第7話 洋上の追跡
「砲身にしがみついて引き金を引けと言うのですか」
「そのとおりだ。インカムでブリッジと通話可能にするから、ジョージのカウントダウンに合わせて撃ってくれ」
レミーは直樹の居住性については考慮するつもりはないようだ。
「直樹引き受けてあげてよ」
ミツルが可愛らしく頼むので、直樹は砲塔の上から周囲の海を見渡した。
時折白波が見える少し荒れた海上をサンドックは疾走していた。おそらく時速50キロメートルは出ている。
ヒルデガルドに対抗できる武器がアニヒレーターしかない状況で直樹が断る事など既に想定外のようだ。
「いいよ。やるよ」
「ありがとう直樹、助かるよ」
レミーはほっとしたように微笑んだ。
「どうしても間に合わなかったからこのスタイルになったが、次からは砲塔の上に座席をセットして、座った状態で打てるようにするから今回だけ我慢してくれ」
直樹はアニヒレーターを砲身に取り付けるアタッチメント類をしげしげと眺めた。
「これを一晩で作ったのですか」
「いや、これ自体は以前リオルと相談して作ったものだ。リオルは1日に1発分チャージするのがやっとだったが、遠距離から先制する事には意義があるからね」
当たり前かもしれないが、直樹の前には常にリオルの足跡がある。
「これは、光線兵器みたいだけど軍艦に効果があるのですか」
レミーはしばらく考えてから言った。
「ためしてみよう」
「海の上でどうやって試すんだよ」
ミツルが突っ込んでもレミーのテンションは下がらない。
「ヒルデガルドはオケアノス海の北東方向150キロミーターあたりをバージを曳航しながら時速30キロミーターで北上している。我々は時速50キロミーターで追いかけているから夕方までには追いつけるはずだ。」
直樹はミツルと顔を見合わせる、敵は思ったよりも近くにいたのだ。
「想定している航路の近くに浅瀬があって、そこに座礁している貨物船の残骸がある。俺たちが拿捕した後、積荷を奪って捨てた船だ。そいつを的にしてテストしてみよう。」
サンドッグは海賊業もちゃんとやっているらしい。
「ダモクレス礁ならもうすぐ見えてくる頃だろ」
ミツルが舳先の彼方の水平線に目をこらしている。レミーは砲塔の上に何個か放り出されていたヘッドセットの一つを拾い上げると、誰かと通話を始めた。
「直樹あそこにマストが見えている」
直樹も水平線上に目をこらしたがよく見えない、近視気味だからそんなに遠くは見えないのだ。
「射撃許可が出た。2万メートルの距離で試射してみるから射撃位置に着いてくれ」
レミーが押しつけたヘッドセットを着けた直樹は、指示どおりに砲身にまたがった。
砲身の中程に取り付けてあるアニヒレーターの所まで這っていくのは結構怖い。
直樹がもたついている間にミツルは一旦、砲塔から甲板に降りて、別の脚立を使って砲身まで登ってくると直樹を手伝った。
射撃位置に来ると、アニヒレーターからはパキョンと照準用のディスプレイが飛び出す。
「直樹、聞こえるか、ジョージだ。」
ヘッドセットからブリッジにいるジョージの声が流れてくる。
「砲塔の指向はこちらで操作する。航行しながら射撃できるタイミングは一瞬だから私がカウントダウンして0のタイミングで発射してくれ」
このヘッドセットは双方向で通話できるようだ。
直樹がヘッドセットの使い方で悩んでいるとジョージさんがそれを見越したように指示してきた。
「状況がわかるようにブリッジの音声を流しっぱなしにしておく。そちらから通話したい時は、トリガーの横の赤いボタンを押して話してくれ」
直樹は試しに使ってみることにした。
「直樹です。了解しました」
「そちらの音声も聞こえている。そろそろ砲塔を動かすから準備しろ」
ミツルとレミーが慌ただしく脚立を片付けた。砲塔が旋回するときに邪魔にならないようにしたのだ。
最後に2人は砲塔の上に登ってから脚立を引き上げた。間近から見物するつもりらしい。
次の瞬間、砲塔が旋回した。緩やかに旋回するなんてものではなく、出し抜けに15度くらい動いたのだ。
舷側より外側に出ているわけではないが、直樹は海面がすごく近くなった気がした。
「砲塔の指向を完了した。カウントダウンに入る3、2、」
