しつこいな陰険モヤシと筋肉ダルマ

「起きて」


 不意の耳元での声に、叫ぼうとしたが既に口はふさがれていた。


「奥、抜けられるから。出よう」


 わけもわからずに引き起こされ、立ち上がってからも引きずられるように手を引っ張られた。さすがにもう、口元の手は離れている。


「あ、あの、何が…?」

「ちょっとこっちの厄介事。ランが、入り口からワナをしかけに行ってる。奥は天井も高いから、走ってもへーき」

「え、ええ?」


 熱心だなー陰険モヤシ、と聞こえた気がするのは本当だろうか。幻聴かもしれない。


 起き抜けでもどかしいほどに回らない思考は放棄して、リズは、できる限り早く走った。それでも、すぐ後ろにいるリードルは手加減して走っていると判り、情けなくなる。

 ゆるい角を曲がると、遠くに光が見えた。あれが、もうひとつの出入り口なのだろう。


「我慢して」


 え、何を、と思ったときには、リズはリードルの肩にかつがれていた。

 わずかに年長とはいえほっそりとした体躯たいくで、幼児でもあるまいし決して軽いとは言えないリズの体を、軽々と。

 片手は、無理な体勢になるにもかかわらず、再度リズの口にあてられていた。

 口が塞がれた理由は、すぐに理解できた。


「いや――っっっ!!」


 口が自由であれば、声の限りに叫んだだろう。

 光の先は、崖だった。崖の中腹に洞窟があったのだ。

 眼下には、朝露にうるおった、眼に痛いほどの緑が広がる。

 枯れ木の山でないだけましかもしれないが、せめて、湖がよかった。

 しかしそれ以前に、冗談にならない高さだ。

 木に受け止められればかろうじて命だけは助かっても、まず墜落死。ロープでもらして下るというならまだしも、飛び降りるなど正気の沙汰ではない。

 だが、現実だ。


 恐怖のあまりに目を閉じることさえできず、リズは、重みをともなった浮遊感を感じながら、目を大きく見張って小さくなる洞窟を見つめていた。

 そこに、ひとつの人影が見えたかと思うと、躊躇ためらうことなく飛んだ。ランスロットなのだろうが、これまた狂っている。

 やがて、盛大に若い細枝を折りながら、それでも引っかき傷程度しか作ることなく、リードルは着地した。

 口から手が離され、肩から下ろされる。下ろされた先には、苔が生えていてひんやりとした。


「ええっ、なんで泣くの?! 泣くようなことした、おれ?」


 ぼろぼろと、リズの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

 慌てるリードルは、穏やかな朝の光の下で見ると改めて、幼く見えた。おろおろと右往左往している分だけ、その印象が強くなっているのかもしれない。


「何遊んでる、行くぞ。ったく、しつこいな陰険モヤシと筋肉ダルマ」


 頭を上げると、涼やかな顔に忌々いまいましげな表情を浮かべたランスロットが、あの高さを飛び降りたとは思えない様子で立っていた。こちらも、ほぼ怪我はなさそうだ。

 リズの涙に気付き、ぎょっとしたかおになる。

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