第11話 アークの正体
バージに潜んでいたラダマンティス海軍兵士の遺体は外洋で水葬に付された。
ナイフで喉を切り裂かれたり、サブマシンガンの弾丸を何発も撃ち込まれた死体は、シンヤたちが整列して空砲を打つ中、海に流される。
直樹は遺体は静かに深海に沈んでいくものだと思って見つめていたが、すぐに海面が渦巻き、大型の生き物が水面から顔を出す。
「何だあれは」
直樹は呆然としてつぶやいた。
「エリシオンの土着生物ですよ。海洋では地球産生物の活着率が悪くて今でも彼らが勢力を誇っています」
ミツルはこともなげに答える。
エリシオンの海生生物たちはひとしきり泳ぎ回って、異質なたんぱく質を胃袋に収めると再び海中に没していく。
そして、サンドッグのクルーたちは戦いの名残を感じさせることなく平常の勤務に戻っていった。
翌日、サンドッグは燃料補給のために港に立ち寄った。
中立国のカディスという港町だという。
サンドッグは大型船バースの端の方に停泊し、その海側に当たる左舷には捕獲したバージが係留されている。
桟橋にはタラップが降ろされ、補給作業に当たっている乗組員以外は、上陸許可が出た。
シンヤやルーク達はとっくに港へ出かけていったが、直樹は出遅れて艦の近くをぶらぶらしていた。
桟橋から艦を眺めていると、給油作業を監督していたレミーが近寄ってくる。
「どうだいこの艦は。もともとは連邦軍が試作した高速駆逐艦だったが、敵の重巡洋艦とと交戦して魚雷発射管に被弾、誘爆して大破した状態だったのを俺たちが連邦軍から譲り受けて改装したんだ」
艦形をよく見ると、無理矢理な改造の後が見て取れた。
ブリッジと煙突がまとまっている後ろに5連装の魚雷発射管があるがその後ろは航空母艦のような高い作業甲板になっている。
2本目の煙突は右舷にはみ出しており、反対側の左舷前方にカタパルトから艦載機を射出する形だ。
「もともとは高出力の蒸気タービンを装備していたが、修復できないほど破損していたので潜水艦用のディーゼルエンジンを2機載せた。縦に2機並べたおかげで左右のスクリューのプロペラシャフトの傾斜が違っている始末だ」
「どうやって改装費を出したんですか」
「ルーク達を使って私掠行為を行うことになったのでスポンサーが付いたんだ。ちょっとした投資のつもりなんだろうな」
レミーは少し考えてから直樹に告げる。
「昼からの検分でアークの正体もわかるはずだ。直樹も立ち会うんだろ」
直樹はうなずいた。それまでは暇だ。
「次はいつここに寄港できるかわからないし、見物でもしてきたらどうだ。ちょうどマミが来たから案内を頼もうか」
いいですと断るわけにもいかず、直樹はマミの案内でカディスの港町に出かけることになった。
港から街の中心部に向かうとシティーホールとおぼしき建物の前には広場と隣接した公園が作られている。
そこから街の奥に向けてショッピングモールとおぼしきアーケイドが続いている、寂れた雰囲気だったカロンの港に比べて都会的な雰囲気だ。
「どこか行きたいところある?」
マミが聞くが、知らない街で行く当てがあるわけもない。
「特にないからマミが買い物とか行くなら付き合うよ」
「そう。ここはこの海域では大きな町だから服でも買おうかな」
マミは機嫌よさそうに笑顔を浮かべる。
直樹とマミは桟橋から歩き詰めだったので公園のベンチで一休みすることになった。
「ここはレウケ国という小さな国で、ラダマンティス帝国にも連邦側にも属さずに中立を保っているの。隣のミノス国にはラダマンティスが侵攻して激しい戦いになっているけれどここは平和なものね」
マミは公園のベンチに座って、穏やかな日差しを浴びている。
直樹は、道端で地元の少女がソフトクリームみたいなのを打っているスタンドを見つけてそちらに歩いて行った。
「二つ欲しいんだけどこのお金で買えるかな」
指を2本立て、ポケットにあった500円玉くらいのコインを出すと、その子は目を丸くした。
