第2話 リオル救出作戦

 再び気がついたとき、直樹は全身を覆う苦痛に身をよじった。

 体力の全てを使い尽くしたように体中が苦痛を訴えて動くことができない。

 そして極めつけは頭の両側を挟んだ鉤爪だった。

 直樹はとがった爪のようなものが直樹のして両こめかみの辺りをつかんでぶら下げられているのだ。

 直樹の体重を支えるために、こめかみの薄い肉に爪状の物体やがざっくりと食い込み、血が流れているのを感じる。

 そして、直樹の目の前にいるのは、形容しがたい形状の生き物だった。

 少なくとも地球上にその係累は存在しなかったはずだ。

 直樹は自分がその生物に食われそうになっているのだろうかと苦痛の下で考えた。

 グロテスクな体から伸びた眼柄の先にある巨大な眼球が直樹を見ていた。

 その時、直樹を捕らえている生き物の硬そうな外皮に火花がはねた。

 生き物は向きを変えて動き始めた。

 かぎ爪でつまみ上げられていた直樹は、もう用はないというように放り出される。

 直樹はは四メートルほどの高さから地面にたたきつけられて悶絶した、打ち所が悪ければ死んでもおかしくない。

「かんべんしてくれ」

 直樹は動かない体にむち打って上体だけでも起こそうともがいた。

 その時、直樹の耳に人の声が響いた。

「馬鹿、対人用炸裂弾じゃなくて、遅延信管付きの徹甲弾を使うんだ。徹甲弾が無ければ通常弾頭の方が貫通するだけましだ。」

「わかった。赤のラベルのやつだな。」

 言語自体は、直樹の知らない言葉だ。

 しかし、頭の中に自動翻訳装置があるかのようにその意味は理解できる。

 最初に叫んだ人物ともう一人が直樹の方に駆け寄った。

 後方から援護しているもう一人が弾倉を詰め替えると、大型の自動小銃のような携帯火器を発射する。

 ポス ポス ポスポス

 着弾位置は先ほど火花が見えた辺りに集中しており、その辺りを狙っているように見える。

 先程の弾丸が炸裂していたが、今度は小さな穴が空くだけだ。

 生き物は、直樹をつまみあげていた操作肢を大仰に振り回した。

 何だか苦しんでいるようにも見える。

 生物の大きな脚部は直樹の目の前2、3メートルのところで足踏みしており、直樹は踏まれる危険を感じた。

 その時救援部隊が直樹の周辺に到着した

「リオル!」

 駆け寄ってきた一人は直樹に呼びかけながらうつ伏せに倒れていた上体を抱え起こした。

「シンヤ無駄だよ、ソウルイーターにやられて意識があるわけない。もう撤退しよう」

 シンヤと呼ばれた少年はむきになってまくし立てた。

「馬鹿言うなルーク。さっき身動きしたのを見ただろ。回復する可能性があるのにキラービーがいる荒れ地に捨ててきましたとみんなに伝えるのか」

 ルークと呼ばれた少年はやれやれというように肩をすくめた。

「わかったよ。こいつの足を止めるからなんとかして連れて行け。」

 シンヤはうなずくと、直樹を背中に担ぎ上げるとずるずるときずりながら元の方向に戻り始めた。

 直樹は首を回して後ろを見てルークと目が合った。

 ルークは直樹に意識があるのを認めて意外そうな顔をしたが、手元に目を戻して自分の火器の先端に楕円体のカプセルをねじ込んだ。

 そして、小走りに生き物から距離を取り射線を確保すると、手早くカプセルを発射した。

 カプセルはロケット弾のように明るい光の尾を引いて飛翔し、生き物の2つある大きな目玉の左側の方に着弾した。

 カプセルは目玉と眼柄の付け根付近で爆発し、支持構造が破損した目玉は自重を支えきれずに地面に崩落した。

 ルークはそれを狙っていたのに違いない。

 その時、シンヤが直樹を担いで進んでいる方向から携行火器のと連射音が響いた。

