第33話 ばしゃばしゃと泳ぐ生き物

 嫁と観光牧場に行ったときの話しである。

 そこにはドーナッツ状の池があった。

 中央にスペースがあり、小さな橋で渡れるようになっている。

 アヒルがのんびりと毛繕いをしていた。 

 

 わたしたちはベンチで休んでいた。

 すると、ばしゃばしゃばしゃと何かが泳ぐ音が聞こえた。

 わたしたちは橋の上から何が泳いでいるのか確認した。

 

「ねえ、池にあんな生き物いる?」

「どうだろうね、見たことないよね。」

 

 その生き物は、ばしゃばしゃばしゃと泳ぎ、見えなくなった。そして池を一周し、再びわたしたちが確認できるところにきた。

 

 嫁が生き物を見つめながら言った。 

「あれさー溺れてるんじゃない?」

 

 嫁が橋の上でしゃがみ、手を出すと、その生き物は嫁の手にしがみついた。

 やっと、やっと、やっと助かったーという顔をしている。

 もう動く力もないようだ。

 

 そこに飼育員さんが通りかかった。

 嫁の手にしがみついている動物を見せると、飼育員さんは言った。

 「あーこいつ、また逃げ出したのか、よっくつかまえましたね、これプレーリードックですよ。」

 

 話によると、それはそれはすばしっこい生き物で、今まで様々な策を講じたのだが、檻を自分で開けて逃げてしまう問題児だそうだ。

 しかし、今は嫁の手の中で憔悴しきっていた。

 

 飼育員さんが言った。「よかったら飼います?」

 勿論冗談で言っているのだが、飼育員さんのその言葉で、どれだけ問題児なのかが分かった。私たちは笑ってしまった。

 

 飼育員さんは、嫁のジャケットが汚れてしまったのを気にしながら「すみませんでした。ありがとうございました。」と言ってプレーリードックを抱えて立ち去った。

 

 わたしは、嫁の命に対する優しさが好きだ。

 買ったばかりの白いジャケットが汚れてしまうのも気にせずに、嫁が橋の上でしゃがみ、不思議な生き物に手をさしのべた光景を今でも覚えている。

 

 あの溺れかけたプレーリードック……どうしているかな。

 


 

 

 

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