人選間違えた。でも選択の余地なんて無かったし。

「出し抜けに逃げろってのしか覚えてないんだけど?」

「なっ、何よっ、ちゃんと受け答えしてたじゃないっ」

「それはさー、仕方ないって。ランって、ものっすごく寝起き悪いもん。この間なんてさー、起こせって言われて起こしたら、こぶし一発で『世界が滅びても寝るって決めてるんだ』とか言って、日が高くなってから起きて、『起こしてくれって言っただろ』だもんなあ。殴り返してやった」

「え、ええーっ…?」

「寝起き悪いっていうか、寝ぼけてるのかどうかがよくわかんないんだよねー。ちゃんとしゃべるし。寝ながらゴハン食べてたこともあるんだよ」


 だからそれはまだましだよ、と、軽く締めくくる。

 唖然として痛みも忘れる。青年は自覚はないらしく、ただ苦いかおをしていた。


「俺、起きたら即頭動かせるぞ?」

「うん、起きたらね」


 あっさりと頷く。

 そんな二人を凝視して、深く、溜息をついた。頭を抱えたくなる。


「人選間違えた。でも選択の余地なんて無かったし。だけど何かこれ、人としてどうかしらって問題の気もするわ」

「勝手に失礼なこと呟くな、どこに問題があったとしても、そもそもの原因ととどめを刺したのはお前だ。さあ、何事か懇切丁寧にお教え願えるか?」

「う、あ…ご、ごめんなさい…」


 しょんぼりと、頭を下げる。

 青年の視線は相変わらず厳しいが、もう一人がそこに割り入ってくれた。


「もういいだろ、いじめすぎ。おれ、眠いし。さっさとなんとかして、寝ようよ」


 あっけらかんと言い放つ。青年は暗がりで、肩をすくめた。


 ようやく場が仕切り直され、三人はそれぞれにくつろぎやすい体勢を取り直した。

 示し合わせたわけでもないのだがだろうに揃った動きに、小さく笑ってしまい、青年に睨みつけられる。それを、もう一人の青年がたしなめた。

 その間に、フードを被ったまま小さな体を更に小さくするように、足を抱えて引き寄せた。

 深呼吸を、ひとつ。


「私…本当は、王女じゃないんです」


 そう言って、かすかに震える手で白いフードを持ち上げた。

 真っ直ぐに二人を見つめる瞳は、銀の混じる海の色。乱れた髪は、にきらめく麦の色をしている。卵型の輪郭の中には、とりあえずは美しいと言える眉目びもくが収まっている。桜色の唇は、少し上向いていて可愛かわいらしい。

 もちろんそれらを、この暗がりの中で見分けられるわけではない。

 二人の、金をかしたような色合いの髪色も、人ごみの中でさえ目立つ燃え立つような赤毛も、ろくに見分けられはしないのだ。

 二人が見たとすれば、恒例の、朝夕のバルコニーでの王族の謁見や、出陣式でのことだろう。あるいは、人々の噂も補強しているかもしれない。

 もしくは今朝の、出立の儀でか。近衛兵とはいえ新兵の二人では、その程度しか目にしたことはないだろう。

 とにかくそこにあるのは、ホーランドの末姫、エリザベスの姿だ。

 しかし、浮かべた笑みが泣き出しそうなものになっているだろうことはわかっていた。

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