捕まったら覚悟してねー

「何やった?」

「ええええっ、おれ、何もしてないよ!」

「そうか。じゃあ…リズ、あの依頼、取り消すなら今のうちだけどどうする」

「…はい?」


 よく呑み込めず、驚いてか涙は止まったものの、それをぬぐいもせずにぽかんと見上げるリズに、ランスロットは苛立いらだったように言葉をかさねた。


「どうする」

「っ、お願い、します!」

「わかった。リディ」

「はーいはい」


 短く無い返事。いで、またもやかつぎ上げられた。

 先ほどの荷物のような担ぎ方とは違い、半ば抱きしめられるような体勢で、思わず首にしがみつく。

 今度は口をふさがれてはいないが、悲鳴を上げる気力もない。


 リズを担いだリードルを前に、後ろをランスロットが走る。

 すべるように流れていく景色が、途方もなく、現実味がない。

 いっそ、物語のお姫様のように気を失えれば楽なのかもしれないが、それでは今以上のお荷物だ。

 茫然自失のリズに構わず、得体の知れない二人組みは、走っているとは思えない息遣いで言葉を交わしていた。


「早かったな、陰険モヤシ」

「だよねー。なんか、早くなってない? おれたちもしかして、ヤツラの野生をとぎすましてる? キョーカクンレンしちゃってる?」

「うわ、笑えねー」

「あ、もっと笑えないこと気づいた。ワナ、突破された。シンキロク?」

「げ」


 うんざり、と言うかのように顔をしかめるランスロット。

 あ、この人の眼、黒かと思ったら青が入ってるんだ、と、リズは発見した。この際どうでもいいことに気付いたのは、現実逃避かもしれない。

 しかし、リードルは常人離れしている。

 洞窟からの落下を思えばランスロットもだが、それ以上に。昨日今日と、とりわけ筋肉が発達しているようにも見えないのにリズを担ぎ上げ、走っていても全く疲れを見せない。

 ランスロットと、目が合った。途端に苦い顔になる。


「…まずい。そいつ、若い女だ」

「あ」


 不愉快なのか気まずいのかわからないで沈黙され、不安なことおびただしいのだが、リズは口を開くこともできない。

 疾走しながら普通に会話のできる方が異様なのだ。もっともリズは、担がれているだけで走ってはいないのだが、風圧がある。

 つか考え込んだランスロットは、ふっと、遠くを見るように笑った。


「あのな。今追いかけて来てる奴らは、陰険モヤシと筋肉ダルマといってだな」

「ラーンー、それ名前じゃない」

「覚えてねえよ。ってか名乗られてねえし。多分。…とにかくだ。筋肉ダルマはただの馬鹿だからまあいいんだけど、陰険モヤシが…陰険なんだ。人をいたぶるのが好きな奴なんだが、ことほか、若い女だと張り切って…」

「捕まったら覚悟してねー。おれたち今、助けに行けるほどの余力ないからさ」


 到底聞きのがせる話ではないのだが、それで終わりとばかりに二人は口を閉じる。

 思わず、しがみつく腕に力がこもる。が、走るのに邪魔かと、どうにか自分をなだめて力をゆるめる。リードルは何も言わなかった。

 突然、影がさしたかと思えば、岩が降ってきた。深々と地面にめり込んでも、二人の背丈せたけよりも高い。


「あー…ラン、どうする?」

「仕方ない、やるか。えーと、リズ。隠れてろ」


 間を置かず、投げ出される。

 リズはまた泣きそうになったが、リードルもランスロットも構う素振りも見せず、気付けば、走って来た方を見据えて近衛隊の防具を外している。

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