誰にも助けてなんて言えなかった

「あの、…リズって、呼んでもらえますか? ベス様…姫様には、そう呼ばれていたから…」


 そう口にしたところで、リズは、話題の姫がもういないことを思い出して、一度は止まった涙がまた出そうになる。

 それに気付いてか、ランスロットが厭そうなかおをした。

 そして急に、こぶしが素早く動く。リズの眼前をかすめ、リドルの頭に容赦なく命中した。


「考えてるふりして寝るな。リズ、手短に事情を話してくれ。できたら、この馬鹿が理解できるように簡単に」

「は、はい!」


 反射的に、背筋が伸びる。

 馬鹿と言ったのに先ほどのような反応がないのは、それほどに眠いからだろうか。ランスロットに小突かれながらも、リードルの体は揺れている。

 リズは、息を吸い込んだ。


「姫様が身罷みまかられ…亡くなられて、国王様は…死を、利用しようとお考えになったようなのです。姫様がとつぎ先で、殺されれば、攻め入る口実になります。サマンドラはヒース山脈をへだてた隣国とはいえ、いがみ合うことも多いですから。姫様の嫁入りは、和解策のひとつだったんです。亡くなったと言ったところで、嫌がって逃がしたんだろうと言われて、逆にホーランドが責められるでしょう。それならいっそ禍根かこんってしまおうと、決められたようです。姫様がサマンドラで殺されれば、人々は間違いなく、戦争を支持するでしょう。だから――私は、サマランドでの式の後に殺されます。あなたたちはそのとき、私を殺す役目をわされ、姫を守りきれずに殉死したと見せかけて、殺されます」


「質問三つ。一、お前はどうやってそれを知った? 二、何故俺たちに話そうとした? 三、これからどうしたい?」


 我ながら理路整然とした説明からは程遠い自覚のあるリズは、それでも瞬時に質問を弾き出したランに、そうかこの人って頭がいいんだと、納得した。

 人は見かけによらないというが、見かけの印象通りの人もいるようだ。


「…姫様が亡くなられたときに、私、姫様が横たえられていた寝台のそばで、眠ってしまっていたんです。人の話し声で目が覚めたら、隣の部屋で王様がそうおっしゃっていました。きっと、私がいるなんてご存じなかったんです」

「偶然、ねえ。二点目は?」

「戦争を起こしたくないんです。私、生まれたのはリーランドなんです」


 リーランドは、十年余前に滅ぼされた国だ。ある日突然、大量に召還された魔物によって国は大破した。

 王族が一人残らず殺し尽くされたのはもちろん、国民全てに甚大な被害が出た。国内にいて生き残ったリーランド国民は少ない。

 リズも、リーランドの孤児だ。

 子どもを亡くしたという小母おばさんに連れられ隣国のこのホーランドまで生きびられたのだが、小母さん自身は途中で負った傷が元で、長くはもたなかった。

 孤児院に拾われ、リズ自身にリーランドでの記憶はほとんどない。小母さんの最後や事情も、後になって施設の職員から聞いたことだ。

 ただ、戦渦の記憶だろう。赤黒い炎と飛翔する魔物は、今でも時折夢に見る。


「だから、阻止したくて…でも、誰にも助けてなんて言えなかった。姫様が亡くなられたのはごく一部の人しか知らないし、そのせいもあって、私もほとんど人前には出してもらえませんでした」

「俺たちにもふりかかることなら協力すると思った、わけか。ただ逃げ出すとは思わなかったのか? しかし、ほどなあ、道理で副隊長を散々虚仮こけにしたはずのリディが採用されたわけだ」

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