 ルークの意図に気がついた援護役が射撃したのだ。

 パシ、パシ、パシ、パシ。

 遅延信管付きの徹甲弾というやつだろうか。発射された弾丸は右側の眼球に集中的に着弾した。

 一瞬の後、着弾個所からどろどろしたゼリー状の物質が大量に流れ落ちた。

 ソウルイーターと呼ばれた生物は主要な視覚器官を失ったようだ。

 明らかに活動が鈍くなり直樹達に対する攻撃態勢は緩んだ。

 駆け戻ってきたルークは、シンヤに手を貸して二人がかりで直樹を担いで引きずり始めた。

 担ぐ人間が二人になるとスピードは上がる。

 援護射撃をしてい少年の所まで来るとルークが声をかけた。

「ナイスフォローだミツル」

 ミツルが人差し指を立てて見せた。

 サムアップに相当するしぐさらしい。

「赤パックは売り切れだ。黒パックを使ってここで食い止めるから早く行け」

 シンヤがうなずいてミツルの横を通過する。

 ミツルが言っているのは弾倉の色で識別した弾頭の種類のことらしい。

 徹甲弾が無くなったから、通常弾頭を使うと言っているようだ。

 シンヤとルークはそこからさらに直樹を運び、周囲を岩に囲まれた窪地に引っ張り込んだ。

 そこは活動のベースに使っていたらしく、食料や弾薬がデポジットされていた。

 端の方には車輪が四つ付いたバギーもどきの乗り物も置いてある。

 しんがりを受け持っていたミツルが少し遅れて戻ってきた。

 偵察行動中に仲間が不覚にもソウルイーターと呼ばれる大型甲殻類に捕まったということらしい。

 しかし、直樹は彼らの仲間である「リオル」の代わりに自分が助け出された状況が理解できない。

「リオル。しっかりしろ俺のことが解るか」

 シンヤが直樹を揺さぶりながら必死に呼びかける。

 直樹は答えようがなくて困ったが、観念して彼に告げた。

「僕は、リオルではない」

 直樹の言葉を聞いたシンヤは、泣きそうな表情になった。

「何を言っているんだリオル。ちゃんと意識があるのにふざけるな。年かさの奴で生き残ったのはあんただけなんだぞ」

 ルークがシンヤの肩を叩いた。

「記憶が混乱しているかもしれないから無理を言うな。ソウルイーターに捕捉されていたのに意識があるだけでも奇跡だ。」

 シンヤはうなずいた。

「夜になると連中も活動が鈍る。今夜は休んで明日脱出方法を考えよう」

 ミツルが提案すると二人がうなずく

 話を聞いていて直樹は気がついたが、三人とも直樹よりも年下のようだ。

 見た感じではせいぜい中学生くらいではないだろうかと、自分も高校生だったのを棚に上げて直樹は思った。

 何故こいつらが強力な武器を使って巨大甲殻類と戦っているのだろう。

 その時、直樹の前に何かが差し出された。

「リオルこれ食べられるか」

 ミツルが食料を差し出していた。一見しておにぎりにコンビーフとポテトサラダをそえたランチパックといった感じだ。

「ありがとう。食べてみる」

 直樹が受け取って食べ始めると、ミツルはうれしそうな顔をする。

 直樹はかろうじて動くようになった右手を使って口に運び、もらった食べ物を少しずつかじった。

 ランチパックは見た目そのままの味で、弱り切った体は食べ物をほしがっていた。

 直樹は一生懸命に咀嚼してなんとか飲みこむ。

 喉が渇いたと思い始めていたら目の前に金属製のカップに入った飲み物が差し出された。

「どうぞ、出血もしているから喉が渇いたでしょう」

 ルークが勧めるとおりに、一口飲んでみるとスポーツドリンクのような味で、直樹は一気に飲み干した。

 ルークは直樹が飲み物を飲んだのを見届けてから聞いた。

「さっき、リオルではないと言っていたけど、あなたは一体誰なんです」

