怖かった。でも甘かった。

昔の話。


結婚して2~3年目の事だ。


わたしが、過労と神経症で退職してから、しばらく経った頃。


失業保険と、嫁のパートの仕事で、なんとか暮らしていた。



わたしは体が動かず、将来についてまともに考えられない状態だった。


家の掃除や、出来る家事だけはなんとかしていたが。


ただ過ぎていく毎日を見送るような日々であった。




わたしは当時、自分の感じている事、考えている事を上手く表現出来なかった。



ある夜の事。


嫁は限界になった。


先の見えないこの生活。しっかり言葉を伝えられず、コミュニケーションができないわたしに。


嫁は夜中にアパートを出て行った。


普通なら、追いかけるだろう。夜中に出て行ったのだから。


しかし、わたしには追いかける気力や体力もなかった。


情けない事だが。当時のわたしはそうだった。


憔悴しきっていた。



ただ怖かった。


唯一の味方であり、支えだった嫁が、出て行ったのだから。


自己肯定感がなにもなかった私にとって、こんな自分でも結婚出来た事だけが、心を支えていた。


それを失ってしまえば……もう何もない。


怖かった。







1時間後。


ガラガラガラ


ドアが開いた。


帰ってきた。



嫁はアイスクリームを一つだけ買って帰ってきた。



「半分こして食べよう!」


半分こしたアイス。


甘かった。





わたしは

夫だから、しなければならない事。

妻だから、しなければならない事。

そんな考え方に縛られていた。


仕事を失っていたわたしは、刀を失った武士のようだった。

体が思うように動かないわたしは、脚を失った馬のようだった。


役立たずだった。

それどころか……

いるだけで迷惑だった。

そんな気さえする。


その後、嫁との話し合いを重ね。

嫁のサポートを受け。

何年もかかって、そしてたどり着いた考え方。


それは……

夫婦とは、それぞれ出来る事をするだけでいい。

足りないところは補い合えばいい。



今でも、時々嫁が言う。


「ねえ、アイス半分こしない!」


嫁と半分こするアイスは、甘くておいしい。


今までの嫁の忍耐に、感謝だ。

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