第6話 出港の時

 やがて、沈黙に耐えかねたようにルークが口を開いた。

「リオルはマクレガーさんやアケミを助けようとして、単身でキラービーの巣穴に乗り込み、キラービーの巣に共生しているソウルイーターに捕捉された。俺たちが助けに行ったときはソウルイーターに人格情報を消されて手遅れだったが、リオルが子供の頃に人体実験で埋め込まれたというチップが作動して、旧世界人の記憶が発動したんだ」

 ルークの言葉を聞いてマミは顔を伏せた。

「アケミがキラービーに・・・・」


 ルークは余計な情報を漏らしたことを悟り、口を押さえたが、マミは気丈に顔を上げるとルークに言った。

「あなたが確認したならその通りなのね。乗船したら最初に体を洗って着替えたらいいわ。ひどい臭いがしている」

 ルークはホッとした様子でマミに答えた。

「わかった、そうするよ」

「一式艦長が来たわね。私は先に艦に戻っているから」

 マミは足早に離れ、一式艦長と呼ばれた、四十歳前後に見える背の高いやせ形の男性が直樹達の前に現れた。

 一式艦長は髪が銀髪の為か少し年かさに見える。

 そして、艦長の以外にもお迎えの人々がボーディングブリッジを降りてくる。

 直樹も含めて遠征部隊は野戦用戦闘服の上にアーマーベストを着用した出で立ちをしているが、船から来た面々はもっとこぎれいな制服を着ている。

 7人中の遠征部隊中2名が死亡、1名は人格がを消されて別人格と化しており、散々な状況だが、出迎えた人々の表情は決して暗くなかった。

「大変だったねシンヤ。よく帰ってきてくれたよ」

「ジョージさん。こいつが例の物だよ」

 シンヤは、手に入れたコントローラーが入ったコンテナを放り投げた。

「うわ、こんな大事な物を投げるんじゃない」

 ジョージと呼ばれたのは艦長を同年代くらいのアジア系に見える男性だった。

 ジョージはシンヤが投げたコンテナを受け止めると大事そうに抱え、自分達と入れ替わりに艦に戻ったマミをチラと見てから直樹たちに言った。

「おまえ達、とりあえずブリッジの会議室まで来てくれ。簡単でいいから報告してもらう。終わったらカロンの街で好きな物食べてこいよ。支払いは船のつけでいい」

「本当か」

 喜色満面でミツルが叫ぶ。

「本当だ、食事は波止場にあるロドリゲスが皆のお薦めだ。装備品はみんなで片付けてやるから身の回り品以外はそのまま置いといていいよ」

 マミと同じ系統の制服を着た女性が口を挟んだ。

「リオルの中の人の名前はわかるのかしら」

 ルークが思案気な表情で答える。

「名前はナオキだと言っている」

「じゃあな、ミツルとナオキは今から着替えを渡すから最初にお風呂に入って着替えてちょうだい。その匂いのままでいたら船から放り出すわよ。」

 キラービーの肉片を浴びたミツルと直樹は本人たちが意識する以上の悪臭を漂わせていた。

 その時シンヤが叫んだ。

「そいつに積んである脚を後でロドリゲスに持って行くから捨てたりするなよ。」

 直樹たちが乗ってきたバギーを見たジョージはぎょっとして傍らの女性に聞いた。

「シオリあれはもしかしてソウルイーターの脚の一部ではないか。」

「そのようね。」

「ロドリゲスなんかに持って行ってどうするつもりだ。」

「グルメの方々は珍重するらしいわ。思うにシンヤ君はロドリゲスのマスターに売りつけるつもりではないかしら。」

「おえ、俺には決して理解できない嗜好だな。」

 シオリと呼ばれた女性はクスクスと笑った。

 二人はサンドッグの士官のようだ。

 船のタラップを登ると、港から防波堤の無効に見える外洋に日が沈むのが見え、日没の色は少し紫がって見える。

 そして、日輪の大きさは小さく感じた。ここはかつて直樹が住んでいた太陽系とは違う星系なのだ。

 船から放り出すと脅されていたので直樹はシャワーを浴びた。

