ありません、名前
「ごめんなさい、嘘をついていました。私はただの、ただの…両親の顔さえ知らない、どこで死んだっておかしくなかった子どもなんです。姫様は……ご病気で、身罷られました」
「ミマカラレ、って、何?」
「死んだってことだよ、馬鹿」
「馬鹿言うな阿呆、馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ」
「じゃあお前は阿呆なのな」
「ちょっ、な、なんなんですか、話聞いてくださいっ」
なみだ目で訴える。
それなのに二人は、それぞれ馬鹿だとか阿呆だとか大馬鹿だとかじゃあ大阿呆、そんな言葉はない、じゃあたわけ、どこ語だそれ、と言い合っている。
二人の年齢は、王女よりも少し上といった程度だろう。それなのにこれはなんだ、相手にしている年齢を十歳ほど間違えただろうかと、呆然とする。
この人たちは、近衛兵になるくらいだから、王家への忠誠も試されたはずなのに全く怒りもしないというのはどういうことだ。
「も、もうわけわかんない…」
突然、その頭を
驚いて見上げると、つり目が見える。優しい言葉をかけてくれていた方ではなく、容赦のない突き放した視線しか向けなかった青年だ。
「頑張ったな」
「…っ、そんっ、いきな…っ、反則っ…!」
涙が止まらない。悲しいのか気が抜けたのか嬉しいのか安堵したのか、何がなにやらわからないままに、驚くほどに大粒のしずくがこぼれ、一生懸命に、それを止めようとした。
それなのに、頭を撫でられているし逆方向からは背をさすられているしで、ますますひどくなる。
離して、やめて、ともがいても、一向に叶えてはくれない。
青年が再び口を開いたのは、よくわからないなりに感情が落ち着いたのか、どうにか涙が収まってからのことだった。
「ちゃんと名乗ってなかったな。俺は、ランスロット」
「おれ、リードル」
「お前は?」
ごくごく自然に
「名前。エリザベス・ホーランドは別人のなんだろう? お前は、どう呼べばいい」
「え…」
「言えないなら、いいけどな。影の名前は明かさないのが一般的だし」
影というのは、影武者のことだ。女だから武者ではないが、身代わり用の代理人という点では同じだ。
平兵士であれば知らないことのはずだが、新米とはいえ近衛兵だから知っているのだろうかと、とりあえず納得しておくことにした。
「ありません、名前」
「ええっ?!」
盛大に驚いたのはリードルで、ランスロットの方は、これといった反応はない。ただ代わりに、口を開いた。
「どうする。エリザベスでいいならそう呼ぶし、他がいいなら、これを機にそう名乗ればいい」
「えっ、そんなころころ変えられるもんなの? 何そのやっすい扱い」
「俺たちにとっては、そんなに重要なものじゃねえよ。他人と区別がつきゃ十分。…まあ、それは極論だけど」
「えー、変なの」
急な誘いに驚き悩みながら、意識の端で、二人の会話を妙だともとらえる。本当に、何者なのだろうこの二人は。
頼っていいのかと、不安もよぎるが今更だ。
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