第12話 乗り心地よくないんですけど
直樹は暗闇のコクピットで水攻めにされてパニックに襲われたがどうにか持ちこたえた。
人間工学というものを考えれば、座った状態で手が届く範囲に何かスイッチがあるはずだ。
直樹は照明、ドアの開閉、火器管制システムの起動スイッチでもどこかその辺にあると考えた。
しかし、直樹が必死で手探りしても操作できるスイッチは無い。
その人型ロボットの設計者は異なる人間工学に基づいていて設計を行っていた。
設計者はコクピットもどきのくぼみに捕らえた人間を確実に水に浸けるために手足の自由を奪う事を目論んでいたのだ。
いつの間にか周囲の壁が狭まって直樹の手足はがっちりと固定されていた。
仰向けの状態で座っているので頭は比較的低い位置にあり、耳の辺りまで水につかった直樹は自分が溺れるまでに猶予がないことを悟った。
「レミー、ミツル」
外にいる仲間に助けを求めている途中で直樹の顔は水没した。
直樹はしばらくの間は息を止めて耐えたが、すぐに限界が訪れ、耐えかねて息を吐き出すと、酸素を求める直樹の気管と肺に容赦なく液体が侵入する。
生体の防御反応で直樹は咳き込むが、その度にさらに肺に液体が侵入する。
文字通りの意味で溺れていくのは苦しいものだった。
頼みにしていたレミーとミツルの救援は間に合いそうになく、せいぜい数時間後に直樹の水死体を引っ張り出すぐらいだろう。
肺に液体が満たされ、直樹は絶望的な状況を呪った。
しかし、少し時間が経過して直樹は気がついた、肺に液体が入る過程で咳き込むのに精一杯で気がついていなかったが、直樹は息苦しさを感じていなかった。
それどころか、直樹が無意識に呼吸する動きに応じて、液体が口から気管を通じて肺に出入りしているのが感じられる。
直樹は魚のように液体を呼吸していた。
何かの理由でコクピットに液体を満たしてパイロットに液体を呼吸させるシステムだったらしい。
「快適さに欠ける乗り物だ」
独りごちた直樹の言葉は液体の中なので言葉にさえならない。
呼吸できるとはいえ鼻の中にも液体が侵入してきて不快なことはこの上なかった。
そのうえ、直樹は首の後ろに鋭い痛みを感じた。拘束された状態の直樹の首に何かがへばりついて体内に侵入しようとしていた。
もがこうとしても、直樹の全身はがっちりと固定され、首の痛みは更に激しくなる。
最後に全身を突き抜けるような衝撃の後、直樹の感覚は全てが遮断されたが、気が付くと、直樹はエリシオンのすみれ色に霞む空を見上げていた。
自分の体もいつの間にか仰向けに横たわった形になっており、直樹は思わず上体を起こした。
周囲を見回すと強い違和感があり、直樹は直ぐにその違和感の正体に気付く。
自分の体が大きく感じられるというより実際に大きいのだ。
起こした上体はバージの甲板より上にはみ出し接舷しているサンドッグや反対側の港の風景も見える。
無意識のうちに直樹は立ち上がった、掌を見てみると真っ黒だが5本の指があり直樹の意志に反応して動く。
直樹は自分の感覚が人型巨大ロボットに直結されたことに気づいた。
すぐ横にサンドッグのブリッジが見え、窓越しに乗組員がこちらを見ているのがわかる。反対側を向けば、港に停泊した連邦軍の駆逐艦の船体も目に入る。
その時、直樹の頭の中にアナウンスが流れた。リオルの言語能力が解釈した内容は「火器管制システムを起動します」といった内容だ。
直樹の視野にヘッドアップディスプレイのような表示が出現し、ターゲットを示すカーソルのような物も見えた。
「兵器が内蔵されているのか」
どうやら、連邦軍の駆逐艦を見て敵と認識した直樹の意志に反応して戦闘態勢が取られたようだ。
無意識のうちに撃ってしまうと非常にまずい。どこか無難な目標で試射でもできないか。
そう考えた瞬間、直樹の右手が水平位置まで上がり、掌に当たる部分から光線が発射されていた。
それは、アニヒレーターと同じタイプの光線兵器だった。
光線は港町の背後にある小高い山の頂上近くに命中し、爆発が起きた。
ふくれあがった火球はキノコ雲のように立ち上がる。
その辺りなら試射するのに無難だと考えた覚えがあり、巨大ロボットは直樹の意志に忠実に反応したのだ。
気づかれただろうかと思って連邦軍の駆逐艦ヒを見ると、甲板上の人の動きは激しくなっていた。
先方はとっくに気がついてこちらの動向を注視していたのだ。
足元を見るといつの間にかレミーやミツル以外にもサンドッグのクルーが集まっていた。
どうやら姿勢を低くしろと身振りで示しているようだ。
直樹は腰を下ろして体育座りの姿勢を取った。人型の巨体は割とコンパクトにアークの中に収まる。
このロボットから脱出する方法を考えなければ。
直樹が考えた瞬間、人型ロボットと直樹の接続は切断された。全身の神経に過負荷がかかって壮絶な痛みが直樹を襲った。
その間に、コクピットを満たしていた液体は急速に回収され、液体が無くなるのと同時にコクピットのドアは音もなく開いた。
外にいた仲間達は寄ってたかって直樹を引っ張り出してくれたが、直樹にはまだ問題があった。
呼吸が出来ないのだ。
肺に液体が満たされている状態で呼吸はできない。肺に詰まった液体をどうやったら出せるか直樹は知らなかった。