 隣の仕切りでシャワーを使っているミツルが使い方を教えてくれたが、直樹が知っていたものと大差がない。

 シャワーを使いながら、自分の前に鏡があるのを見つけた直樹は曇った鏡にシャワーのお湯をかた。

 リオルはどんな姿か確かめたかったのだ。しかし、鏡に映った姿は、本来の直樹の姿そっくりに見えた。

 他人の空似にしては似すぎているが、よく見ると直樹にはなかった傷跡もある。

 エリシオンの人々の言葉がリオルの体を通して自動翻訳されるのと同じように、視覚映像が処理されているのだろうかと直樹は悩んだが、こればかりは誰に聞くこともできなかった

 ブリッジの会議室に行くと、艦長以下数名が待ち構えていた。

 遠征隊の惨状は無線連絡で把握していたらしく、彼らの興味は直樹に向けられていた。

「それではナオキさん。あなたは何処から来たのか教えていただけませんか。」

 先ほどは姿を見せていなかった年かさの男性が直樹に質問した。

「国籍は日本。住所は東京都板橋区大山東町です。」

 直樹は自分の住所を告げた。なんだかものすごく場違いな感じがする。

「シオリ君、何か該当するデータはありそうかね。」

 シオリはタブレット端末みたいな機械で情報検索をしている。

「該当する地名があったわ。」

「どこだ。ラダマンティスの都市ではないだろうな。」

 シオリはゆっくりと頭を振った。

「この星ですらないわ。トーキョーは旧世界、地球にあった都市の名よ。」

 彼らの話す言葉に地球という単語を聞き取った直樹は妙に懐かしく感じると同時に、彼らのデータベースに地球だの東京だのがヒットすることが意外に思えた。

「どこかで聞きかじった地名を言い張っているが、実はラダマンティスの回し者だと言うこともあり得る」

「どうすればそんなことが出来ると言うのですか。流れ者を拾ってきたならまだしも、彼はリオルの体を支配している別人の意識なのですよ」

 一式艦長が口を挟んだ。

「まあそうだな。だがくれぐれも油断するなよ。出来ることなら遠隔操作で爆破できる首輪でもつけておきたいぐらいだ」

 男性は席を立つと部屋から出て行った。

「ワン少佐も相変わらずだな」

 ぼやく一式艦長にジョージが答えた。

「あんな調子だから左遷されて海賊船の監督官などやらされるんだ。航海中に行方不明にならなきゃいいけどな」

「やめてくれ、そんなことしたら僕が言い訳するのに大変になる。」

 一色館長が慌てる横で、シオリが直樹の顔をのぞき込んだ。

「あなた本当にトーキョーに住んでいたの?」

 直樹はうなずいた。

「時間がある時でいいから話を聞かせて。私は地球がどんな所だったか教えて欲しいの。私たちの祖先が地球を出発してから5万年以上経過している。人間がどんな暮らしぶりだったか謎が多いの」

「5万年?」

「そう。私たちの祖先は冷凍凍結された受精卵の形でカプセルに封入されて発射されたの。カプセルを乗せた船は核融合パルス推進で初速をつけ、ラムスクープ速度に達してからは星間物質をすくい上げて燃料として飛んできたの。記録に残っている太陽の上層大気を使って加速したときのGを聞いたらきっと驚くわよ」

 直樹は思わず口をはさんだ。

「ラムスクープって何ですか。」

 誰もが知っていて当然の事を聞かれると、説明に窮することがある。言いよどむシオリの代わりにジョージが説明を始めた。

「かつて、宇宙船の性能は積んでいる推進剤の量に左右されていた。たくさん積みすぎると推進剤を浪費して推進剤を運ぶ羽目になるし、少ないと役に立たない。そこで登場したのがバザー度式ラムジェット推進だ。このシステムは電離状態の星間物質を電磁的なネットで捕捉し、その磁場をじょうご型にすることによって圧縮して核融合させるシステムだ。速度を上げるほど集める星間物質の量も増えるので、光速近くまで加速できるとされている」