何か早口にまくしたてるのだが、直樹は理解できない。どうやらリオルが憶えていなかった言葉は直樹にも理解不能らしい。
話が通じないので業を煮やした少女は、近くの店舗に駆けこんでいった。
戻ってきた少女は小銭がジャラジャラはいった袋を持っている。彼女はおつりを用意したのだ。どうやら直樹が渡した通貨はソフトクリームもどきを買うには高額すぎる通貨だったらしい。
直樹は小銭が入った袋とソフトクリームもどきを二つ持って真美の所に戻った
「高額すぎるコインを渡したらしい」
直樹は苦笑いして大量の小銭を見せた。
「バカね言ってくれれば教えてあげるのに」
マミは笑いながら直樹に答える。
直樹がソフトクリームもどきを一つ渡すとマミはそれをしげしげと眺めた。
「これ、昨日見た土着海生生物を原料にしているって知ってた?」
直樹は昨日見た生き物の不気味な外観を思い出して一瞬固まったが、引っ込みがつかないのでソフトクリームもどきを口に運ぶ。
直樹は一口食べて中身の味もソフトクリームそっくりだったので安堵した。
「結構おいしいよ」
直樹が余裕で食べて見せるとマミもおそるおそる舐めてみる。
好みの味だとわかった彼女は、食べ始めた。
2重まぶたの大きな目をした日本人的な顔立の彼女は笑うとかわいい。
「直樹って不思議な人ね。初めての世界のはずなのにちゃんとこんなものを買ってくる」
「似たようなのを食べたことがあったんだよ」
成り行きで上手くいっただけだが、持ち上げられると気分が良くなる。
直樹とマミは肩を並べて街を歩き始めた。
マミは目に付いた衣料品店を片端から覗いていく。直樹はさゆみに引っ張り回されて渋谷の街を歩いていた時を思い出した。
「これってどうかな」
マミに聞かれても、ご当地の服のコーディネートの善し悪しなどわかるわけもない。
しかし、普段着ているお仕着せの制服よりかわいいのは確かだった。
「普段着てるのよりかわいいね」
見たままの感想だが、彼女は直樹の言葉で購入に踏み切ったようだ。
結局彼女が購入したファッション関係のアイテムの袋を直樹が抱えて運ぶはめになった。
昼になって直樹たちは港の近くのレストランで昼食を取った。
「荷物持ちをさせたからお昼は私がおごるわ」
「そう。それではお言葉に甘えよう」
マミのお薦めを食べることにした直樹らの前に運ばれてきたのはフィッシュ&チップスもどきの料理に殻付きのエビの素揚げを加えた3点セットだった。
カディスの名物らしく他のテーブルの客も食べていたが、その量は半端でない。
「これ、2人で食べきれるかな」
半分も食べないうちに直樹は音を上げたがマミはあきらめなかった
「オーダーしたからには食べないともったいないわ」
粘るマミに付き合わされてどうにか二人で料理を食べ尽くした頃に、直樹は窓から見える港に煙をあげながら入ってくる軍艦に気がついた。
駆逐艦クラスの船体は大きく傾き、上部構造は無惨に破壊されている。
「マミ、あの船」
直樹が、指さすのを見て港に背を向けていた彼女は振り返った。
「あれは連邦軍の駆逐艦みたいね」
直樹たちのサンドッグと比較すると小振りな船体だが、甲板上には沢山の負傷兵がひしめいていた。
マミはバッグの中から携帯用の無線機を取り出すと、早口で話しかける。
通話相手の返事を聞いた彼女は直樹に伝えた。
「連邦軍の駆逐艦部隊が、本国に帰投するヒルデガルドと戦ったそうなの。私達と交戦してヒルデガルドが大きく損傷したと見て強襲したのね」
「ひどく損傷しているみたいだよ」
直樹が指摘すると、マミは肩をすくめた。
「ヒルデガルドは主砲の射撃管制能力は健在だったのね。私達も無理押しすれば同じ目に遇っていたかも」
直樹はエリシオンの海洋生物を思い出して身震いした。
自分達も危うく海洋生物の餌と化した可能性もあるのだ。
「ヒルデガルドはどうなったのだろう」
「駆逐艦部隊の旗艦の軽巡洋艦も含む半数以上を海の藻屑にして悠々と本国に帰投したそうよ」
