第9話 凍てついた海

ストラップに圧迫されて直樹の折れた肋骨の辺りに激痛が走ったが、ブリッジに連絡しないことには砲身を下げてもらえない。

 直樹は痛みに顔をしかめながらインカムのスイッチに手を伸ばした。

『チャージできました』

 通信を終えた直樹は、文字通りストラップにぶら下がった。

『直樹がチャージしたらしい。砲身を0レベルに戻せ』

 インカムから聞こえるブリッジの声の後、砲身は急速に水平位置に戻った。

 砲身の動きが早かったので直樹は結構な衝撃を受ける。

『直樹大丈夫か』

 ミツルの気遣う声がインカムから響いたが直樹は返事が出来ない。

『距離1万5千ミーター、直樹射撃準備だ。3、2、1、0』

 直樹はインカムから流れるカウントダウンに気が付いて、どうにかトリガーを引いた。

 アニヒレーターから伸びた光柱は少し大きく見えてきたヒルデガルドの艦影に届き、光柱が消えた後も2つ目の赤いシミが残っていた。

『ヒルデガルド船体中央前部寄りでも火災が発生』

 その直後にサンドックの後方に何本かの水柱が上がった。

『ジョージ再攻撃だ。艦の中央部を狙え』

『了解しました』

 一色艦長とジョージのやり取りの直後に砲塔が微妙に旋回した。

『直樹発射準備だ。3、2、1、0』

 直樹はトリガーを引き、アニヒレーターの光柱はヒルデガルドを直撃した。

 サンドッグは最大船側で航行しておりヒルデガルドのとの距離は詰まっている。

 直樹の目の前のサイトでもヒルデガルドのシルエットが見え、射撃前に比べて心なしかヒルデガルドの艦影が変わったような気がする。

『ヒルデガルドのメインブリッジが大破、主砲沈黙しました』

 観測員の報告にブリッジで歓声が上がったのが聞こえた。

 その時アニヒレーターの銃身部からピンポロパンポロと聞き覚えのある警告音が聞こえてきた。

「システムが加熱しました。緊急冷却を開始します」

 同時に熱風が後方に吹き出していた。取付位置の関係で熱風は直樹の体の上を吹き抜けていく。

「ミツル、マミ大丈夫か」

 直樹は後ろを振り返って叫んだが、2人はのほほんとした顔をしていた。

「海水の飛沫で濡れていたから暖かいです」

 少し距離があるので程よい温風が吹き付けているらしい。

 直樹は、システムがこの状態になったらシステムの冷却には20分はかかることを思い出した。

『アニヒレーターのシステムが加熱しました。しばらく使えません』

『直樹からだ。どうする艦長』

『もう一息で沈めてしまえるのに』

 ブリッジ内の意見も様々のようだった。結局、艦長がミツルに尋ねる。

『ミツル。復旧までにどれくらいかかる』

『前回は20ミルくらいかかりました』

 ブリッジ内は静かになった。艦長の命令を待っているようだ。アニヒレーターの緊急冷却モードは続いている。

『ジョージ。ヒルデガルドに、バージを引き渡すことと引き替えにこの海域からの退避を認めると通信しよう』

 戦闘が優勢なので、上から目線ではったりをかけようとしているのだ。

『連中はその要求をのむでしょうか』

『ダメージコントロールしているが、左舷の火災は鎮火できていない。もう一撃受けたら持たないという認識はあるはずだ。追いつめてアークを破壊されたら元も子もない』

『チャンドラー。艦長の言葉を送信してくれ』

『了解しました』

