何それ、なんで今そんなこと?

「何で行く?」

「火はまずい。風も。氷はこの前やった。水でもいいけど、岩があるし、これを使わないテはないだろう?」

「どう?」

「埋めて、重し」

「りょーかい。じゃあおれ、行く?」

「頼む」


 一体何の話をしているのか、さっぱりわからない。半ば虚脱状態で座り込んでいたリズは、濃藍の瞳に見つめられ、思わずびくりとした。


「登れるか?」

「は、はい? 何、に…?」

「木。隠れろって言っただろ」


 でも、と言い返したかったのだが、じっと見つめられると、何だか反論する気も起こらない。

 のろのろと立ち上がるが、実のところ、木登りは苦手ではない。「小猿」と呼ばれていたこともある。王女を誘って、こっそり木登りの手ほどきまでしたほどだ。

 そして、はっと気付いて叫ぶ。


「こっち、見ないでくださいよ!?」

「…暢気のんきだなお前…」


 スカートのすそを押さえて睨みつけると、呆れ顔が返って来た。

 確かにそんな状況でもなかったかもしれない、とリズが気付いたときには、ランスロットは違う方向を見ていた。


 久々でなんとか枝に登り、しげった緑の間から、地面を見下ろす。

 やや離れたところにリードルが立ち、岩を手前にしてランスロットがいる。

 二人とも、やってきた方向を見えているといった様子でもない。ランスロットなど地面に片膝をついて、完全に眼をつぶっている。

 が、口は動いている。


「あ、いま気づいた」

「何だ?」

「おなかすいた。陰険モヤシどうにかしたら、ご飯食べよ? あーっ、もやしとか言ったら余計おなかすいた」

「なあリディ。ある地域では、断食だんじきの習慣があるらしい。人間、そう食べなくても生きられるもんだ」

「ええっ、何それ、なんでいまそんなこと? ちょっ、フキツだから! やる気なくすから!」


 木の上で、リズは脱力した。暢気なのは誰だ。


 そうして、枝の上で伏せていると、幼い頃のことを思い出した。

 リーランドの国から助け出してくれた小母おばさんが亡くなると、リズは、孤児院に拾われた。そこは、王女の影武者育成を視野に入れて女児を集めた場所だった。

 そのため、礼儀作法は勿論のこと、筋肉のつき方にも気を配った護身術の基礎なども教えていた。

 だがリズは、指導者に空をあおがれるほどに、そちらの方面の才はなかった。体力はあるし俊敏さもそこそこなのだが、人と組み合うと、途端に失敗する。

 そのうち、怪我をするだけだから仕掛けようとするな、とにかくかわせ、逃げることだけに集中しろ、とまで言われたほどだ。

 ぎっしりと予定の詰め込まれた日々の中で、リズは、隙を見ては敷地内の木によじ登っていた。

 院内では一人きりになれる空間は少なく、子どもしか登れないような細い枝の先が、結構な期間、リズの隠れ家だった。

 王女と初めて喋ったのも、それが縁だった。

 リズがうっかりと木の枝で転寝をしていたときに、王女が施設にやってきたのだ。

 勿論護衛をれてのことだが、将来を考えての顔見せとねぎらいだ。院で育てられていた子らは全て、庭に集められていた。ただ一人、リズを除いて。

 自分を探す声で眼を覚ましたリズは、施設長から口を酸っぱくして言い渡されていた王女の来訪をすっぽかしたことに気付き、慌てて駆けつけようとして、足を滑らせた。そうして、よりにもよって、王女の目の前に墜落したのだった。

 笑いかけて、身を案じてくれた。

 成長して瓜二つだとまで言われるようになったが、リズにはいつまでたっても、王女と自分が似ているとは思えずにいた。

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