港の外の洋上には数隻の艦影が見えており、ヒルデガルドと戦った駆逐艦部隊の生き残りと見受けられた。
中立国ゆえに軍籍のある艦の寄港を禁じているのだ。損傷した駆逐艦の入港を認めたのは人道的配慮といったところだろうか。
「帰らなくていいのか」
「どのみち、午後から任務があるから帰りましょう」
マミと直樹はサンドッグに帰ることにした。
中立国の港とはいえ目の前に敵艦隊がいては落ち着かない。
直樹が荷物を抱えて艦のタラップを登っていると、マミが言った。
「直樹。今日はありがとう」
「どういたしまして。お昼おいしかったよ」
直樹は揚げ物の食べ過ぎで少し胸焼けを感じながら答えた。
午後から直樹はレミーたちと一緒にアークの調査を行うことになった。
ルークやシンヤたちも合流しコントローラーを大事そうに抱えたレミーを中心に調査に当たる。
コントローラーはアークが発する「ウエーブ」に反応しているようだが、直樹たちにはアークの開け方すらわからない。
「ウエーブで通信しているから、近くに持ってくればふたが開くかと思ったのだが」
レミーは脚立を抱えてアークの近くを言ったり来たりしながら途方に暮れていた。
直樹はレミーから預かったコントローラーとほぼ同じ大きさのくぼみがアークの側面にあることに気がついた。
「レミーさんここにコントローラーをはめ込んではどうでしょう」
反対側に回り込んでいたデミーさんに問いかけると、彼は叫んだ。
「やってくれ」
直樹が、コントローラーをくぼみに嵌め込むと、カチリと音がしてそこにセットされたのがわかった。
同時に、アークの上端部分がパカッっと観音開きに開いた。
「おい、開いたぞ」
ミツルが叫ぶのが聞こえる。
直樹は脚立を持ってくると、開口部を覗く位置に登ってみた。
そこで見たのは、アークの中に横たわる巨大な人型の物体だった。人型は3体あり、墳墓に埋葬された古代のミイラといった風情だ。
アークの縁から人型の頭の部分に飛び移ってしげしげと眺めていると、ミツルとレミーも続いて飛び降りてくる。
「ナオキ、これって一体何だろう」
「人が乗って操縦するロボット兵器かもしれない」
ロボットと仮定すると頭のてっぺんの部分はV字型にとがっていて目に当たる部分はミラーシェード風に一つながりの光沢のあるガラス状になっている。
手足は人型の造形で表面はつやのある黒色だ。
「レミーさん直樹の言うとおりかもしれない。こいつが使う銃みたいなのもあるよ」
ミツルはロボットの横に置いてある附属物を見分している。
直樹は頭の部分から胴体に移動する。すると、みぞおちの辺りに音もなく開口部が現れた。
中にはコクピット状のスペースがあった。中にはシート状の形も見える。
しかし、表面は滑らかな生物的な素材で、計器のような物は見当たらない。
「ナオキ、その中に入ってみろよ」
レミーに言われて直樹はコクピット状の穴の中に入った。
シートに座る姿勢を取ると仰向けに寝て脚を上げた状態になる。
穴の上にエリシオンの空が見え、レミーとルークの顔がのぞいたが、その光景は突然ブラックアウトした。
コクピットのふたが再び音もなく閉じたのだ。直樹は暗闇の中に取り残された。
「ナオキ、聞こえるか」
耳を澄ますと、レミー声が微かに聞こえる。閉じた蓋はかなりの肉厚がありそうだ。
「レミー、ルーク開けてくれ」
直樹は目の前の壁を叩きながら、ありったけの声で叫ぶが、彼らに開ける方法がわかるわけがなかった。
無理矢理開けるには正体不明の素材は硬くて分厚い。
その時、直樹は冷たい感触に気がついた。コクピットの中に液体が溜まり始めていたのだ。
下の方から水位が上がってくるのは妙に早く感じられた。
「ブービートラップか?」
直樹は自分が暗闇に閉じこめられたまま溺れ死ぬかもしれないと気づいた。
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