第14話 連邦政府の召喚状

 やばい。もめごとを起こすなと言われたばかりだったと直樹は後悔したが後の祭りだ。

 すんなり謝るのと、この場から逃げるのとどちらがいいかと直樹が迷っていると、トラブル発生を察知したジェイクが、飛んできた。

「お客さん乱暴はいけませんよ。お酒の上のことですからここは穏便にいきましょう」

「そうはいくものか。こいつは我々の隊旗に落書きしたのだぞ。けじめを付けさせないと我々の沽券に関わる」

 ワイバーンの艦載機パイロットは直樹につかみかかろうとする。

「ちょっと待て、その落書きを見せてみろ」

 彼らがいたテーブルの方から将校らしき男性が近寄った。

「ライアン中佐、ただの落書きです。お見せするような物ではありません」

 パイロットは直立して答えた。

「エディ少尉。君は親衛隊に伝わる伝説を知らないのか。いつの日か親衛隊の隊旗に落書きをする者が現れ、その者は世界を救うという話だ」

「知っていますよ。しかし中佐、こいつはラダマンティスから救出された後、私掠船に雇われている子供達の一人です。世界を救う者ではありませんよ」

 エディ少尉と呼ばれたパイロットはむきになって反論するが、将校はゆっくりと頭を振った。

「ここを見てみろ、彼が書いたのは明らかにリボンだ。それも伝説どおりの位置に書かれている。リディ少尉は至急ワイバーンに戻って艦長に報告しろ。そして連邦政府に通報して判断を仰ぐんだ」

「はっ」

 リディ少尉は中佐に敬礼すると港の方にかけだしていった。上官の命令は絶対だ。

「さて、君も人の物に落書きするのは褒められた事ではないが、落書きの件は咎めないから少し話を聞かせてくれないか」

 どうやら怒られないで済みそうだと直樹が胸をなで下ろしていると、背後からマミの声が聞こえた。

「彼の頭蓋には旧世界人の記憶を納めたチップが埋め込まれているわ。ラダマンティスが捕虜が産んだ新生児を使って人体実験をしたの。チップの記憶は発現しないまま彼は成長したけど、つい最近彼はソウルイーターに捕捉されて人格を破壊され、その代わりのように旧世界人の意識が目覚めたの。彼はトーキョーに住んでいたと主張しているわ」

 将校は目を丸くした。

「驚いたな。おまえの証言は秘匿されている情報と全て合致している。もしそうなら彼はグレートマザーが探し求めていたチップの記憶を発現している訳だ。漏洩した情報を使って連邦政府を欺こうとしている訳ではないな」

