第181話 真の探検家
次に京太郎が決めなくてはならなかったのは、魔導船に乗り込む船員の選定であった。
これにはそこそこ時間をかける見込みだ。
必要なら出航の前日まで使ってもいいとさえ思っている。
なにせ長時間、閉鎖空間で暮らす相手を選ぶのだ。当然つまらない諍いなんかも起こるだろうから、厄介な人格の人間を連れ込むわけにはいかない。
なお、最初に決めるのは船長でなくてはならなかった。
基本的に船の指揮を行うのは彼なのだから、その意見を取り入れて乗員を決めていくのが筋である。
京太郎はまず、昨日のうちにシムが手配していた安宿を拠点として、『真相新聞』を開く。
新聞の表紙には大きく、
『グラブダブドリップにて発生した火事場泥棒コミュニティ、自主的に”保護隊”へ。
盗品は全て無事、とのこと。』
と、既出にもほどがある情報が大見出しで載っていた。
あとは『ネズミが多いレストラン5選』とか、誰得な情報ばかりが特集されている。
それでも諦めず、見出しを一つ一つ丁寧に探していくと、
『兵器開発者にして海洋探査の専門家フック・ブルック氏、台風に遭遇し座礁。
乗組員・積み荷は概ね無事。だが、探査船フェニモアは船体破損のため破棄。』
という見出しと、フック・ブルック氏の経歴について書かれた記事を発見する。
「ふむ。……フックさんか」
その情報に惹かれたのは、フック・ブルックの輝かしい経歴が合わせて載っていたためだ。
なんでもそのブルック氏とやら、かつてニホンの南東部にあるザモスキと呼ばれる港町に在留し、そこから他国まで、エドの使節団を送り届けることで勇名を馳せた男らしい。
――この世界の日本に詳しい男、か。
もう、それだけで少し親近感が湧いてくる。
「この男に会ってみるか」
京太郎は、同じく情報収集のため”探索者”名簿をめくっているシムとサイモンに声を掛けた。
「どなたです?」
「フック・ブルックという男だ。この”真相新聞”を読む限りでは経歴に申し分がないし……なによりかなり高潔な人物らしい。なんでも、ニホン人の使節団が謝礼金を差し出そうとした時も、頑として受け取らなかったんだとか」
さらに言うとこの男、――これは”真相新聞”にしか載っていない情報だが――わりとニホンびいきな性格らしい。案外話が合うかも知れない。
もちろん、この世界のニホンと京太郎の日本はまったく別の国であろう、が。
「とりあえず、この人に会おう。どこで会えるかな」
「有名な船乗りの”探索者”ならば、街のギルドでしょう」
「わかった。案内してもらって良いかい」
「了解です」
▼
その後の面談は、とんとん拍子で進んだ。
顔面の下半分がふっさりとした黒髯で覆われた四十過ぎのその男は、近づくだけで潮の匂いが漂ってきそうな、いかにも”海の男”然とした外見だった。
とはいえその物腰は柔らかく、あとあとステラとシムが語ったフック・ブルックの印象を一言で言い表すならば、――”なんか普通に良い人”。
ちなみに京太郎の印象は、
――敵側の四天王で登場したら、絶対に最強格だな。
というもの。
ブルック氏はちょうど、自分の技術を活かせる仕事を探していたところのようで、京太郎が話を持ちかけると二つ返事で了承してくれた。
条件はたった一つだけで、海洋調査のために時折、海底の土の採取装置を降ろしたい、とのこと。これには特に大きな問題はなく、京太郎たちはお互いに満足いく形で契約を結ぶことができた。
「それにしてもお互い、対極的な”話題の人”が手を組む形になったものですねェ」
「? 話題の人?」
「ワタシは船を沈めた失敗者として、――アナタは、街の英雄として」
「英雄、ですって? みんなそう言ってるんですか?」
「ええ。昨日からアナタ、ここいらでは有名人ですよ? ――盗賊団を全員無傷で捕らえた上、連中が奪ったものを丸ごと”ギルド”に返却したのでしょう?」
「ああ、――まあ」
「こういうとき、”探索者”が盗品の一部を懐に入れるような真似は、――わりと目をつぶられているのです。アナタはなかなか、高潔な人とお見受けしました」
「いやあ、ははは……」
あなたこそ、多額の謝礼を受け取らなかったくせに。
……と言いかけて、それは”真相新聞”にのみ書かれた情報だと思い直す。
何にせよこういう時、年下の男を自然と立てられるというのも中々、大した人物だ。京太郎は早くも、この男に好感を抱き始めていた。
「では、これから一週間ほどかけて、船員を集めていきたいのですが」
そこでフック船長から聞かされたのは、乗務員はできれば六十人ほどで考えている、とのこと。
どうも、彼の目的でもある海洋探査のために、ある程度信頼できる調査員が必要らしい。
「もちろん、そのための人件費はこちらが持ちます」
「……へえ? 船を一隻壊したばかりなのに。金持ちなんですね?」
そういえばこの世界、ファミリー・ネームを持つ人間はそれだけで由緒ある家柄なのだと聞いたことがある。
するとフックは「イエイエ」と苦笑して、
「そのためには家財を売って、借金をする必要があるでしょう」
「なんと、そこまで。……それで利益が出るくらい儲かるんですか? その、海洋調査というのは?
「儲けるためにしているのでは……」
「では、なぜです?」
「ただ単にワタシは、深海の、――というより、世界の謎を解き明かしたいだけですよ」
なるほど、と、京太郎は思った。
それこそ真の探検家というものだな、と、しきりに納得しながら。
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