まれて直樹もマミも口数は少なかった。
夕食の時間までは休養しているように言われて通された部屋は2部屋続きのゴージャスな部屋だ。
直樹が飛行服から通常の制服に着替えた時に部屋をノックする音が聞こえた。
ドアを開けるとそこにいたのはマミだった。
「入ってもいい?」
「いいよ」
マミも、普段着ているどこかの高校の制服みたいなブレザーとスカートのセットに着替えていた。
彼女はリビングルームのソファーにドサッと腰を下ろしていった。
「あなたが、グレートマザーの顔見知りだとは思わなかったわ。何で言ってくれなかったの」
「彼女がこの星の要人だったとは知らなかったんだよ」
人は時と共に変貌していく。
フォログラムの彼女の姿は直樹と一緒にいた頃と変わりないが、立ち居振る舞いが別人のようだった。
直樹にとっては数週間前の記憶でも彼女にとっては永遠に等しい時間が過ぎている。
それなのに、直樹のクローンを作り続けていたことを知ると、うれしく思うのと同時に何だか重荷にも感じられた。
マミは直樹の言葉を考えていたがやがて納得したようだった。
「さっきマザーサキが言っていたけど、タナトスを動かせるのは私たちだけでしょう。もしかしたら一式艦長はあなたをタナトスとセットでガイア連邦に売るつもりではないかしら」
「その可能性はあるな」
タナトスの戦略的な価値が高すぎて、サンドッグ一派ではもてあます事は十分考えられた。
「もしそうなったら、僕はガイア連邦軍と一緒に戦うことにするよ」
仮想人格のさゆみにマザーサキを助けてくれと頼まれて、直樹はガイア連邦のために戦う方向に心が傾いていた。
直樹が隣に座るとマミはゆったりとしたソファの背もたれに体を沈めるとだしぬけにつぶやいた。
「ねえ、しようか」
直樹はサンドッグ一派と生活するうちに、真美に惹かれるようになっていたのだが、前触れも無しに持ちかけられて慌てた。
「君たちの世界ではあいさつ代わりにエッチするのか?」
「違うわ、するのは好きな相手だけよ」
彼女は自分の言ったセリフに顔を赤らめる。
「直樹と仲良くなりたいと思っても、あなたの心の中には誰か想い人が居るような気がしていたの。それがマザーサキだったとしたら、私にもチャンスがあると思えたから」
直樹は自分の心を見透かされた気分になった。
「そのとおりかもしれない。僕は無意識に過去に残してきた彼女を想っていたが、本人は5万年の時を生き抜いて年輪が加わり、今では人ですらなくなっていた」
マミはクスッと笑った。
「ようこそ五万年後の世界へ」
マミは目を閉じてにキスを求め、直樹がそれに応えようと顔を近づけた時、誰かが部屋のドアをノックした。
直樹が慌てて服装を整えてドアを開けると、ノックしたのはシローヌだった。
「会食用の衣装をお持ちしました。夕食時にはこれに着替えておいで下さい」
宮殿のドレスコードとかあって、相応しい衣装を持ってきてくれたようだ。
「ありがとう。これは後で返したらいいのかな」
「いいえ。あなたにはこれからも必要なはずですから自分の物としてお持ち下さい」
彼の中では直樹が連邦に残ることが既定路線となっているようだ。
「お連れ様の衣装もお持ちしたのですが」
「彼女は多分外出しているから部屋においといてください。戻ったら言っておくよ」
シローヌはうなずいた。
直樹は礼を言って、ドアを閉めるとソファーに戻って、おもむろにマミと抱き合った。
直樹はマミの服の胸元のリボンを外しブラウスを脱がしたが、ブラのはずし方がわからなくて悪戦苦闘していると再びノックの音がする。
直樹がドアを開けると、ノックしたのはシローヌだった。
「夕食会は6時からです連邦の重鎮がそろいますから、くれぐれも時間に遅れないようにしてください」
「わかったよ」