 直樹はカップを手に持ったままルークの顔を見た。ルークは直樹の目をのぞき込んでいる。

 直樹はルークの目の真剣さにぞくりとした。もしかしたら彼らの言うリオルという彼らの仲間の体に自分の意識が入り込んでいるのだろうか。

 ルークと呼ばれる少年が直樹が考えたとおりに推理して話しかけているとしたら、彼が丁寧な口調で話していることとつじつまが合う。

「僕の名前は直樹だ」

 ルークが目を見開くのが解った。やがて彼はひどく悲しそうな顔になった。

「やはりリオルはあの生物=機械に魂そのものを消されてしまったのですね」

 答えようがないので、直樹は黙っていた。ルークは直樹の様子を見て言葉を継いだ

「すいません。あなたに聞いてもいけませんね。あなたは一体どこから来たんですか」

「住所は東京都板橋区大山東町だ。ついでに言うと国名は日本。でもここはきっと別の世界なんだろうな」

 話の糸口がないとは、こんなものかもしれない。

 地名の部分だけは元通りに発音されたので、ルークはさらに驚いたようだ。

「なあ、あの化け物は一体なんて生き物なんだ。ここは何ていう世界なんだ」

 聞きたいことは、いくらでもあり、何から聞いたらいいか解らないくらいだ。

「さっきの奴はソウルイーターと呼んでいます。この星の造物主が作った生命=機械の一種です。この星のことは僕たちはエリシオンと呼んでいます。」

 ルークの言葉は単語のいくつかが直樹にとって意味不明だった。

 ルークも直樹が言った地名などさっぱり理解できなかったのだろう。

 ルークはため息をついてから、気を取り直して会話を再開した。

「とりあえずこめかみの傷を手当てしましょう。少ししみますよ」

 ルークは医療キットを開くと直樹の傷口の手当を始めた。

 消毒薬らしきスプレーを吹き付けるたルークは、キットから取り出したパッケージを開けると、中身のゲル状のシートを傷口に貼り付けて治療を終了した。

 ルークは更に別の包みを取り出して広げて見せた。寝袋のように見える。

「落ち着いたらこの中に入って寝てください。トイレはその向こうの岩陰。わかりますね」

 直樹はうなずき、言われたとおりに寝袋に入り込む。

 ルークはそれを見届けると少し離れたところで聞き耳を立てていたらしいシンヤとミツルの元に戻った。

 ひどい疲労感を感じたていた直樹はすぐに眠くなってきたが、彼らの会話が耳に入ってきた。

「シンヤ、彼はやっぱり、リオルじゃないよ」

「じゃあ一体、誰なんだ」

「ナオキと名乗っていた。住んでいた場所に至っては何だかわからないことを言っていた」

「そんな話があり得るのか」

「僕はリオルが子供の頃にラダマンティス帝国で人体実験の被験者になっていたと聞いたことが有ります。旧世界の人の記憶が入ったチップを脳に移植されたけどその記憶は発現しなかったと言う話でした。ソウルイーターが電磁パルスでリオルの脳の人格情報を破壊したために、そのチップの記憶が発動したのではないでしょうか」

「ミツルの説に従うと、俺が話していたのは数万年前の旧世界の人だったというわけか。住んでいたという場所が聞いたこともなかったことと符合しているな」

 直樹を救出した人々は黙り込んだ。

「結局、リオルの魂が消滅したことに代わりはない」

 彼らはリオルのことに思いが及んだらしく静かになった。

 直樹はうとうとしながら、自分が遭遇したテロ事件を思い出していた。それは遥か過去の事件となり誰の記憶にも残っていないのかもしれない。

 直樹は一緒にいたさゆみや健二の消息すらおそらく永久にわからないであろう事に気がついた。

 やがて直樹は、深い眠りに落ちていった。

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