のたうち回って苦しむ直樹の状況を察し、救ってくれたのはシオリだった。
彼女は直樹を引き起こしてお腹の部分で2つ折りにした態勢をとらせた。そして、みぞおちを強く押す。
「ゲボッ」
体裁の良くない音と共に直樹は大量の液体を肺から吐き出した。
どうにか呼吸は出来るようになったが、肺の中の液体を出し切るまでには直樹はしばらくの間咳き込んで苦しんだ。
やっと一息ついたものの、鼻や口から謎の液体を垂らして涙目になった様はあまり格好良くない。
それでも、様子を見に来た一式艦長は直樹に手をさしのべた。
「良くやってくれた直樹。伝説のタナトスを動かすことができたからには、ラダマンティスとの大戦の趨勢も左右するかもしれない」
直樹は謎の液体でぬめぬめした手で艦長の手を握り返した。
「タナトスって一体なんですか。僕はこんなもの金輪際乗りたくないんですが」
直樹にとっては偽らざる本音だ。
しかし、一式艦長は気の毒そうな顔をして言った。
「それが、この機体はもう直樹にしか動かせないのだ。どうやらアークを開けて最初に起動したとき近くにいた人間がウエーブを使った生体認証機能で登録されるらしい」
直樹はバージの中に並ぶ他の2つのアークの方を見た。
「向こうの機体はどうなったんですか」
「マミとシンヤが登録された」
一式艦長は腕組みしたままでため息をついた。
「タナトスというのは、我々の古代文明の統治者であり、また死神として恐れられた存在だ」
艦長は直樹の最初の問いにも律儀に答えてくれた。タナトスという名前自体はギリシャ神話か何かで聞いたことがあり、死神を意味していたと思う。
「私たちは伝説上のタナトスは優秀だが苛烈な施政をしいた指導者を比喩的に述べているのだと考えていた」
一式艦長は人型巨大ロボット「タナトス」を見た。
「これを見て我々は考え違いをしていたことがわかった。伝説では当事の支配者がタナトスと融合して不老不死の存在として長い年月に渡って統治したことや、敵対する国家を火の海にしたという記述がある。記述どおりの出来事が起きたのだな」
サンドッグの甲板上に戻った時、マミが駆け寄ってきた。
「直樹大丈夫だったの」
「なんとか生きているよ」
文字道理の意味で直樹は答える。
ずぶ濡れで毛布をかぶって甲板上にへたり込んでいる様はあまり見せたくない格好だ。
「コクピットの中はどうだったの。直樹が閉じ込められたと聞いて私たちは中に入らなかったの」
「真っ暗な中で手足を拘束されて、液体の中に漬けられていたんだ」
マミが立ちすくんだのがわかった。
「息ができなくて死んじゃうじゃない」
「文字通り溺れる思いをしたよ。でも肺の中まで液体で満たされたら、酸素は運んでくれるみたいだ。それから神経に直接接続されて機体を動かしていた」
「自分の手足を動かす感じなのか」
シンヤが尋ねる。直樹の周囲には大勢のクルーが集まってきた。
「そうだ、直接自分の目で見たり手足を動かす感じだった。武器の射撃は自動化されている感じだったな」
「すごいじゃないか。タナトスを思いのままに動かせるんだな」
シンヤは自分も操縦したくて仕方がないといった様子だった。
最終的にタナトスは積まれていたバージから港湾管理局から借りてきた大型クレーンを使ってサンドッグの作業甲板に移された。
サンドッグ搭載のクレーンでは動かせない大きさだったからだ。
バージを曳いたままでは船足が上がらないため、重心位置が上がり危険なのを承知の上で艦長は艦への搭載に踏み切ったのだ。
燃料の補給が終わったサンドッグは夕刻にはそそくさと出港した。
港の出口に向かうと否応なしに連邦軍の駆逐艦にも接近する。直樹とルークたちは甲板上に出て見物した。
相手の甲板からはチカチカと発光信号が送られている。
「なんて言っているんだ」
直樹が尋ねると、ルークが読み取った信号を翻訳する。
「貴艦の航海の安全を祈る」
「タナトスについてなにかしら言うかと思ったが普通の挨拶だな」
シンヤがつぶやき、ルークがそれに答えた。
「カディス市はあの駆逐艦に24時間以内に港外に退去するように勧告したようだ。乗員は港の外の連邦の艦隊に分乗するだろうが、あの船は曳航するか、さもなければ沈めて処分されるな。こちらに構う余裕がないかもしれない」
一式艦長は港湾管理者にバージは外海で拾った物なので寄贈すると申し出、管理者は最初難色を示したが渋々受け入れた。
ハデスの港を出たサンドッグはカディスの港を囲んで停泊している連邦軍の艦艇の間を抜ける。
連邦軍からも発行信号が送られている。
「何と言っているのだろう」
直樹の問いに再びルークが答えた。
「航海の安全を祈る」
直樹は不思議に感じた。
「何故アークの引き渡しを求めないのだろう?」
「連中はアークの存在すら知らないに違いない。連邦の艦隊司令部が状況に気づくのは南方艦隊の報告をうけてからだ。艦長はそれまでに離脱して本拠地に帰るつもりだよ」
甲板に出てきていたレニーが説明する
サンドッグはさらに速度を上げると本拠地があるというレテ島を目指した。
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