ちょっと待て、カウントダウンが3からでは短すぎないかと思いながら直樹はトリガーに指をかけた。
「1、0」
銃身は固定されているからトリガーを強く引いても問題ないはずだ。
直樹は、出来る限り「0」に合わせてトリガーを引いた。
なじみになったブンという音と共に、光の柱が遙か彼方の水平線まで細く長く繋がった。
光が消えた後も、水平線上に微かに赤い点が見えていた。
「直樹。目標で爆発を確認した。」
後ろから歓声が上がった。レミーとミツルが一緒になって騒いでいる。
「直樹、試射は終わったから降りても良いよ」
レミーが声をかけたので直樹は固定用のストラップをはずして、砲塔の上まで戻った。
レミーに助けられて立ち上がってみると、ミツルが両手を上げて待ち構えていた。
「右手と右手、左手と左手、最後に両手。」
直樹が当惑しているのに気がついてレミーが教えてくれた。何のことはないハイタッチがしたかったのだ。
艦内に戻るとシオリとすれ違った。彼女は振り返ると直樹たちに言った。
「ミツルと直樹は15時まで自由行動でいいわよ。ゆっくり休んでいて。直樹、当直外でくつろいだりするときは自室の他に、食堂も使っていいのよ」
「僕が艦内を案内します」
ミツルの言葉にシオリがうなずいた。
「とりあえず、食堂に行って温かい飲み物でも飲みましょう」
甲板上は吹きさらしで随分寒かったからだ。
「この辺の海水温は冷たいのかな」
「5Cくらいですね。単位わかりますか」
直樹は首を振った。
「水が凍る温度と沸騰する温度の差を100分割したのがCです」
「それなら僕が使っていた単位と同じだ」
「話が早いですね。海中に放り出されたら体温を奪われるので30分も持ちません」
直樹は考え込んだ。戦って船がやられたらどうなるのだろう。それを察したらしくミツルが補足した。
「もし船が沈んだら、ガイア連邦がお義理に救援に来てくれるかもしれませんが1日以上かかります。救命ボートに乗っていない限りアウトです」
「今から襲撃に行くのは強敵なんだろう」
「そのための秘密兵器が使えることがわかったじゃないですか」
ミツルが微笑んだ。この船の規律が守られているのは運命共同体としての必然があっての事のようだ。
食堂に行ってみると、非番らしい乗組員があちこちでくつろいでいた。狭い船室よりもこちらの方がすごしやすいらしい。
直樹とミツルがコーヒーを飲んでいると、自分の飲み物を抱えてこちらに寄ってくる一団があった。
レティシアとカンナがマミと一緒に直樹らのテーブルまで来たのだ。
「おはよう。例の秘密兵器はうまくいったらしいわね」
レティシアがテーブルに着きながら言った。
「うん。2万ミータの距離で直接照準で当たるんですよ。威力もかなりあるからヒルデガルド相手に先制攻撃が出来ますね」
ミツルが自慢げに答えた。
「私とカンナは14時から索敵に出るの。ガイア連邦から精度の高い敵の位置情報が送られているからすぐに見つかると思うわ」
「君たちがパイロットなの?」
直樹が尋ねると、カンナとレティシアは苦笑した。
「ごめん。そうよね。知らないのよね。私たち3人が艦載機のモスキートの搭乗員なの。もう一人アケミもいたけどね。」
レティシアが説明してくれた。アケミはキラービーにやられた一人だ。
「私思うんだけど直樹は元はどんな人だったのかしら。はげた親父だったとか実は女だとか可能性としてはあるわよね」
カンナが今更ながら直樹の正体が気になってきたようだ。
「うわ。それは気がつかなかったわ。見た目に騙されてキャラもリオル系だとばかり思いこんでいた」
レティシアも追従したので皆の目が直樹に集まった。
「僕はこの世界に来る前は学校に通っている17才の男性だった。不思議だけど顔立ちはリオルに似ていた。敵対的な勢力が仕掛けた爆弾の爆発に巻き込まれて死んだんだよ」
鏡で見た風貌が自分に似て見えるのは、リオルの体を通してみているからフィルターがかかっているかもしれないがそれは言わないことにした。
「学校に行っていたってことはここより平和だったのね。その時彼女はいたの」
カンナが尋ねたので直樹はさゆみを思い出した。
「爆発に巻き込まれたときに、彼女も一緒だった。生き延びたかどうかはわからない」
