第180話 魔導船
その夜、坂本京太郎は夢を見た。
その夢の中で自分は、自分にとって理想の女性と出会い、結婚し、都内にある大きな一戸建てに住み、そこで盛大なパーティを開き、うまいものを食べ、妻を友人や家族に紹介して、みんなから賞賛を受けていた。
パーティに出された料理は、とてつもなく巨大な鍋でぐらぐら煮られた蟹である。
皆が皆、狂ったように蟹にむしゃぶりつき、その味を褒め称え、そして再びむしゃぶりついては坂本京太郎を褒め称えた。
今ではただただ、その死を願い続けている存在、――父ですら、普段の不仲など気にかけずに京太郎に優しい言葉を語る。
夢の中なのに、ちょっと泣きそうになったりして。
――あるいは、仕事が何もかもうまくいっていれば、こういう人生があったかもしれない。
ただ、一点。
その世界の自分の仕事は、異世界の管理者ではなかった。
もうそれだけで、夢の中の自分を羨む気持ちはない。
坂本京太郎はいまいるこの場所で、自分の生きる意味を見いだしている。
それは多分、この世に存在する、ありとあらゆる事象よりも優先すべき何かだと思われた。
▼
次の日。
”WORLD0147”、グラブダブドリップ東の港町にて、京太郎はまずシムが手に入れたという魔導船の視察を行っている。
透き通るような青空の下、威風堂々たる姿でどっしりと海の上に構えているその姿を見上げて、まず一言。
「……思ったよりでかいな、これ」
全長100メートルを超えるというその船は、京太郎の考えていたイメージの数倍は大きい。
「もっとこう、ゴーイングメリー号くらいのサイズかと……」
「ごーいんぐ? なんです、それ。有名な船ですか?」
人間に化けたシムが訊ねる。
「ああいや、20メートルくらいの船を考えてたんだ。なんとなく」
「それくらいの小型船も考えたのですが、――それだと一般の”探索者”という感じがしてしまいます。やっぱりここは、でーんとおっきい船で他国に乗り出した方が、向こう側の対応も変わってくるんじゃないかと」
「ふーん」
まあ、見栄えというのは大事だ。
兄が世界一周旅行のため乗っていた客船は、……さすがにもっと大きかった気がするが、これもなかなか、ちょっとしたものである。
少なくとも京太郎は、木造の船でここまで大きいのは見たことがなかった。
「魔導船っていうからなんか、もうちょっと近代的なイメージだったけど」
なんとなくこう、6以降のサイバーファンタジー路線のFFに登場しそうな感じの。
「近代的……じゃ、ありません、か? 京太郎さまの世界では」
「ああいや、近代って言葉はおかしいか。この世界にはこの世界なりの必然性があってこういう形なんだろうし」
「魔導船は一般的に、木造ですよ。木は魔力をよく通しますので、魔法を推進力とする場合、この形が理想なのです」
「なるほど。……ちなみにこれ、どうやって前に進む?」
「船底に水流を発生させる術式が組み込まれていて、それを推進力とします」
「ふーん」
京太郎はぐらぐら揺れるタラップをゆっくりと昇って、乗船。
人の姿がない船上はいま、かなりがらんとしている。
上甲板は軽くドッヂボールの試合をやれるくらいの広さがあった。
「良かった。これなら”ジテンシャ”も悠々乗れそうだ」
「ですね」
そして二人、船室を見て回る。通路は人が横向きになればぎりぎり通り過ぎれる、といった具合の狭さで、船員たちが休むための部屋も必要最小限度の居住スペースがあるだけ。
実際にここに野郎どもがすし詰めになったところを想像しただけでなんか臭そうだった。
「船底はわりとスペースが在るみたいなのに、なんでこんなに狭いの」
「それは、……まあ、食糧や水、その他の荷物やらを積み込むためでしょう」
「じゃ、我々にはあまり関係がないな」
こちらには”冒険用の鞄”がある。
「とはいえ何も積まないわけにはいかないので、その辺はぼくが適当に手配しておきますね」
「ああ」
「それでその」
「?」
「そろそろ……あの、手持ちの金子が……滞っているのですが」
「ああ、そうか、――」
京太郎は少し考えて、
「なんか適当に”金のなる木”みたいなものでも作るかな」
「しかし、通貨偽造は重罪ですよ?」
「いや。うまいこと『ルールブック』を使えば……」
と、言いかけて、口をつぐむ。
「……まあでも、なるべくそういうことは止めとくか。この国の経済に影響を与える行為であるし」
「それが賢明でしょうね」
これはシムなりに、かなり先を読んだ上での諫言だった。
もし坂本京太郎が全世界に号令を掛ける立場になったらという、果てしない未来を考えてのことである。
まあ、仮にそうなったとしても、不正が公になるリスクはかなり低いが……。
「では、……これを売ってくれ」
「これは……?」
「昨日、”魔女”から受け取ったもの。”ダイヤモンド”だ」
そこでシムは一瞬、擬態が解けかけるほどに驚いた。
「え――っ! そんな貴重なものを?」
「これで足りるかな」
「足りる……どころか、このタイミングで売ってしまっていいものかってくらいに大変なものですよ、これ」
「そうなの?」
「ええ……。ステラさんがたまたまいなくて良かったです。たぶん、これを売るって聞いたら絶対反対してましたから」
京太郎は腕を組む。
”エリクサー使えない病”が頭をもたげていた。
「なんか、……別の案を考えた方がいいかもな」
「正直、ぼくの裁量では決めかねるというか……お任せします。」
「だが、金は?」
「ここを出るまではもちます。……問題は、向こう側に着いた分で」
「わかった。では、ダイヤを売るのは最後の手段にとっておいて、金策は別案を考えよう」
「了解です」
そこまでで京太郎たちは、おおよそこの”魔導船”を一周し終えていて、各部屋の問題点も箇条書きにしていた。
「よし。この船にいる間は、なるべく快適に仕事ができるようにしてみせるぞ」
「初顔合わせの人が集まりますからね……」
それにはシムも異存はないらしい。
「ところで、シム」
「?」
「この船の名前って、あるの」
「もちろんありますよ。タラップを渡るとき、見てませんでしたか?」
「見逃してた」
「”アドベンチャー号”です」
「ほう」
なんだか、いかにも新たな冒険が始まりそうな。
「素敵な名前じゃないか」
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