直樹は生真面目に答えたが、シローヌの視線はチラと直樹の背後に投げられる。直樹たちの動向は承知していて、宮中で不謹慎な奴とか思っているのに違いない。
直樹がドアを閉めて戻るとマミはあちこちはだけた格好でソファーに転がっていた。
「ここでは落ち着かないから奥の部屋に行こう」
直樹が提案するとマミはクスクスと笑った。
疲れていた直樹たちは、情事の後でそのまま寝込んでしまった。
結局、夕食会を寝過しそうになり、シローヌに起こされたのだった。
マザーサキは食事の間は世間話に終始した。それがマナーのようだ。
食後に別室に行き、彼女はおもむろに話を切り出した。
「実は今ガイア連邦は危機に瀕しています。ラダマンティス軍が大陸の北部に上陸して首都を目指して進軍しているのです。どうかあなたの力を貸してください」
「協力するのはいいけど。僕一人の力でどうなるものでもないのではありませんか」
「いいえ。敵はタナトスに似た人型の兵器を先頭に立てていて、通常の兵器を圧倒しています。あなたにはタナトスに搭乗してガイア連邦軍の先頭に立っていただきたいのです」
敵がタナトスと同じスペックの人型兵器を使っていたら、通常兵器の地上軍では圧倒されるのも無理はない。
「でも、タナトスはサンドッグが所有することになったのでしょう。僕の一存では動かせないのではないかな」
「その件なら、一式艦長と話が付いています。あなた本人が同意すれば、すぐにガイア連邦軍に参入してもらえます」
どうやら水面下で話が進んでいたらしい。
「わかりました。連邦軍に協力させてください」
直樹の答えを聞いて同席していた軍の長官が立ち上がって握手を求めてきた。
「タナトスは今こちらに輸送中です。到着次第、前線に向かっていただけますか。」
長官の言葉からは連邦軍が迫ってくる敵に追い込まれていたことがひしひしと伝わり、直樹は責任と不安を感じながらうなずいた。
会合が終わって、自分たちにあてがわれた部屋に戻る間マミは陽気だった。宮殿が貸してくれた会食用のシックなドレスがやけに似合っている
「レテ島に帰ったら皆に自慢してやるわ。マザーサキと一緒に食事したなんてあの辺の誰も経験無いはずだもん。」
彼女は直樹を輸送して来たのだから、帰らなければならないと考えているようだ。
「おやすみ」
「おやすみ。またあした」
真美は上機嫌で自室に戻っていった。
翌日、直樹とマミはガイアの市内観光に繰り出した。
シローヌが直樹たちの案内にあたる。
彼の説明では、ガイア連邦は二千年前に壊滅的な打撃を受けたが、今では復興してかつての繁栄を取り戻しつつあるのだという。
シローヌは市内の主要なインフラ施設の視察という良くあるメニューの間にショッピング施設や観光地も折り込んでてきぱきと案内する。
シローヌは有能だった。
「君とマザーサキはどういう関係なの」
直樹が午後のお茶の時に何気なく質問すると、横にいたマミは口を押さえる。
露骨に聞いてはいけない類のことだったようだが、シローヌは平静に答えた。
「サキ様は私の異母姉です。私は志願してサキ様の私設の執事をさせていただいています。これからもその関係は変わりません」
シローヌのこと場は彼の立場を率直に表明したもので、直樹はそれ以上詮索しないことにした。
「タナトスをレテ島から輸送すると言っていたけど、いつ頃到着するのだろうか」
新たに質問した直樹に彼は即座に答えた。
「空母ワイバーンに搭載してこちらに向かっています。本日の夕刻には到着する予定です」
「本日の夕刻だって?。航空機で5時間以上かかった距離だなのにも、そんなに早く着けるのか?」
「はい、護衛の駆逐艦2隻を伴って全速力で航行しています」
直樹とマミは顔を見合わせた。おそらく直樹たちが出発した直後にタナトスを積んでレテ島を出発したのだろう。
