第178話 自分の代わり

 仲間や家族との別れを惜しむ”盗賊”一味は、その粗暴な外見から想像できないほど素直に、こちらの要望に従う。

 ”決闘”のルールが働いているのだろう。ただ一人の逃亡者すら現れない。

 ”決闘”が決まった時点ですでに何人か逃げ出した者はいたようだが、そんな連中ですら戻ってきて積み込みを手伝う有様だった。

 盗品は全て馬車に詰め直し、キャラバンのように隊列を組み、アジトを去る準備が進められていく。

 そんな中、


「旦那ぁ!」


 見慣れた白髪が現れた。その後ろには、ゆったりとした足取りでおっぱいのお化けがポヨポヨしている。


「すんません、助けに来てくれたんすね!」

「いやぁ、そういうわけじゃない。たまたま通りがかっただけだ」

「またまたぁ! そんなこと言ってえ!」


 サイモンはまったくその言葉を信用していない様子だ。


――まあ、先に港町に着いているはずのサイモンたちがいなかったら、すぐに探していたと思うけど。


 そこで、むにゅ、と、柔らかいものが右腕に押しつけられた。


「危機一髪やったぁ。きょーちゃん、まるで勇者様みたい☆」


 強烈な雌の臭いをさせながら、ルーネが笑う。


「でもほんま、危なかったぁ。……うち、ここの男に無理矢理こまされかけて……」

「何? それは本当かい?」

「でも、へーきやったんよ? ウチ、まだ処女のまーまっ☆」

「それはどうでもいいけど」


 力尽くで女を辱めるなどと。

 女ならざる身の京太郎には、それが単純な暴力よりもよほど酷い侮辱に思える。

 あるいは、ここの連中を買い被っていたかもしれない。

 だがサイモンの感想は少し違っていて、


「はんぶん、オマエが誘ったようなモンのくせに」


 と、吐き捨てるような口調だ。


「えっ、誘った……?」


 不思議がって訊ねるが、サイモンはそれ以上話そうともしない。

 対するルーネは、京太郎を盾にするような形で白髪の男に舌を出している。


――どうもこの二人、相性は良くなさそうだな。


 人が増えるなら、今後はそういうことも気をつけるようにしなくては。

 腕を組んで思い悩んでいると、良いタイミングで”ジテンシャ”が出現した。

 道中、このアジトを探り出すのにも役立ってくれたこの友人は、つぶらな瞳で京太郎に身を寄せる。どこか別れを惜しむように。

 そこで京太郎は、自分のスマホ(昨日なくしたのを、朝のうちに回収したもの)を取り出し、時間を確認する。


「ありゃ。なんだかんだでもう、帰る時間じゃないか」

「帰るって、どこに?」

「あー……ちょっといろいろ、事情があってね」


 首を傾げるルーネを引き離し、


――まあ考えてみれば、私が直接、ここの連中を見張っている理由もないか。


 心情的には少し心配ではあるものの、この世界の”ルール”は絶対だ。


「アダム」

「?」


 息を吹き返した敗残者は、こちらを少し見上げて、


「あとは約束通り、……港町の保護隊に自首すること」

「……ああ……」


 男は少しうつむいて応える。


「まあ、これに懲りたら、もう悪事には手を染めないことだな」

「………………もし、」


 アダムは呟き、


「もし、これで懲りていなかったら?」


 京太郎は笑って言った。


「その時は、今度こそ君を殺すよ」


 それは、友人同士で言い合うくらいに気軽な「殺す」であったが。

 その盗賊にはどうも、効果てきめんだったらしい。

 アダムは思い切り顔面を引きつらせながら、


「……りょ、了解した。誇り高き”探索者”どの」



 今や豪華なキャラバン隊のようになった盗賊たちを尻目に、京太郎はシムとステラに歩み寄る。


「そろそろ定時が来る。あとは任せてもいいかい」

『モチロンです。お任せ下さい』『あいよー』


 シムとステラは頷いて、そして二人、ちょっと遠慮がちに言う。


『……一つ、よろしいですか?』

「ん?」

『ひょっとしてぼく、さっきちょっと、京太郎さまを怒らせてしまったのかな、って』


 シムの顔色はまるで、それこそ我が最も恐れることだ、と言わんばかり。


「いや、わかってるよ」


 仲が深まれば、ときに軽口じみた諫言も飛び出そう。

 むしろ京太郎は、この世界の住人とそういう関係を築けて良かったとさえ思っている。


『でも、わかって欲しいんです。きょ、京太郎さまに万が一のことがあると、我々は後ろ盾を完全に失ってしまうから……』

「そのことなんだが」


 京太郎は少し考え込んで、


「最近、この世界に来てから起こったことを、引継書にまとめているんだ」

『引継書?』

「こんな世の中だ。私も、いつまで生きていられるかはわからない。だから一応、もしものことがあった時のため、信頼できる誰かに次を託せるよう、準備をしておく必要がある」

『えっ』

「上司から、私が選ばれた理由を聞いたんだ。……それでたぶん、この仕事は私でなくても立派にやってのける人がいるとわかった。……だからもし、私がダメだった時は、そういう人に後を託したい」


 京太郎が考えている”次の管理者”の候補は、すでに何人かいる。

 みんな、自分よりよほど頭が回る、賢いやつばかりだ。


 とはいえもちろん、死ぬつもりは毛頭ない。

 だが、自分一人だけ安全圏にいる者に、仲間が着いてくるだろうかという疑問は常に在った。

 だからこそ、これからは自分の命も、異世界人と同等の立場に置いて仕事をするつもりでいる。


『そ……』


 シムが、まん丸な目をこちらに向けて、


『そんな哀しいこと、言わないで』


 ステラがそれに続く言葉を言った。

 彼女は、彼女らしからぬ表情で、こちらを見上げている。

 京太郎は気まずくなって、


「わかってる。言っておくが私には自殺願望のようなものはない。……だが、君たちだって、”私だけ”みたいに思う必要はないってことさ」


 それ以上、二人は反論を重ねなかった。

 だがどこか、京太郎が話した方針に異存があることはわかる。


 一応この策は、二人を安心させるつもりで考えたことなのだが。


――じりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり!


 同時に、周囲が何ごとかと見守る中、現実世界へと繋がる事務扉が顕現した。


「じゃ、また明日な」


 そして今日の仕事が終わる。

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