他にも誰かがいるとは珍しい

「君たちもりずに、頑張りますねぇ。まぁ、このくらいの手応えのある方が、叩き潰したときが楽しいですからねぇ」


 ねっとりとした声に、リズの回想は破られた。

 聞いただけで、気が滅入るような体のどこかをむしりたくなるような、耳をふさいでも皮膚からじとりと滲入してくるような口ぶり。

 内容も含めて、リズは、総身に鳥肌が立ったのを感じた。

 おそるおそる、半ば恐いもの見たさで首を伸ばすと、痩せこけた男が見えた。

 頭には灰色の蓬髪ほうはつがべたりと張り付いているが、黒一色の服の上からでも、筋肉どころか肉すらついているのかがあやしく思える。

 陰険モヤシというのは、的を射ていると言うべきかまだまだ控えめだと言うべきか。リズなら濡れ骸骨とでも名付けてしまったかもしれない。


「ふふふふふ。さぁ、たのしませてもらいましょうか」


 いやだこれは覚悟なんてできない、と、リズは即断した。もし捕まったら舌でも噛み切って死にたい。できないが。

 上から見ているせいで顔がよく見えないのは、きっと幸運なことだ。

 そう考えながらリズは、必死になって息を潜めた。これは、存在を知られるのも厭だ。

 芝居がかったしぐさで広げた男の両手に、炎がともった。詠唱なしの魔導が難しいということくらい、あまり縁のないリズでも知っている。

 思わず息を呑んだが、炎はすぐに、凍りついた。薄氷が割れるような音を立てて、崩れて消え去る。


「いいですねぇ」


 舌なめずりをするかのような、声。

 既に戦いは、始まっている。互いに詠唱なしの魔導戦の珍しさがどの程度なのかはリズには知りようもなかったが、あのリードルが真顔だということからも、気の抜けない状態だということは、厭でもわかった。


 ランスロットはと見ると、先ほどから全く体勢が変わっていない。眼も、つぶったままだ。

 無防備といえば無防備だが、リードルと岩が盾になっているのだからそうでもないのかと考えかけていたリズは、不意に何かが動いた気がして、眼をらした。

 木々が程よい間隔に生え並び、ところどころ、苔や草が生えていて地面も緑に見える。初夏とあって、木に生いしげる葉っぱといい、眼に痛いほどに生き生きとしている。

 ここはそんな森の中で比較的開けている場所のようなのだが、先ほど降ってきた大岩のせいか、あまりそんな感じがしない。

 その岩の近くに、人がいた。


 人――に違いないと思うのだが、どうにも規格が違う。

 腕の太さが子豚ほどもあり、胴もそれに見合った太さだ。首はないかのようで、頭は、っているのか禿げているのか、一筋も髪が見当たらない。

 紐で縛ったら巨大なボンレスハムになりそう、とうっかりと思ってしまったリズは、それがランスロットの背後に忍び寄っていることに気付き、考える間もなく叫んでいた。


「ラン後ろ!」


 一瞬だけリズを藍色の瞳が映し、すぐに、しなやかな体が宙を跳んでリードルの背後へと着地した。


「ほぅ、他にも誰かがいるとは珍しい。しかも、なんとも可愛らしい声ですねぇ」


 背筋がぞくぞくする。鳥肌が気持ち悪いくらいに立って、リズは、枝にしがみついているのが精一杯だった。

 そうして、頼むからお願いだからなんとかしてねっ、と、至極しごく他力本願な懇願を心の中で叫ぶ。

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