やめてー、やる気なくすからホンキで!

 頼みの綱の二人は、小声で何か言葉をわしたようだが、リズの耳にまでは届かなかった。

 今は互いに、背を向け合って「陰険モヤシ」と「筋肉ダルマ」に対している。


「じゃ、こーたい」

「げ。またモヤシかよ」

「いいじゃん。アンガイ、気ぃあってるし二人」

「飯抜きなお前」

「やめてー、やる気なくすからホンキで!」


 挑発なのか本気なのか、そんな声が聞こえてきた。リズの背筋の震えが、気付けば消えている。

 そうして位置を入れ替えた二人に、それぞれが笑いかける。笑い返した二人の表情は、悪童だ。


「やぁ、元気そうで何よりですねぇ。獲物はきが良くないと、面白くない」

「獲物扱いする割には、一回も俺を捕まえたためしがないけどな。――呼び声に答えよ、火精」


 ランスロットが抜き放った剣の刃を、瞬時にあおい炎がおおう。思いがけず幻想的な光景で、リズはつい、見とれた。

 男がそれを、細すぎる腕の一払いでき消す。


「ふっ、相変わらずの一本槍ですか」

「リディ!」

「はいよっ」


 無言で蹴り合っていたリードルが、ランスロットの言葉に跳び上がる。

 そうして、リズがよじ登ったのと同じくらいの高さの枝を軽々とつかむと、猿よろしくぶら下がった。

 リードルの跳躍と同時に、ランスロットも跳んでいた。大男を跳び越え、岩に着地する。

 その上で、残されて一瞬だけ反応に迷った二人を取り囲むように、中空に剣で円をえがく。剣先から、蒼い炎が伸びた。


「呼び声に答えよ、地精!」

「何?!」

「うお!?」


 残されていた「モヤシ」と「ダルマ」が、ずぶずぶと地面に沈んでいく。

 まるで地面が沼にでもなったかのようで、リズは眼をうたがった。どこかにつかまろうにも、炎で囲まれた部分が全てそうなっていて、掴まりようもないようだ。

 ところが二人は容赦ない。

 男たちが身動きの取れなくなるまで沈むと、弾みをつけて枝から飛び降りたリードルが、ランスロットの降りた岩を持ち上げた。

 そのまま、首のあたりまでしっかりと埋まった二人の頭上に落とす。


「うそでしょ…人間技じゃないわよ…」


 リードルの、どちらかといえば華奢な体のどこにそんな力が。しかも投げ終えて、平然としている。


「とどめ刺せたかなー?」

「いや、今までの経験からいくと…無理だろ。この程度だと」

「あ、やっぱ? おれほんっと思うよー、こいつらのセーメーリョク、ゴキブリを上回るね」


 暢気のんきな会話だ。

 リズは、眼を回しそうになって慌てて、枝にしがみつこうとした。だが、手をすべらせ――落っこちる。


「っ、きゃーっ!」

「!」


 がしりと抱きとめられ、衝撃はあったものの、無事は無事だ。おそるおそる眼を開くと、苦々しげな濃藍の瞳にリズが映っていた。


「あ…りがとう、ありがとう!」

「…こういうのはリディの担当だってのに、なんだって俺のところに落ちてくる」


 そんなことを言われても困る、とリズは反論しようとしたが、意外にも丁寧に地面に下ろされ、機会を失った。

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