 敵艦に投稿勧告に等しい通信が送られたようだが、直樹のサイト上に映る敵艦に大きな動きはなかった。直樹はミツルに聞いてみた。

『ミツル、敵が動く気配はないか』

『さっきから見ているけどあまり変化はないですね。いや、ちょっと待って』

『どうした。』

『バージが離れていくみたいだ。』

 ブリッジでもそれは確認していた。

『ヒルデガルドがバージを捨てて変針しました。方位315から方位0に、増速して北に向かっています』

『このまま逃がすつもりか。接近して魚雷攻撃すれば撃沈できるだろう。』

 観測員の報告を聞いてワン少佐が艦長を詰問している。

『アークの回収を優先する。』

 艦長はきっぱりと答えた。

『全艦対艦戦闘態勢からAモードに移行してくれ。進路350に変針。直樹のチームは艦内に戻って待機。レミーはアニヒレーターの冷却が終わったら回収させろ』

 矢継ぎ早に指示が下され、サンドックは最大速度で航行しながら大きく右に傾いて旋回した。

 進路変更が終わったところで、ミツルとマミが直樹を砲身から降ろした。

「大丈夫ですか。3日前にソウルイーターにぼこぼこにされているのに、ストラップで宙づりになっていたから心配していたんです」

「半端無く痛かった」

 見栄を張る余裕もなく直樹はこたえた。

 3人で艦内に入るとシオリが待ち構えていた。

「やっぱり至近弾の飛沫でびしょ濡れね。風引いたらいけないから着替えてから食堂で待機していなさい」

 直樹が言われたとおりに着替えてからミツルと食堂にいくと、当直のソニンが出迎えた。

「シオリがこれを飲ませなさいって。直樹のおかげで本当にヒルデガルドをボコボコにしたのね。すごいわ」

 彼女はコーヒーの入ったカップを直樹に差し出した。

「バージの捕獲はどうなったんだろう」

「さっきから減速しているから接舷する準備に入ったみたいよ。シンヤ達が移乗白兵戦の準備をしている」

 その時、マミが食堂に現れた。

「私たちもバージ制圧を手伝わなくていいのかしら」

「指令があるまでは休んでいなさいって。シオリからの伝言よ」

 マミはソニンから飲み物を受け取ると直樹たちのそばに座った。

「やはり、伏兵がいるのでしょうか」

 ミツルがコーヒーカップを片手にマミに聞く。

「ラダマンティスの連中が簡単にアークを手放すわけがない。あわよくばこの船を巻き添えに破壊するつもりだと思うわ」

「そのアークって一体何?」

 直樹は真美に尋ねた。

「あなたが使ったアニヒレーターと同じように、古代文明の兵器だと思われている。でも封印されているから正体は不明よ」

「直樹たちが見つけてきたコントローラーが封印を解いて起動するカギに当たるのです」

 直樹は古代文明の携帯用のレーザー兵器を転用しただけで、海戦の兵力差が逆転したのを目の当たりにしていた。

 更に強力な兵器となれば両軍とも必死になるのも無理はなかった。

「ああ、ひどい目にあった」

「どうしたのレティシア」

 マミが声をかけた。食堂に入ってきたのはレティシアとカンナだった。

「敵も沿岸基地から艦載機を出してきて空戦になったのよ。しかも2対1」

「連中の使っているドラゴンフライは鈍重だから一機だけならどうにでも出来るんだけど、二機がタッグを組んだら片方を落とそうとするともう一方がい後ろに回り込んできて、なかなか落とせなくて」