「そうか。あなたが私たちの過去の世界の人だからそれは5万年前の出来事なのね。」
カンナは嘆息した。
「そうだ。マミはリオルの想い出の品をもらえるんでしょ。今もらっておいたら」
レティシアが提案した。
「何でも良いって言うならお財布の中身を全部もらっちゃえば」
余計なことを言うんじゃないと直樹はカンナをにらんだ。
しかし、マミは立ち上がると直樹の胸の辺りを指さした。
その場の空気が一瞬冷え込んだ。
「リオルが子供の頃からつけていた、そのペンダントをちょうだい」
それを聞いて、皆が一様にほっとする様子が見て取れた。
「マミは欲がないな。私ならもっといろいろ要求するのに」
カンナが言葉を続けようとするのをミツルが止めた。
レティシアは直樹に言う。
「今渡してあげたら」
断る理由もないので、直樹は首の後ろの留め金をはずして、ペンダントを手にぶら下げ、マミに差し出した。
「ありがとう」
マミはペンダントを受け取るとそのまま身につける。
「私は自分の部屋に戻るわ。」
マミは直樹らに告げると、自分の食器を片付けて食堂から出て行った。
「直樹はマミとつきあってあげる気無いかしら」
カンナがぼそっと言った。
「それって、かえって難しいかもしれませんよ」
ミツルが妥当な意見を言う。
「もともとマミとリオルが付き合っていたわけでもないから私が手を挙げようかな」
「え」
れティッシイアの言葉を聞いて直樹は絶句した。
レティシアはブロンドの長髪と整った顔立ちが目を引くスレンダーな美少女だ。直樹はどうしたらいいのかわからずどぎまぎした。
「冗談よ。中身がはげ親父でないか確認してからにするわ」
レティシアはにっこり笑うと直樹の背中をばんと叩いて食堂から出て行った。
反応を試されたような気がして直樹は何気なくカンナの顔を見た。
彼女は顔を赤らめてもじもじしていたかと思うと、レティシアの後を追って食堂を出て行ってしまった。
カンナはストレートの黒髪がどこか日本的な風貌だ。
「いいですね。リオルも直樹も人気者で」
ミツルがため息をついた。
レティシアの両手を上げて背伸びをしてもなお存在を主張している大きな胸を思い出して直樹はドキドキする。
未来世界でもいいことがあるかもしれないと直樹は思うが、それは今日の夕方に迫ったヒルデガルドとの戦闘を生き延びたらの話だ。
午後になって、直樹とミノルは艦載機のモスキートの発進作業を見物した。
サンドッグのブリッジの後ろには煙突とマストがありその後ろには巨大なクレーンが搭載されている。
そこから艦尾までは航空母艦を思わせる作業甲板になっており、エレベーターとカタパルトが設置されていた。
エレベーターを避けて艦尾からアングルドデッキ風に右舷前方に向けてカタパルトが伸びているので、作業甲板は左右非対称だ。
モスキートの機体は単発のレシプロエンジンにフラットな一枚の翼、大きなメインフロート一つが胴体下に付いていて直樹の目からは零戦の時代の古風なデザインに見える。
操縦しているのはレティシアで、偵察兼後部銃座にカンナが座っている。
作業甲板に直樹らがいるのを認めたレティシアはコクピットから手を振った。
カタパルトの主任がフラッグで合図するのと同時にモスキートはエンジンをフルパワーにする。
直後にカタパルトがものすごい勢いで機体を加速しカタパルトの端でモスキートはふわりと宙に舞い上がった。
「あのカタパルト、動力は何を使っているんだ」
直樹はミツルに聞いてみた。
直樹の軍事関係の知識によるとこの手のレトロなカタパルトは火薬で打ち出していたはずだ。
「何って電磁式のリニアアクセレータに決まっているでしょ」
ミツルの答えを聞いて直樹はこの世界のテクノロジーが遅れているのか進んでいるのかわからなくなっていた。
「そろそろ僕たちも持ち場に着きましょうか」
ミツルと共に直樹は前甲板に移動した。再び主砲によじ登ってみたら、そこにはマミが立っていた。
「私もミツルと一緒にサポートすることになったの」
彼女の言葉に、直樹とミツルは顔を見合わせた。
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