 直樹はその概念をどこかで聞いたことがあったような気がしたが、他の疑問も頭に浮かぶ。

「でも受精卵からどうやって人が育ったんですか」

 今度は自分が答えられると思ったのかしおりが説明を始めた。

「人工子宮と育児用アンドロイド。そしてデータベースと必要最低限の道具類は乗せられていたのね。着陸船の一部は神格化されてラダマンティスの首都神殿に保管されているわ」

「ラダマンティスというのは何ですか」

「2千年前の大破局の後に、武力で皆を制圧して独裁政権を打ち立てた人がいたの。それが初代ラダマンティス王。今でもラダマンティス帝国は大陸一つを制圧して皇帝が圧政を敷いている」

「あなた達は何処に属しているんですか。」

「私たちが所属しているのはガイア連邦。ガイア連邦とラダマンティス帝国は戦争状態なの。ラダマンティスはガイア大陸に侵攻しつつある。私たちはオケアノス海のラダマンティスの海上輸送を分断する目的で、通商破壊のために雇われた海賊なの」

 情報量が多すぎて頭が付いていかない。

 ぼーっとしている直樹に一式艦長が話しかけた。

「リオルは私たちにとって重要なメンバーだった。その代わりにと言うわけにはいかないが一緒に戦ってくれないか。もし君が拒否するならこの港に置いていくことも考えている」

 ジョージが口を開きかけたのを一式艦長が手で制した。

 志を同じくしないなら無理には連れて行かないつもりらしい。

 直樹は、ソウルイーターに捕まった直樹を助け出そうとしたシンヤ達を思い出した。あの時点ではリオルの生存を信じていたのかもしれない。

「一緒に連れて行ってください」

 一式艦長はジョージさんにニヤリと笑うと言った。

「例の奴を持ってきてくれ。」

 ジョージさんはうなずいて部屋から出ていった。

「主立ったメンバーを紹介しておこうか。私が艦長の一式だ、彼女がシオリ。副長で総務関係と医療も担当している。今出ていったのがジョージで航海長と火器管制全般の責任者だ」

 シオリが微笑む。

「ここにはいないが機関長と機械工作の担当がレミー。君に首輪をつけろとか物騒なことを言っていたのがワン少佐だ。彼のことはあまり気にしなくていい。他のメンバーはシンヤ達に追々紹介してもらってく。」

「ミツルとか随分年の若いメンバーが居るみたいですけど、志願して仲間になったのですか」

 一式艦長はシオリの方を見た。彼女はうなずいて説明を始めた。

「あの子達はラマダンティス軍が制圧した地域の子供なの、やつらは制圧地域の大人は皆殺にして、子供だけを集めて洗脳して戦闘訓練をしていたのよ。ラダマンティス軍の輸送艦を捕獲したときに船倉で発見されて、そのうち何人かがこの船に残ることを希望したので私たちが引き取ったの」

