第13話 忘却の彼方から
レテ島の本拠地に戻ったサンドッグに新しい乗組員が数名加わり、ルークが教官役になってガイア連邦軍式の格闘技の訓練を始めた。
直樹とマミは新人乗組員に交じって訓練を受けている。
人型ロボット「タナトス」の操縦者として生体認証システムに登録されてしまったので、格闘戦にも対応できるようにするためだ。
直樹が知っている格闘技は空手のようには一つ一つの打撃に力を込めるものが多いが、ガイア連邦の武術は違っていた。
流れるような動きの中で防御と攻撃が一体化されている。
「次は頭の上に両腕をのばしたままで体を大きく横に曲げて、そこから一歩前に踏み出しながら腕も前に出す」
直樹は目の前にいる新人たちに遅れまいと懸命にルークの動きを真似た。
新人乗組員はラダマンティス軍が支配地域から拉致して戦闘員として訓練していた子供達だ。
カウンセリングなどを受けた後、家族や親族が死に絶えて行き場が無い者は、サンドッグに引き取られてくる。
何となく生気がない彼らもいつかはシンヤ達のように元気を取り戻すのだろうか。
しかし、直樹にとって新人たち以上に気になる存在があった。
直樹の右側でぎくしゃくと前肢や中肢を振りまわしているアントノイドの存在だ。
「はい今日はここまで、解散」
ルークの指示で新人たちはぞろぞろと宿舎に向かった。
直樹が何気なく様子をうかがうと、アントノイドは気づいて直樹に話しかける。
「いやあ、急に体動かすと息が上がってしまいます。」
アントノイドは妙に流暢なガイア語で話しかけてくる。
直樹は、お前の呼吸器官は心臓と一緒に腹部に収まっているだろうと、指摘してやりたかったが、友好的な雰囲気を壊しそうなので口には出さなかった。
だいたい集合知性体のくせに何のために格闘技を覚えようとするのか疑問だ。
「アントンも随分上達したわね。直樹よりも滑らかな動きかもしれない」
マミはアントノイドには優しく接している。
「そのアントンというのは一体何なんだ」
直樹は思わずマミに尋ねた。
「何って名前よ」
「彼らは集合知生体だし、名前とか馴染まないだろ」
「ううん。この子はいつも宿舎の周辺をうろうろしていて訓練にも参加する個体なの。ほら片方の触覚の先が少し曲がっているでしょ」
「よく見てますね。実は僕は人間が怠け者個体と呼ぶカテゴリーに属します。でも、こうやって情報収集しているでしょ。人にはうかがい知れない役割が割り振られている訳ですね」
流暢に話す上に、説明も理にかなっている。しかし、直樹にはそのこと自体がなんだかいかがわしく思えてならない。
昨日は剣術の訓練をしたのだが、模擬試合のときにアントンは前脚で普通に構えた試合刀とは別に背中にまわした中肢に試合刀を隠し持っていた。
そいつでポコッとやられて直樹は1本とられたのだ。
直樹は昆虫が嫌いというわけではないが、アントノイドに対しては超感覚的な何かが警戒を促している気がする。
中肢を振ってあいさつしながら森に帰っていくアントノイドにしぶしぶ手を振りかえしていると、マミが直樹の服を引っ張った。
「直樹、午後から私がタナトスに試乗することになっているの。立ち会ってくれる」
「うん。ストックヤードに行けばいいんだね」
彼女はうなずいた。マミがタナトスに乗るのを躊躇するのには理由があった。彼女は暗所恐怖症と閉所恐怖症なのだ。
直樹は2、3日前にいた高緯度地帯とは違う強い日差しの中、マミがサンドッグの方に戻って行くのを見送った。
レテ島はカロンやカディスより低緯度の温暖な地域にある。
環礁を形作る島のひと隅に岩山とそれに続く丘陵があるがそれ以外の土地は標高の低い砂地だ。
岩山のふもとにサンドッグが本拠地にしている基地とレテ市街がある。
島の植生は早い時期に人が入植したためかエリシオンの土着の植物よりも地球産のヤシの木や、マングローブなどの樹木が多い。
昼食の後に、ストックヤードに向かっていると、シンヤが直樹の横に並んだ。
