第182話 魔導船の改造
その後の一週間は特に大きな障害に出くわすようなこともなく、順調にことが進んだ。
フック船長、シム、サイモンの四人で行った船員選びと平行し、――京太郎がまず手をつけなければならなかったは”アドベンチャー号”の改造である。
理由は二つあった。
一つ、――グラブダブドリップにいた頃に比べればかなり治安の悪い港町の安宿にいては、”魔族”であるシムとステラの気が休まらない、ということ。
そしてもう一つは、単純に衛生面の問題だった。
京太郎はそこで初めて知ったのだが、シムもステラもここのところ、身体をよく洗浄する習慣を身につけるようにしているらしい。そのため、どうしても日に一度は水浴びできる環境にいたい、と、二人から直訴があったのである。
――言われてみれば、二人とくっついても変な臭いがしたことはなかったな。
どうもこれは、京太郎の感覚に二人が合わせてくれているところもあるようだ。
京太郎の世界では、毎日シャワーを浴びるのが普通である、という世間話をしたことがあったため、気を遣ってくれているのだろう。
「まあ、――清潔で悪いことはない、か」
……と、いうわけで。
”アドベンチャー号”内部は、『ルールブック』の力で生まれ変わることとなる。
京太郎が新しく作り直した”アドベンチャー号”の性質は、以下のものだ。
【名称:アドベンチャー号
番号:SK-19
説明:管理者たちの新たな拠点となる魔導船。ギルド管理番号、211B1854。
アドベンチャー号の外見はそのままに、いくつかの改良を加えることとする。
以下は、管理者が住みよいように改良を加えた魔導船内部の構造である。
・船室
三段ベッドはそのままに、広さをいまより1,5倍ほど大きめに。枕はもうちょっと大きい方がいいと思う。
また、船員ごとのプライベートロッカー、書き物をするための机と椅子を用意。
それと、
部屋数は今の倍は欲しい。念のため百人くらいなら船に泊められるようにしたい。
・船長室
ここは現状のままで十分設備が整っているので、このままで。
空調とシャワー室、トイレ室のみの追加とする。
・図書室
一応ここには、毎日更新される情報誌のようなものが並ぶようにしたい。
また、この世界における代表的な文学作品、歴史書などを一通り用意してほしい。
・娯楽室
この世界の平均的な娯楽であればある程度遊べるように、各種玩具類を揃えておく。
非番の船員たちの憩いの場所になれるよう、快適なソファなどもを用意しておいてほしい。
・厨房、食堂
広さをいまの三倍に。SK-3”回復の泉”を小型化したものを一基、SK―16”お菓子ガチャ”を三台設置する。なお、このガチャは一日一回しか引けないこととする。
あと私の世界にあるものと同様の品質の砂糖と牛乳、リプトンのティーバッグとインスタント珈琲を常備すること。
・医療室
どうやらこの世界には”医者”と呼ばれる職業が存在しないようなので、回復系の魔法薬を効能ごとにわかりやすく整列しておく。
・倉庫
一応、生活必需品やその他の”マジック・アイテム”の替えをここにまとめて置いておくようにするが、実質”アドベンチャー号”内における資源、消耗品の類は半永久的に枯渇しないこととする。
・魔導機関室
素人目には何があるのかよくわからん部屋だが、一応、内部の設備はこの世界でも最高峰のものということにする。
あんまり弄くると逆にプロの手では扱いにくい、みたいなことになりそうなので以上。
・管理者、シム、ステラの個室
私たちが望まないかぎり、部屋の扉は何があっても開かないこととする。
個室のみの設備としては、”魔族”の言葉に翻訳されたSK-9”真相新聞”が並ぶ棚、SK-13”どこにでも行けるドアノブ”が接続された扉を設置しておく。それ以外は一般の船員と同じで構わない。
また、船の航海中に定時が訪れた場合、常に私の個室に異世界の扉が出現することとする。
・”ジテンシャ”用の小屋
上甲板に、SK-1”ジテンシャ”が暮らすに困らない設備が整った小屋を設置する。
ぶっちゃけ彼が何を必要とするか検討もつかないので、なんとなくうまいことやってください。
補遺:”アドベンチャー号”は致命的な損傷を受けないこととする。
補遺2:”アドベンチャー号”は管理者が乗船を望まない者をすぐさま追い出すことができる。】
「……まあ、こんなものか」
実を言うと、これでもまだ、わりと妥協した方である。
本当は各船員ごとに個室を与えたいと思っていたのだが、フック船長の、
「船員用の個室? ――アナタおもしろいことおっしゃる。今どきそんな魔導船はまあ、ないでしょうが……」
と前置きした上での、
「仮にあったとして、そんな船はすぐに沈没するでしょうな。……優雅な船旅を愉しむわけではないのですから、船員同士はある程度お互いを見張らせる必要があるのです」
という意見を反映した結果、このような形とした。
「どうかな、シム。……これくらい贅沢でも、変に思われないだろうか」
「問題はないでしょう。建物の外見と内部の辻褄が合わないのは……まあ、時空を弄くる魔法使いにはありがちなことですし」
「そりゃよかった」
「あ、でも。その……えあこん? というのがあんまりにも快適すぎるのと、トイレにくっついてる
「トイレットペーパーな」
「その、オトイレペーパーというのは、ちょっとどうかと思います」
なお、とある船員がこの”トイレットペーパー”なるものを売りさばいてボロもうけすることになるのだが、――これはかなり後の話である。
「何かあったら、『そういう魔法です』で押し通せばいいじゃないか。便利だし。なんでもありだし。魔法」
「限度がありますよぉ」
「とはいえ、これでもいろいろ妥協した上で決めたんだぜ」
本当はゲームセンターとカラオケルームを完備したかった。あとプールも。
あまりにもこの世界の感覚とズレている、とのことで没案になったが……。
何にせよ、”アドベンチャー号”を新たな拠点とする案は仲間たち全員に受け入れられ、その後の船員たちの面談は主に、港に停泊した船上で行うこととなった。
なお、これは後で知ったことだが、この行為はわりとこの街の船乗りたちには奇異な目で映ったらしい。
通常、どのような屈強な船乗りであっても、停泊中は陸地が恋しくなるのが普通のためだ。
そのため多くの”探索者”たちは噂した。
”アドベンチャー号”に乗船しているのは、船に魅入られた頭のおかしい連中だ、と。
――よほど腕に自信がないならば、あの船には近づかない方が良い。
――一度航海に出てしまえば、きっと地獄の日々が待ってるぞ。
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