第183話 新顔

 結局、――今後の課題の一つであった金策に関しては、フック船長があっさりと解決策を示してくれた。


「バルニバービに渡るなら、お茶がいいでしょう」


 なんでも、この辺りの名産品の一つである茶葉を仕入れて、バルニバービにあるマルドナーダという港で卸すことで、買値の七倍になるという。


「そんな、――本当にそんなボロい商売が?」


 京太郎は懐疑的だった。確かに中世ヨーロッパでは、一部の香辛料が金と同じ値段で取引されていたというが。


「ボロい……? とはいえ、ワレワレは命がけで海を渡るわけですから。リスクに見合った価格ですよ」

「ふうむ……」


 ウムムと悩む。

 京太郎にとってお金というものは、毎日コツコツ頑張った労働の見返りに手に入るものだ。このような大規模な投資めいた行為はどうしても賭け事めいたイメージがして、気が進まないのである。

 だが結局は、


「それに、積み荷があった方が船員も給料の心配をせずにすみますし」


 という船長の意見を尊重し、その話に乗っかることにする。


 シムの仕事は早く、その夜のうちに契約を結んで帰ってきてくれた。

 船底に山のように積み込まれた茶箱(茶葉をがぎっしり詰まった密封性の高い容器)を眺めつつ、


――っていうか厨房からリプトンのティーバッグをたくさん持ってきて売り払えば、一瞬にして大金持ちになれるのでは?


 と、今さらながら思う。

 まあ、そのような茶葉の市場を破壊してしまうような真似をするつもりはないが。


 とはいえ、茶葉園と大きな取引をした、という行為そのものは無駄ではなかった。

 船の目的が「得体の知れない金持ちの道楽」から、「地に足の着いた商売」へと変わったように見えたのである。


 あとはまさしく、上げ潮に乗るようなものだった。


 一度待遇が保障されると、あっという間に”アドベンチャー号”の内部は賑やかになっていく。

 土日の休日を挟んで、月曜日に出勤したころには、おおよそ船員は揃い始めていた。



 フック船長曰く、船は大きく分けて三つの頭脳で動くのだという。

 一つ、船長。

 二つ、航海士。

 三つ、機関長。

 航海士が大まかな航路を決定し、船長が舵を取り、機関長が上層部が描いた絵図を現実にする。

 ”船員”と呼ばれる連中は全て、この三つの頭脳の手足となる人々のことを指すらしい。

 この中で特に多くの人員を割く必要があるのは、機関長以下、魔導船の心臓部で作業を行う機関士の資格を持った船員たちである。

 ちらと機関室を見学しただけの京太郎には、何が何やら、といった印象だが、どうも機関士というのは船の出力を調整する役割らしい。

 そしてその出力の調整は、船底に存在する操作盤を作動させることによって行うようだ。

 つまり彼らは航海中、常に”マジック・アイテム”を行使する必要がある。当然、とてつもない集中力・気力が必要なわけで、京太郎は彼らの負担が重くなりすぎないよう、できるだけここの人員を厚く配置することに決めた。


「しかしそれでは、――船員の給料やら食費やらで、あなたの取り分が減ってしまいますが」

「構わないさ。彼らには常に万全の状態でいてほしいんだ。海賊やら海の魔物やら、そういう連中の相手をする必要もあるだろうし」


 これは半分、方便である。ステラたちがいる限り、戦力が不足するなどということはほとんど考えられない。

 それより何より恐るべきは、閉鎖空間における暴動だと思われた。

 魔物やら海賊やらは倒してしまえば片がつくが、命令に不服従となった船員を説得するのには大きなリスクが伴う。

 この世に存在する諍いの大半は、寝不足や過労に原因があると信じていたが故の采配だ。

 どうせ水や食糧は無尽蔵にある。金策の問題も解決した今、ケチケチすることはない。


 雇い入れた船員の大半はいかにも陽気な奴らで、フック船長曰く、「酒と肉と冒険があればどこでも駆けつける」ような船乗りを集めたらしい。

 確かに、――みんな、裏表がなくて良い奴そうだ。京太郎のいる世界に生まれていれば間違いなく陽キャ側の人間だろう。


 新顔の中で、二人ほど特筆すべき人材がいるとするならば、ヘンリー・ヴィクトリアとお吉であろうか。

 前者はかつてルーネ・アーキテクトと一緒に働いていた魔導施設の呪術師。

 後者は先日の襲撃事件の一番忙しい時に、突如として現れてほっぺにチューしてきた泣き虫の娼婦である。


 ヘンリーの目的はわかりやすく、――ルーネ・アーキテクトであった。

 どうもこの男、ルーネに惚れているらしく、街の襲撃後も彼女の立場が悪くならないように業務日報を偽造したりと裏であれこれ動いていたようだ。

 結局、再編成された国家ナンタラカンタラ機構の上司を騙しきれず、しかもルーネが元の仕事に戻るつもりがない、と遅れて知った結果、慌ててこちらまで逃げてきたのだという。


――恋は賢者を狂わせるな。


 彼の真っ当な経歴を読む限りでは、狂気の沙汰としか言えない行動である。

 京太郎たちは幾度かの面談の末、彼を雇い入れることにした。単純に機関士としての資格を持っていただけでなく、彼の呪術はルーネ・アーキテクトのものと合わせて、今後きっと役に立つと思われたためだ。


 お吉の方は、何故だかサイモンがわざわざグラブダブドリップから連れてきた女だ。

 どうもアンドレイさんに挨拶したついでにくっついてきたらしい。

 サイモン曰く、


「ちょっと変わった娘だが、ルーネと旦那がねんごろになるくらいなら、こっちの方がよほどいい」


 と、妙な親切心(?)を働かせた結果、連れてきたらしい。

 京太郎としては正直、ありがた迷惑以外の何ものでもなかったが、――連絡すると約束したのをすっかり忘れていた負い目もあって、結局は彼女を雇い入れることになる。


 と。

 そんなこんなで。

 現時点における”アドベンチャー号”の乗組員は、81名と決まった。

 とはいえこれは、ソフィアたちを含めずに数えた場合の人数である。


 ソフィア、ジョニー、ロア、ラットマン、ディードリッド、アクシズ。


 約束した不死の”探索者”たちは、未だ顔を出さずにいた。



 そして、出港の日。

 いつもよりはやく出社した京太郎は、かつて誘った彼らが現れるのを船尾に座って待ちながら、紅茶を啜っている。


 まだ、空は暗い。太陽はまだ、水平線のはるか下で眠っている。

 約束の時間は、日の出と共に。


――さて。


 誰が来るかな。

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