「親衛隊の伝説なんて私が知るわけ無いでしょ」

 マミは将校に対しても無愛想に応じる。

 しかし、ライアン中佐は温厚な表情のままだ。

「一式艦長の配下なら我々とは近しい仲だ。君達をワイバーンに招待しよう。」

「本当?私モスキートに乗っているの。新型戦闘機のワスプに乗らせて欲しいな」

「ほうパイロットだったのか。アレスターフックを使って着艦できる自信があるなら考えてもいいぞ」

 ライアン中佐は向こう見ずなマミの反応をおもしろがっている。

「直樹、マミ。そろそろ引き上げよう」

 テーブルに戻ってこない直樹らを心配して来たルークが直樹に耳打ちした。

 雰囲気を察したのかミツルも直樹たちの所に寄ってくる。

 結局、直樹たちはジェイクのカフェをそそくさと後にした。

「なんで親衛隊の隊旗に落書きなんかするのよ。シオリにもめ事をおこすなと言われたのを忘れたの」

 中途半端な時間に帰ることになって物足りないらしく、マミは機嫌が悪い。

「ごめん。元の世界でよく見た図柄だからつい手を出してしまったんだ」

「でもすごいですね。数万年前の時代から受け継がれている図柄があるなんて」

 ミツルが暮れかけた空を見上げながらつぶやく。

 直樹はミツルが見ている空一角にある、あまり目立たない星が太陽だと聞いていた。

「でも私はあのマークは親衛隊には似合わないと思っていたのよ。どう見てもかわいらしいイメージなのよね」

「僕もそれは感じていたな、子供の頃から親衛隊のエンブレムとしてすり込まれているから普段は何も感じないが改めて見ると厳つい兵士よりも小さな女の子に似合いそうだね」

 マミとルークがケイティちゃん談義をしている横で直樹はリボンのないケイティのアップリケ、それも結構でかい奴を胸に付けた親衛隊兵士達の姿を思い出していた。

 やっぱり似合っていない。

「ねえ、直樹あなたの落書きが親衛隊の伝説と合致したってどういう訳なの」

 マミにいきなり話を向けられて直樹はとまどった。

「あの絵はもともとリボンがセットになった絵柄なんだ。知っている人が見たらリボンがないことにすに気がつくと思うよ」

 直樹は話をしながら、さゆみとケイティの話をしたことを思い出した。

 彼女がLINEスタンプとして販売しようとした絵柄がケイティそっくりだった件だ。

「旧世界の人間なら皆知っているほどメジャーな絵柄だとしたら、旧世界から転生した人間をピックアップするための伝説だった可能性もあるな」

 ルークがあごに手を当てて言った。

 彼の言うとおりに、旧世界から転生した直樹がまんまと引っかかったということだろうか。

 直樹たちがいくら話しても真相はわからなかった。

 翌日、直樹とマミはブリッジに呼び出された。

「おまえ達一体何をしたんだ。連邦政府から直樹当てに召喚状が来ている。燃料代向こう持ちで直樹を首都のガイアまで連れてこいって話だ。」

「もしかして私に操縦しろと。」

 マミが尋ねた。何となく嬉しそうな雰囲気だ。

「適任者はマミしかいないだろう。モスキートのフロート内のタンクに目いっぱい燃料を積んだら2,000キロミータは飛べる。一気に首都まで行けるはずだ。」

「えー。ちょっと待ってそんなに燃料積んだら離水できないかもしれない。」

 難色を示すマミに艦長は言った。

「サンドッグが全速で航走しながらカタパルトで射出する」

「なんと気前のいいことを。一体どうしたの艦長」

「言っただろ。燃料代は連邦軍持ちだ。向こうでも連邦が宿舎を用意して歓待すると言っている」

 マミにとっては首都はあこがれの場所らしく、彼女は俄然機嫌が良くなった。

「そういうわけで、直樹はモスキートの後部座席に乗ってくれ。例のアニヒレーターを機銃の代わりにセットしておく。」

 艦長はブリッジから外を見た。礁湖では、ワイバーンが駆逐艦一隻を伴って外海へ出て行こうとしていた。

 レミーに聞いた話では、この艦隊の主機関は蒸気タービンが多いという。

 蒸気タービンは重油ボイラーの温度が上がって十分な蒸気が発生すれば高出力を発揮できるが蒸気圧を上げるには時間がかかる。

「いいんですか秘密兵器を連邦まで持って行って」

 直樹が尋ねると艦長は肩をすくめた。

「生体認証のせいで君がいなければあれはただのゴミだ。持って行っていざと言うときに使ってくれ」

 そのような場面にならないことを祈ろうと直樹はひそかに思う。

 直樹とマミはブリッジでブリーフィングを行った後、そのまま出発の準備に入った。

 ワイバーンの後を追うようにサンドッグは速度を上げ、礁湖を横切っていく。

