第10話 海賊の本領

 ヒルデガルドは一式艦長の勧告に応じてアークを乗せたバージを放棄し、逃走したのだが、放棄されたバージには敵兵が潜んでいる可能性が高い。

 ジョージはバージに向けて投降勧告を行った。

 ラダマンティス帝国の公用語で5分以内に武器を捨てて投降するように呼びかけている。

「直樹、右舷の見張り場所に行って様子を見ませんか」

 ミツルが声をかけたので直樹はうなずいた。ブリッジの横に設置されている見張り場所で直接見ようというのだ。

「レミーさん、それを貸して」

 マミはレミーからアニヒレーターを取り上げると直樹たちに続いた。

「シンヤ達が危ないと思ったらこれで狙撃して」

「わかったよ」

 直樹は深く考えずに答えた。

 見張り場所に行くとそこは無人だった。

「当直とかいないのか」

「この艦は人手が足りないのです。艦を動かすのに最低限必要な乗員以外は襲撃部隊にかり出されています」

 見張り場所はブリッジから横に張り出しているので艦の後部も見渡せる。

 ブリッジの後ろの銃座には人が配置されて2連装の機関砲をバージのに向けていた。

 更に後部の作業甲板では数名が迫撃砲みたいなのをセットして周囲に砲弾が入っているらしいケースを運んでいた。

「あのチームは何をするつもりだろう」

「見ていればわかりますよ」

 ミツルが双眼鏡でバージを見ながら答えた。

 マミはレミーから取り上げてきたアニヒレーターを直樹に渡す。

 アニヒレーターの生体認証機能は律儀に反応して、収納されていた照準用サイトが飛び出す。

 そんなことをしているうちに、最初の投稿勧告から5分が過ぎ、ジョージは最後通告めいた放送を行った。

「本当に人が隠れているのかな?」

 直樹がつぶやくのを真美が片手をあげて黙らせた。

 投稿勧告の終了と同時に、作業甲板のグループはセットした迫撃砲に砲弾を滑り込ませた。コンという軽い発射音とともに砲弾が撃ち出される。

 高い弧を描いて飛んだ砲弾は、狙い違わずバージの甲板に落ちて炸裂した。

 着弾を見届けた作業甲板のグループは更に数発の砲弾を発射し、ほとんどをバージに命中させた。

 手持ちの砲弾を撃ち尽くした彼らは砲身を担ぐと素早く艦内に身を隠す。

 100メートルほど向こうに見えるバージでは、砲弾が炸裂する度に白っぽい煙が立ちこめていった。

 動きが見えたのはその直後だった。

 バージのどこかに身を潜めていた人影が、甲板上に現れた。そして何人かは甲板の手すりを乗り越えて海に飛び込む。

「何故海に飛び込むんだ」

 直樹は唖然としてつぶやいた。

「あいつらは、重要施設を無傷で手に入れようと思ったら毒ガスを使うのよ。神経に作用するガスの恐ろしさを知っているから、海に逃れようとした」

「神経ガスを使ったのか?」

 ミツルが双眼鏡を覗いたまま、首を振った。

「僕たちが打ち込んだのは、目が痛くなる程度のマイルドなガスです。でもバージにいた連中は自分たちが使っているのと同等の毒ガスと思って海に飛び込んだのでしょうね」

 バージ上の何人かは致命的なガスではないと気が付いたのか甲板上からサンドッグに向かって発砲を始めた。

 何発かの銃弾はカンカンと音を立てて着弾している。

 さらにバージ上からはロケット弾のようなものも飛来したが、ロケット弾の弾体は、慌てて射撃したためか直樹たちの頭上を飛び越えて行った。

 サンドックからも応戦が始まる。作業甲板の下側や煙突前後の甲板からシンヤ達が射撃を始めるとバージの甲板上の兵士が倒れるのが見える。

「ジョージ、甲板上のコンテナの中に対戦車ロケットの射手がいる。」

 双眼鏡を覗いていたミツルがブリッジの中に怒鳴った。

 ミツルは単に見物していたわけではなかったのだ。

 直後にブリッジの後ろの機関砲が射撃を始め、コンテナ状の構造物は砕け散った。中にいた兵士は原形をとどめていないはずだ。

「奴らは僕たちが接舷するのを待って、サブマシンガンと対戦車ロケットで仕掛けるつもりだったようですね。シンヤが予測して催涙ガスで燻し出したので、奇襲攻撃は失敗です」

「ロケット弾が命中したらこの船もダメージを受けていたのではないかな」

「そうよ、至近距離から打ち込まれたら当たり所が悪いとこの船は沈む。シンヤとジョージの対策が当たったようね」

 マミもいつの間にか双眼鏡を覗いている。ものの五分も経たないうちにバージの上で動く者はいなくなった。

「後ろのチームが使っている銃って、この前ミツルが使っていたのと違うね。」

「あれは生物=機械用にレミーさんとリオルが開発したカスタム仕様の携帯型機関砲です。そこの対空用機関砲と同じ弾を使ってブローバックで自動装填するようにしたのです。発射速度は遅いですけどね。」