「到着時刻は接岸に要する時間込みです。ワイバーン自体はもう見えるところに来ていますよ。ほら、あそこの水平線のあたり」
直樹らは首都の郊外。高台にあるマザーサキの別荘のような施設に居た。彼が指し示す水平線の当たりには確かに平べったい大型の船影が見えていた。
「ワイバーンに乗って前線まで行くことになるのだろうか」
「いいえ。敵部隊はすぐそこまで迫っています。海上輸送は危険なのでタナトス自体で移動してもらうことになります」
「ガイア連邦はそこまで攻め込まれていたのか」
直樹の問いかけにシローヌは唇を噛んでうなずいた。
「あなたが我々の最後の切り札です」
直樹は洋上遙かに見える航空母艦の姿と、きまじめな表情のシローヌを交互に見て尋ねた。
「教えてくれないか。タナトスはそれほどまでに強力な兵器なのか?」
彼はため息をついて答えた。
「私たちの星は二千年前まで繁栄を極めていました。今使われている通信装置や光学機器の多くはその時代のテクノロジーで作られた壊れない製品なのです。」
直樹はマミが使っていたスマホもどきの装置や、ミツルが持っていた双眼鏡を思い出した。
「その時代の私たちの祖先は、致命的な誤りを一つ犯しました。それはタナトスを作ってしまったことです」
直樹は自分が乗ったタナトスを思い出した。それはコクピットに封入した人間の生命を維持しながら寸分の狂いもなく動作し、途方もない破壊力を秘めている。
「その時代の人々は自らの国を統べる神のような存在を作ろうとしたのだと思います。タナトスに乗るのは国民に選ばれた能力も人柄も優れた指導者だったのです」
彼は直樹の顔をじっと見た。
「良く聞いてください。タナトスは搭乗者の意識領域を拡大します。そして連続して72時間以上コクピットにいるとタナトスの生体系の組織と搭乗者が融合し始めるのです。搭乗者は人以上の知覚と思考力を持ったまま、タナトスと一体化してほとんど永遠に生きることが出来るようになります」
「ちょっと待て。そんな話は初めて聞いたぞ。」
「サキには秘密にしろと言われていました。」
直樹は若いのに苦労を抱えたマザーサキの顔を思い出し、シローヌは話を続ける。
「あなたがもしラダマンティス帝国の王ハデスを倒すことが出来たら。ご自分のタナトスは二度と使えないように破壊して欲しいと思っています。だから教えたのです」
「どういうことだ」
「人知が及ばないような知恵と洞察力を持ったあげく、人類を滅ぼすために使うような存在は必要ないからです」
「ハデス王がそうだというのか」
シローヌはうなずいた。
「彼は二千年前に自分以外の十二人の指導者を全て殺しました。彼らもタナトスと融合していたのですが、不意を突かれたのです。そして、ハデスは文明の基礎となる産業を全て破壊しました。その上で人類を滅ぼすための生命=機械を作り、野に放ったのです」
「その後彼はどうしたんだ」
「ハデスは自分の支持者が住まうコミュニティーの地下で眠りについたのです。しかし、何かのセンサーを設置していたのでしょうね。私たちの文明が復興する兆しを察知して二十年前に眠りから覚めました。それが現在の戦乱の始まりです」
シローヌは立ち上がると速度を落として入港してくるワイバーンの姿を眺めた。
直樹はふと思いついてシローヌに尋ねた。
「なあ、僕たちが生体認証でタナトスのパイロットして登録されなかったら誰が乗るはずだったんだ」
彼は背を向けたまま答えた。
「サキと私、そして司令長官です」
居心地の悪い沈黙の中、遠くに見える港では入港した空母の接岸作業が始まろうとしていた。
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