 二人の話は何となく自慢話めいてきた。

「おかげで、二機落とすまでに相当な量の燃料を使ってしまったの。」

 レティシアが両手を広げてみせる。結局二機とも撃墜してしまったらしい。

「一旦帰投しようと思ったら。砲撃戦が始まって回収してもらえないし燃料は残り少ないから、海上に着水して待っていたのよ」

 いつもはレティシアより良くしゃべるカンナは何だか青い顔をしていた。

「私もう船酔いで死にそう」

 そうつぶやくとカンナはテーブルに突っ伏した。

 二人に飲み物を持ってきたソニンが言う。

「カンナはこれを飲むのは無理かしらね」

 それを聞いたカンナはむくっと起きあがった。

「もらうわ。胃の中が空っぽだし、のどが乾いて死にそう」

「今停船していたのはあなた達を回収していたのね。」

 マミの言葉にレティシアがうなずいた。

「バージなら3千ミーターぐらいの所を漂流していたわ。これから微速で接近するって。」

 カンナはコーヒーを少しづつ飲みながら言った。

「でも、本当にヒルデガルドをやっつけてしまったのね。ブリッジが崩れ落ちそうになっているのを見たわよ」

 それを聞いたマミが満足そうに微笑んだ。

 その時食堂のインターフォンの呼び出し音が鳴り、ソニンが通話応答した。

 通話を終えるとソニンは直樹達に告げる。

「一式艦長が直樹達にブリッジまで来てくれって」

 直樹たちは腰を上げてブリッジに向かった。

「ちょっと。何であんた達まで来るのよ。休んでいればいいじゃない」

 マミが言ったが、レティシアとカンナは直樹達の後ろについて離れない。

「だってバージの制圧戦が気になるもん。艦長も3人だけとは言ってなかったでしょ」

 コーヒーで元気を取り戻したらしいカンナが答えた。

 ブリッジにはいると、スタッフが拍手で迎えた。

 5万年が経過しても拍手の習慣は残っているらしい。

 もっとも5万年のうち4万5千年以上は冷凍凍結状態で恒星間飛行をしていたらしいので、実質は5千年弱の文化的ギャップだ。

「君たちの活躍で首尾良くヒルデガルドからアークを奪還することが出来た。健闘に感謝する」

 艦長が物々しくお礼の言葉を告げた。

「もったいぶらないであっさりねぎらってやれよ。彼は骨折もあるのに頑張ってくれたんだ」

 レミーが砲塔から取り外してきアニヒレーターを眺めながら艦長を混ぜかえす。

 アニヒレーターの緊急冷却モードはもう終わっているようだ。

「直樹。こいつをチャージするところを見せてくれ」

 直樹がレミーからアニヒレーターを受け取ると、生体認証機能が直樹を認識して照準用サイトが飛び出してくる。

 直樹は銃口に当たる部分を上に上げてリロードをイメージした。

 不可解な機械は直樹の思考に反応してどこからともなくエネルギーが充填される。

「本当だフルチャージ状態になっている」

 レミーは直樹からアニヒレーターを受け取ると、エネルギーゲージの辺りを眺めながら艦長に持って行った。

「見てみろよ。このハンディタイプの武器にヒルデガルド級の舷側装甲ベルトを木っ端みじんにするほどのエネルギーが詰め込まれている」

 艦長は無言で佇んでいる。

「今こいつのシステムが制御不能になったら、この船など跡形もなく消し飛んでしまうだろうな。これがアーククラスの遺物となれば、その破壊力は想像も付かない。」

 ブリッジのスタッフは沈黙している。

「連中があっさりとあきらめると思うか」

 レミーが水を向けると艦長がゆっくりと首を振った。

「いきなり接舷などしない。シンヤ達が制圧作戦を考えてくれたよ」

「どうする気だ」

「100メートル程度の距離から催涙ガスを打ち込んでいぶし出すそうだ」

「シンプルなプランだな。そんなことで大丈夫か」

「あいつらはプロだ。任せておこう」

「あと10分ほどで静止状態でバージの横100ミーターに並ぶ。その後は高機動用のウオータージェットを使って徐々に距離を詰める。それでいいな」

 ジョージが話に割り込んだ。艦長はゆっくりとうなずくと、インカムを使って話し始めた。

『シンヤ。あと10分で所定の位置に着く。催涙グレネードの発射諸元はジョージの指示に従ってくれ』

『了解した。第1小隊は狙撃態勢をとれ。第2小隊は接近戦に備えて右舷側の遮蔽物の後ろで待機しろ。』

 シンヤが白兵戦部隊を指揮していた。

「プロってどういう事なんだ。」

 直樹はミツルに聞いた。

「艦長が敬称として言っているのです。直樹らは幼少期に奴らにさらわれ、洗脳されて殺人マシーンとして育てられました」

 直樹は何処かで聞いた覚えはあったが、詳細に聞くと違和感を憶えた。普段の彼らのイメージと異なる気がする。

「シンヤたちは連邦軍の特殊部隊に救出されたけど、一般市民として社会復帰させることは困難とされたの。一式艦長やシオリが見かねて引き取ってくれたのよ。そして能力を生かして生きていけるのが海賊稼業だったわけ」

 直樹の顔を見てマミが説明した。

「その辺の水兵に武器を持たせたぐらいでシンヤ達に刃が立つわけがありません」

 ミツルが断言するなか、サンドックは速度を殺してバージに並びつつあった。

 艦とバージの間には寒々とした海面が横たわっていた。

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