第177話 決闘
証人二人による、決闘開始の合図を待っている状況。
ガラクタの山に囲われた二人の男が、真剣な表情で向き合っている。
京太郎は、普通に銃の狙いをつけながら、合図を待っていた。
これがガンマン同士なら早撃ち勝負になっていたところだろうが、この世界の”決闘”にそのような規定はない。
照準を定める時間は、たっぷりとあった。これならどんな下手くそでも外さない。
――うん。やはり銃の形にしたのは正解だな。
これこそ、人間が考える中で最も戦闘に特化した形状だ。
京太郎の世界の人類が辿り着いた、究極の形。
それがこの手のひらの中に収まるL字型だと思われた。
開始の合図は、事前に打ち合わせした立会人が、同時に声を上げた時。
勝利を確信している京太郎ですら、ちょっとだけ緊張する一瞬だ。
そして、――
『「はじめ!」』
証人二人の声が合わさり、”決闘”が始まった。
アダムは杖を地面に突き立て、素早く詠唱を開始。
同時に、杖の先端部分から、こんこんと水があふれ出始める。
「――水よ。我の……」
むろん、最後まで言わせるつもりはない。
”マジック・アイテム”の欠点はこのように、あらかじめ決められた呪文を唱えなければならない点にある。
ただ、詠唱は長ければ長いほど精度が上がったりするらしく、”決闘”には呪文の長さと早さをどのように設定するか、という駆け引きがあるらしい。
とはいえ京太郎には、そういうことを考える必要もなかった。
彼がしたのは、相手の足下目掛けて、ただ引き金を引くだけ。
タァーン! と、火薬が破裂する音が当たりに響き渡り、一瞬、アダムの動きが固まる。
「なんと……?」
詠唱を中断。足下の弾痕を見て、
「まさかとは思ったが、……東の戦闘民族が使うという……”銃”か。まさかそんな小型のものが存在するとは」
そして、不敵に笑う。
「だがっ! ……ははは! 残念ながら、それも私の想定通り。確かに銃は詠唱を必要としないが、威力・精度ともに、C級の”マジック・アイテム”にも劣る……っ」
無視して、京太郎は叫んだ。
「――増殖し、地に満ちろっ!」
異変が起こったのは、その瞬間である。
▼
【名称:スライム・ガン
番号:SK-18
説明:弾丸型のスライムの卵と、それを発射する専用の拳銃。
拳銃の構造は私の世界にある一般的なものと同じ形とする。
卵は着弾と同時に孵化し、生み出されたスライムは指示待ちの状態になる。
その後命ぜられた呪文の内容によりスライムの性質が決定され、管理者の敵を自動的に追尾、捕縛する。
補遺:一応これは”決闘”に使うための道具であるため、あくまで”マジック・アイテム”扱いとする。
補遺2:この”スライム”は、この世界の”魔族”とはまったく別個の生命体であり、本来の『
補遺3:産み出された”スライム”に知性はなく、その寿命は三十分ほどとする。】
なおこれは、”鉄腕の勇者”リカ・アームズマンが話していた「もう一つの解法」。
彼を捕縛するために考えた案の一つだ。
リカの使う武器が問答無用の”破壊”をもたらすのであれば、こちらは彼が破壊する以上の速度で増殖する生命を生み出せば、――そう考えたのである。
「な、ッ、なんだこれは――! う、うわあっ気持ち悪い!」
アダムは、足下から湧き出した緑色のブヨブヨを見て、根源的な恐怖に駆られたようだ。
杖の先を使って、必死にそれを弾き飛ばそうとする。
だがスライムは、もはやその程度の衝撃ではびくともしない。
そもそも最初から、彼には勝ち筋などなかった。京太郎が生み出したスライムは、彼が頭に思い浮かべる限りにおいて、およそ万能の働きをする。
水たまり程度の大きさに過ぎなかったものが、今や体長2,3メートルほどの巨体にまで肥え太り、アダムの身体を覆い尽くさんとした。
そこにきてアダムもようやく、この目の前の化物を殺さなければ勝ち目はないと踏んだらしい。
「く、――水よ、我が命に従い、その身を刃にせよ!」
同時に、例の杖から強烈な水圧による水が噴出。スライムを貫き、その身体をばらばらに消し飛ばす。
もしあれをまともに喰らっていたら……と、ちょっとだけゾッした。
とはいえ、この程度でどうにかできるものを創ったつもりもない。
ダメージを受けたと思われたのはほんの一瞬。あっという間に自己修復を済ませたスライムは、再びアダムの身体に覆い被さり、その四肢を、胴を、――喉までせり上がり、顔面の動きをも拘束する。
「ぐあ……ゴボゴボゴボ……グブグブ……」
京太郎は早足で歩み寄り、アダムの意識がブラック・アウトしていくところを、極めて冷静に眺めた。
「もう止めて!」と、このコミュニティの女子供たちの悲鳴が上がる。
この集団内において、――きっとこの男は英雄なのだろう。
どのような集団の中にも、必ずひとかどの人物がいるものだ。
問題は、その集団が向かっている方向性そのもので、……それが根本的に歪んでいる場合は、その組織を解体する他、事態を善くする手段はない。
「ええと、……先に相手を行動不能にした者の勝ち、だっけな」
そして一応、勝ち名乗り。
「私の勝ちだ! いいな!?」
しん、と。
その場にいる誰もが、異様な光景に押し黙っている。
一拍遅れて、アダム側の証人が、
「あ、……ああ! わかった」
と、頷く。
同時に京太郎は、スライムに命じた。
「――四散し、土地の栄養となれ」
ぱっと緑色のブヨブヨがその効力を失い、土の中へと消えていく。
気を失ったアダムに、盗賊一味の仲間たちが集まってきた。
彼らがこちらを見る目は、――一様に、畏怖の念に染まっている。
あんまりこういうことでいい気になるのもどうかと思う、が。
――こういうのもたまには、気分が良いな。
と、京太郎は思った。
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