彼はすでにタナトスに乗って基本的な操縦ができることを確認されている。
「マミの試乗を見に行くんだろ」
尋ねるシンヤにうなずくと彼はため息をついた。
「よりによってあいつが登録されるとは運が悪いな」
「閉所恐怖症なんだろ」
「マミはラダマンティスの支配地域でとらえられて本国に奴隷として送られたんだ。しかし、乗っていた輸送船がガイア連邦の潜水艦に魚雷攻撃されて転覆した」
シンヤは淡々と説明するが、直樹は驚いて問い返した。
「味方にやられたのか」
信也はうなずくと続ける。
「一緒に乗せられていたマミの家族はその時に全員死んだ。あいつはたまたまエアポケットがあるところにいて助かったんだ。3日間漂流して沈没寸前の船体から俺達が助け出した」
「サンドッグが救助に行ったのか」
シンヤは首を振った。
「輸送船が積んでいた戦略物資を回収しようとして、たまたま生存者を見つけただけのことだ」
閉所恐怖症になるのも無理のない話だ。この世界では戦争状態の中で人の命がぞんざいに扱われている。
ストックヤードにはジャンク品が山のように積み上げられていた。ガラクタの山をレテ市街からの目隠しにして3体のタナトスが置かれている。
2号機と呼ばれているマミ用の機体の前にはすでにマミと数人のスタッフが来ていた。
「マミ、あなたは心的外傷によるストレス障害の心配配もあるから無理にタナトスに乗る必要はないのよ。乗れないならこの機体はお蔵入りにすればいいだけだから」
シオリがマミに話しているが、マミは途中で遮った。
「そう言ってくれるだけありがたいけど、ガイア連邦が南方艦隊の主力を派遣してくるほどの一大事なのに、私が怖いからという理由で乗らないわけにはいかないでしょ。」
レテ島の環礁は、一部が外洋に開けている。環礁の中央部は水深もあり、格好の停泊地となっている。
今、礁湖には大規模な艦隊が停泊していた。ガイア連邦軍の南方艦隊、戦艦2隻を中心に空母2隻と多数の駆逐艦と補給船が礁湖を埋めていた。
南方艦隊はサンドッグが確保した3機の人型巨大ロボット「タナトス」の引き渡しを求めて進出してきたのだ。
「2号機はパイロットが未登録だと言って引き渡せば連中にはわかりはしないわ」
シオリさんは言い放ったが責任感が強そうなマミはコクピットの縁に手をかけた。
「とにかく今日は乗ってみる」
マミは一気にコクピットの中に身を躍らせた。音も無くコクピットの扉が閉まり、一瞬間をおいてくぐもった絶叫が響いてきた。
同時に、タナトス2号機の機体がガタガタとゆれた。ジャンク品の山が何箇所か崩れ落ち、数百メートル離れた宿舎のガラスが割れる音が響いてきた。
マミの声は間もなく聞こえなくなった。コクピットが液体で満たされたのだ。
そうこうするうちに、マミの中枢神経系が連結されたらしく、タナトスはゆっくりと立ち上がった。メインカメラのある顔の部分がゆっくりと周囲を見回している。
マミの閉所恐怖症はタナトスの感覚が連結されれば克服できるらしい。
直樹たちは一様に安堵した。
2号機の試乗はいくつかの基本動作を試して無事に終了した
試乗訓練が終わってコクピットから引っ張り出されたマミは直樹の時と同様に肺の水を吐かせる措置が必要だった。
タナトスはパイロットにとって厄介なメカニズムだった。
マミの任務が終わり彼女が一息ついたところで、ミツルとルークはレテの街に出かけようと言い出した。
彼らは航海中狭い艦内に閉じ込められているから、港に着いて、当直が外れたら外に出ずにはいられないのだ。
当然のように直樹とマミも引っ張り出される。
直樹にとっては出会ってから一週間足らずの彼らだが、今ではメンバーの一人として馴染んでいた。
サンドッグから岸壁へ降りるタラップを降りようとする直樹たちにシオリが声をかけた。
「あなた達、連邦軍の兵士ともめ事を起こさないでね。艦長たちが政治的な駆け引きをしている時にトラブルは困るのよ」