 そこにジョージが戻ってくると、手に持った紙切れを直樹に示した。

「この船の同志になることの宣誓書だ。要約すると何があっても仲間を守り、裏切り者は死を持って制裁を受けるといったところだ」

「ここにサインをして、指先を突いて出た血を押しつけるんだよ」

 シンヤが教えてくれたので、直樹は漢字で自分の名前を書くと、こめかみの絆創膏をちょっと剥がして、にじんできた血を指につけて押しつけた。

 新しく傷を付けるのも気が進まないからそうしたが。

 皆が一様に引くのがわかった。

「その傷、ソウルイーターの爪の痕なの?」

 シオリさんの問いに直樹はうなずいた。

 彼女は気を取り直して言った。

「傷口が大きいから縫ってあげる。後で医務室に来なさい」

「報告会は解散にしよう。君たちは出かけてもいいぞ」

 一式艦長の言葉で、シンヤ達は一気に活気づいた。

「ナオキも一緒にロドリゲスに行くだろ」

 ミツルが声をかけてくれたので直樹はうなずいた。

「零時までは半舷上陸にしているけれど、あなた達が帰ってきたから明日になったら出航態勢をとるわ。零時には戻ってきてね」

 シオリさんの言葉にシンヤとルークがうなずいて部屋を出て行く。直樹とミツルもそれに続いた。

 シンヤが持ち帰った「カニの足」は二本あった。長さは1メートル以上、一本の重さも20kgはありそうだ。それでも脚全体のほんの一部でしかない。

 シンヤ達と同年齢ぐらいの女性二人が運ぶのを手伝ってくれた。

 金髪の女の子が直樹の顔をじろじろ見ながら言った。

「私はレティシア、こっちはカンナよ。あなたは見た目リオルだけど中身が違うんでしょ。」

「レティシアそんなに露骨に聞く事じゃないでしょ」

「だって、確かめておきたいじゃない」

 カンナと呼ばれた子は、黒髪のショートワンレンでアジア系の外見だ。

「ナオキと呼んでくれ」

「ふーん、割とよくある名前ね」

 2人はクスクス笑う。

 直樹は気になっていたことを聞いてみた。

「マミはリオルの連れだったのか?」

「リオルはアカネと付き合っていたの。マミとリオルはラダマンティスに占領されるまでは同じ町に住んでいたから仲が良かったの。二人が付き合えばよさそうなものだけど、きっとここに来る前に何かあったのね」

 レティシアが金髪の前髪を片手でかき上げながら答えた。

「マミに一緒に行こうって誘ったんだけど、今日は気分じゃないって。リオルは仲良しだったし、アカネはマミの搭乗機の乗員だったからね」

 得体の知れない物体を5、6人の人間が運んでいると、寂れた港町ではむやみに目立つ。

 ロドリゲスに着いた時にはちょっとした人だかりが出来ていた。

 正面の入り口からずかずかと入り込んだ一行を見て店の責任者らしき人が慌てて出てくる。

「何ですかあなた方は。妙な物を持ち込まないでください。」

 どうやら、格式の高いレストランのようだ。支配人らしきその人はシンヤの顔に目をとめ、次に直樹たちが持ち込んだ物体に目を向ける。

「あなたは、寄港中の船の方でしたね。それはもしや」

 シンヤはうなずいた。

「そう、それだよ。約束どうり買い取ってくれるよな」

 支配人らしき人は直樹らの方に近寄ると問題の物体の付け根の部分の匂いをかいだ。

「これは何日前に死んだものかわかりますか」

「昨日のお昼頃までは元気に歩いていたはずだ」

「もしや、あなた方が倒したのですか」

「そうだ。彼が射撃して撃破した個体の一部だ。程よく焼けているはずだ」

「加熱処理までしていただいたのですか」

 直樹とシンヤは顔を見合わせた。アニヒレーターの射撃後、周辺一帯は炎上していた。

「そうだな、短時間だけど高温で処理したのは確かだ」

 直樹は支配人と話すシンヤを見て思って、彼が抜け目がないタイプだと思う。

「これはお預かりします。あなた方は食事されますか」

「もちろんだ」

 シンヤが答え、直樹たちは店内に通された。

 ミツル達は船のつけが効くのをいいことに、フルコースのディナーを注文して飲み物も沢山頼む。

 スープが運ばれてくる頃に、先ほどの支配人がやってきてシンヤに耳打ちして帰って行った。

 シンヤは誇らしげに皆に宣言した。

「ソウルイーターの脚は2本が五千クレジットで売れた。次と言わず何回でもおごってやるぜ」

 皆が歓声を上げ、その後も仲良く会食を続ける

 ていたが、しばらくして店の入り口からジョージが入ってくるのが見えた。

 表からバイクの音が聞こえていたから船から何か伝えに来たようにも思える。

 直樹達のテーブルまで来るとジョージは言った。

「聞いてくれ、午前1時に出航してヒルデガルドを強襲することになった。集合時間は変わらないが時間には遅れないようにしてくれ。」

 皆の表情が一様に硬くなった。

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