 サンドッグの主機関はディーゼルエンジンだ。海賊と言う活動目的を考慮し、エンジン始動直後から高出力を発揮でき、燃費も良いディーゼルエンジンを採用したらしい。

 ガスタービンエンジンは使わないのかと聞くと、レミーさんは怪訝な顔をした。

 ジェットエンジンやガスタービンの概念は無いようだ。

 直樹とマミはカタパルト上のモスキートに乗り込んだ。

 直樹はこんなレトロな機体で2,000キロも飛べるのかと心配だったが、発艦準備は着々と進む。

 既にサンドッグは風上に舳先を向けて全速力で航行している。

 翼面積の大きなプロペラ機はそのまま離艦できそうな速度だ。

 機体の周囲では数名の整備士が準備をしている。

 1人が機体下のメインフロートに燃料を注入していた。

 もう一人は機体の前端にあるエンジンの横にガチャンと何かの装置を接続すると右手を挙げた。

 マミが合図をすると機体のプロペラがゆっくりと回り始め、やがてエンジンが始動し、排気の香りが気流に乗って流れて来る。

「直樹、飛ぶよ」

 マミは簡潔な説明と共に、エンジンパワーを最大まで上げた。

 同時に、蹴飛ばされたような衝撃と共に機体は前に射出されていた。

 発艦したモスキートは、しばらくの間海面近くを飛んで徐々にスピードを上げ、やがて一気に高度を上げ、北を目指して飛び始めた。

「直樹インカムは聞こえるか。この辺には敵機も出現するから見張りは怠らないでくれ」

 インカムを通して、マミの声が響いた。この世界では船や飛行機のメカニズムはアナクロなのに電子機器はハイテクの所産が生き延びている。

「インカムは良く聞こえる」

 直樹は言われたとおりに周囲を見渡した。

 すると、右後方に芥子粒のような機影があることに気がつく。

「敵機かわからないが右後方から飛行機が4機近づいてくる」

「何だと」

 マミがコクピットで身をよじって後ろを見たので、敏感な機体はフワリとバンクする。

「あれは連邦軍のワスプ戦闘機だ、1個小隊でお出かけみたいだな」

 マミの言葉に直樹はほっとする。

 そして、ヘッドセットには無線の声が飛び込んできた。

「バルキリー1聞こえるかこちらはバウンドドックリーダーだ」

「バウンドドックリーダーこちらはバルキリー1感度良好、どちらにお出かけだ」

 マミが即座に答える。

「ご挨拶だな。我々は君らを護衛するために来た。首都直衛部隊に引き継ぐまでは、カバーする。安心して飛んでくれ」

「何てご大層なんだ」

 マミは無線にはのせずにつぶやいた後で、通信機に囁いた。

「バウンドドックリーダー援護を感謝する」

 追いついてきたワスプの機体はグレー系統の1部に黄色のストライプが描かれている。

 1機だけ垂直尾翼がオレンジ色に塗られおり、

 それがリーダー機のようだ。

 無線の声で女性パイロットとわかったのか、ワスプの編隊はモスキートの真横に並んだ。

 手前にいる2機のパイロットは手を振っている。

「昨夜ジェイクのカフェに来ていた連中かな」

 後ろむきに座っている直樹は背中越しにマミに聞いた。

「そうかもしれない。まさか落書きの犯人を護衛する羽目になるとは思っていなかっただろうね」

 どうやら彼女も手を振り替えして愛嬌を振りまいていたようだ。

 ご挨拶を終えたワスプ戦闘機の編隊は高度を上げた。

 そして、マミのモスキートより二百メートルほど上のやや後方のポジションを取る。

 サンドッグを飛び立ってから1時間ほどは何事もなく過ぎた。

 レテ島はオケアノス海のど真ん中に点々と続く火山列島の北の端に位置していた。

 そこからガイアの本土までは広々とした大洋が広がっている。

 高度三千メートルを飛ぶモスキートから見た海面はエメラルドグリーンできれいだが、北に向かうにつれて積雲がぽつぽつと浮かぶようになった。

 雲を抜けて、周囲がみえるようになったとき、直樹は護衛のワスプとは違う機体が後ろから迫ってくるのに気がついた。

「マミ、今度こそ敵だ」

 振り返って視認したらしいマミはエンジンパワーを上げた。

「潜り込まれたぞ、ダイブして突っ込め。」

 無線には、バウンドドックリーダーの声が飛び込んでくる。

「バルキリー1そいつらは引き受ける。ダイブして脱出しろ。これは命令だ」

 無線の声を聞いたマミがチッと舌打ちするのがインカム越しに聞こえた。

 マミは機体を百八十度ロールさせると、背面飛行状態で思い切り操縦桿を引いた。

 機体はほぼ真下を指して急降下を始めていた。

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