「はーい」
ミツルが間延びした返事をして直樹たちはレテ市外へ繰り出した。
本拠地だけに彼らにはいきつけの店があった。ジェイクのカフェだ。
ほどほどの値段で飲食ができて、長時間居座ってもあまりいやな顔をされない、彼らにとっても居心地のいい店らしい。
だが今日は先客がいた。
店の主ジェイクは申し訳なさそうな顔をしてルークに告げた。
「すまないね。今日はワイバーンに乗っている親衛隊パイロットの連中が大勢来ている。悪いが向うの窓際の席にしてもらえないかな」
ルークは肩をすくめて言う。
「シオリに連中ともめ事を起こすなとくぎを刺されている。窓際の離れた席にしてくれた方がありがたいね」
それを聞くとジェイクは見るからにほっとした様子だった。
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ。後で皆に1杯サービスするよ」
どっしりとした体形でひげ面のジェイクはどことなくくまを連想させる。
おいしい料理を作るシェフは自分も食い意地が張っているからデブになるという法則がある。
直樹はジェイクにもこの法則が適応されているに違いないと思い、この店の料理に期待した。
「ワイバーンってあそこに停泊している空母のことなのか」
「そうよ、同型の空母がブルードラゴン。戦艦のジャンヌ・ダルクとアテネと共にガイア連邦の南方艦隊の主力なの」
昼間トラウマに触れるような体験をしたのにマミは元気だった。逆にタナトスに乗れたことが彼女の気分をハイにしているようだ。
皆も大きなミッションが終了したことで羽目を外し気味だった。食事を終えるころには直樹達は少々酔っぱらっていた。
トイレに行って皆がいる席に戻ろうとした直樹は、ワイバーンのパイロットたちが自分たちの旗を持ち込んでいるのに気がついた。
当のパイロットたちは大半が店の前にでて自分たちの船を背景に記念写真を撮っている。
直樹はその旗のデザインにデジャブを感じた。それは、どう見てもニャンリオのキャラクター「ケイティちゃん」だった。
自分がいた世界のデザインが突如出現したことに直樹は目を疑っていた。
直樹が周囲の仲間たちとコミュニケーションできるのは、体の元の持ち主のリオルの言語能力を使っているからだ。
もしかしたら何かのシンボルを誤って認識しているのかも知れない。
「直樹どうしたのよ」
丁度、マミが通りかかったので直樹は聞いてみた。
「この旗のデザインって動物に例えると何に見える」
直樹の質問にマミは怪訝な顔をした。
「猫に決まっているでしょう。もう酔っぱらったの」
幻覚ではないらしい。猫をモチーフにしたそのキャラクターは無表情であるがゆえに、見るものが自分の感情を投射することができるといわれている。
「これは、僕がいた世界にも存在したデザインなんだ」
「ふーん。でも昔から受け継がれてきたデザインがあったとしても不思議ではないわね」
この世界は異世界ではなく、直樹が生きていた時代から5万年後の世界、バザードラムシップが人類を含む地球の生態系を播種した星系なのだ。
「だいたい、部隊のシンボルマークにしてはかわいらしすぎないか」
「そう言われて見ればそんな気もするけど、親衛隊のシンボルはその紋章って決まっているから」
彼女はそっけなく答えると皆の所に戻って行った。
しかし、そのキャラクターはどこか物足りなかった。よく見ると、リボンが描かれていない。
「ケイティちゃんならリボンを書かなきゃ」
酔っぱらっていた直樹は、店のお品書き用のホワイトボードに置いてあったマジックみたいなやつから赤色を選ぶと、リボンを書き始めた。
「貴様何をしている」
店内に怒号が響き、直樹は落書きをする手を止めた。
振り返ると、ワイバーンから来たパイロットの一人が直樹を睨んでいた。
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