 直樹たちが見物しながらおしゃべりしている間に、サンドックはじわじわとバージとの距離を詰めていた。

 海に飛び込んだ敵の兵士達は冷たい海水に体温を奪われて力尽きたらしく既に見えなくなっている。

 やがて、サンドックはバージに接舷した。

 バージはかなりの大きさがあり排水量は一千トンを越えそうだ。しかし、舷側の高さはサンドックより数メートル低い。

 シンヤが率いる第二小隊はサブマシンガンを装備して、バージに向けてロープで懸垂降下する。

 先に銃撃した第一小隊は物陰から狙撃できる態勢でそれぞれが目を光らせていた。

 シンヤ達はバージ乗り移ると二人のチームを組んでバージ内に散らばっていった。

 時折短い連射音が聞こえるのは、まだ残っていた敵兵とシンヤ達が交戦しているらしい。

「目論見が崩れて、勝ち目が無くなっているのに何故降伏しないんだろう」

「あいつらは狂信者なのよ。戦って死ねば神の元に行けると信じている」

 マミが淡々とした口調でつぶやいた。

 その時バージから爆発音が響いた。

 バージの甲板から船倉へと通じる階段から煙が立ち上っている。

「誰かやられたかもしれない」

 マミはブリッジへと走っていった。

 数秒後にはブリッジの下の甲板を走っていく姿が見えた。バージに乗り移るつもりらしい。

 シンヤ達も爆発地点の方に注意を引き寄せられているようだ。

 その時、直樹はバージの甲板上で何かが動いたのに気がついた。対空機銃の射撃を受けた甲板上の構造物の残骸の中に敵の中に生存者がいたのだ。

「ミツルあそこにまだ生きている敵がいる」

「何処にいるんです」

「コンテナ状の構造物の残骸の中だ」

 ミツルは双眼鏡で覗いた。

「本当だ、あいつ何かの起爆装置のような物を持っています。直樹それで撃って」

 直樹は既にアニヒレーターで狙っていたが、トリガーを引くことを躊躇した。

 この武器で人間を撃ったら確実に殺してしまう。

 直樹が覗く照準用サイトの縁の方で何かが動いた。マミがバージに乗り移ろうとしている。

「直樹何しているんですか早く」

 ミツルが叫ぶのが聞こえた。

 照準用のサイトの中で敵兵が何かの装置を握りしめているのが見える。直樹は自分の命を奪ったテロリストのことを思い出してゆっくりと引き金を引いた。

 アニヒレーターから光が伸び、直樹が狙っていた兵士の上半身は瞬時に消失し、膨大なエネルギーを受け止めたバージの船体の素材は爆発した。

 幸い、敵が起爆しようとした爆発物はその辺りにはなかったようだ。

 めくれ上がった鉄板の周辺で小規模な火災が起きたが、それ以上誘爆することはなかった。

 目の前で爆発が起きたので足を止めていたマミはこちらを向いて手を振って見せた。

「聞いてはいたけどすごい威力ね」

「モスキートの後部座席に装備したら無敵かもね」

 いつの間にか、レティシアとカンナが来てアニヒレーターをのぞき込んでいた。

 自爆も辞さない敵と対峙しているのにサンドッグのクルーは何だかのんきだ。

 ミツルは直樹の顔をのぞき込んだ。

「もしかして初めて人を撃ったのですか」

 直樹はうなずいた。

「ものすごく平和な世界にいたのですね。僕たちは子供の頃から人を殺す訓練を受けていました」

 ミツルは大仰に驚いている。

「大丈夫、そんなのすぐに慣れるわよ」

 カンナがぽんと直樹の肩を叩いた。

 慣れたらいいという問題なのかという直樹の疑念をよそに、彼らは屈託なく笑い声を上げた。

 バージの上ではシンヤらしい人影が手を振っていた。周囲には他のメンバーも集まっている。

「バージを完全に制圧したみたいね。船底部には大量の爆薬が仕掛けてあったって」

 ヘッドセットを片耳に当てていたレティシアがブリッジとシンヤのやりとりを伝えてくれた。

 シンヤのチームはバージの舳先から海中に垂れ下がっていた曳航用のワイヤーを引き上げ始めた。

 サンドッグの艦尾に連結して曳航していくつもりなのだ。

「もう艦内に戻ろうよ」

 カンナがつまらなそうに言ったので直樹たちはブリッジに戻った。

 ブリッジでは一式艦長が渋い顔をしていた。

「チャンドラー。連邦軍は何て言っているんだ」

「貴艦の勇戦に感謝する。回収したアークは連邦軍が有効に活用するので早急に引き渡していただきたい。応分の謝礼は用意する」

 通信担当のチャンドラーが無表情に連邦軍の通信を読み上げた。

「勝手なことを言ってくれる。当て馬にしてヒルデガルドの足止めをさせるくらいにしか思っていなかったくせに」

 艦長が吐き捨てるように言う。

「どうする。大人しく引き渡すのか」

 ジョージが尋ねると皆が艦長を注目した。

「燃料が乏しいことにしてこのまま曳航して本拠地まで帰ろう。連邦軍は我々がコントローラーを持っていることを知らない」

 サンドックのクルーの表情が目に見えて明るくなった。

「アークを開けた結果、がらくただったら連邦軍に引き渡して恩に着せればいい」

「では、中身が究極の兵器だったら、その時はどうする」

 レミーが問いかけると、艦長はにやりと笑って答えた。

「その時は、連邦軍の干渉もラダマンティスの侵攻も排除して俺たちだけの独立国を作ろう」

 ブリッジにいた皆が歓声を上げた。

 誰も本気でそんなことが出来ると思っていないのかもしれない。

 しかし、強敵を撃破してアークを奪った今、サンドックの乗組員は希望をもつことが可能になっていた。

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