第176話 決闘者並び立ち

――決闘、か。


 京太郎の頭にまず浮かんだのは、第七代アメリカ大統領、「普通の男コモン・マン」として有名なアンドリュー・ジャクソンの逸話である。

 なんでもジャクソンは、愛する妻を侮辱された仕返しに決闘を申し込み、弾丸を一発受けながらも相手を撃ち殺したのだとか。


――彼が決闘したのは確か、四十手前、といったところだったか。


 そう考えると、自分の人生もまだまだな気がする。

 なお、京太郎に言い渡された”決闘”のルールは以下のものであった。


・立会人は双方一名ずつ。計二名。

・決闘は立会人が事前に示し合わせた合図によって開始される。

・決闘者は”マジック・アイテム”を一つだけ持ち込むことができる。

・決闘者は持ち込んだ”マジック・アイテム”を一度だけ使用することができる。

・お互いの”マジック・アイテム”を使い終わると同時に、(勝敗がつかなかったとしても)決闘は終了する。

・先に行動不能になるか、死亡した決闘者の敗北。

・相討ち、あるいは両者が”マジック・アイテム”を使用したにも拘わらず決着が着かなかった場合、勝者は決闘を申し込んだ側(手袋を差し出した方)となる。

・敗北者とその証人は、事前に示された条件を絶対に呑まなければならない。

・決闘では”不死”を始めとする人命を保護するための術は一切働かない。

・決闘では”皮膚強化”、”魔法の盾”などの防御系の術は一切働かない。


「なるほどね」


 京太郎はうん、うんと頷く。

 聞くところによると、京太郎の住む世界での拳銃による決闘の死者は意外なほど少なく、一割にも満たなかったのだとか。

 だがこの”WORLD0147”における”決闘”は違うらしい。

 この世界での”決闘”における死傷率はおよそ九割。その多くの場合は、双方の死でもって決着がついている。

 たった一発の”マジック・アイテム”による撃ち合いであっても、致死的な威力を伴うのだ。


「つまり私は、――死ぬわけか」


 割と高確率で。


『だからいったんですよう! きょーたろーさまぁ……』

「まあ、まだ決まったわけじゃないさ」


 京太郎は、盗賊一味に貸し出されたボロいテーブルにつき、青空の下、『ルールブック』を開く。

 向こうが準備に要する時間は、十五分ほどだという。

 逃げ出す用意を進めているのは女子供たちだけで、男たちの多くは腹を決め、どっしりと構えていた。


――さて。


 もちろん、”決闘”が始まる前に何か、必勝の手を思いつかなくてはならない、が。


「とはいえ、いくらでも手はあるさ」

『ホントですかぁ~?』


 シムはまだ、『ルールブック』の性能を完璧には理解できていないのかも知れない。


「任せてくれ」


 京太郎は、友人を少しでも安心させるように言う。

 そして、ちょっとペンをくるくる指先で回して、


「昨日いろいろあって、――それで、ちょっと考えてることがあるんだ」

『え?』

「これから先、ひょっとするとここの”盗賊”たちよりももっと救いようがなくて、もっと理解し合えないような輩と戦うことになるかもしれないだろ。……それこそ、『ルールブック』の力すら及ばない相手と戦わなくてはならないことがあるかも」

『……はい。それは十分に考えられることでしょう』

「そういう時のために、……何種類か解決手段を用意した方がいい気がするんだ」

『と、いいますと?』

「まあ、見ていてくれ」


 しばし目をつぶり、――京太郎は思いつくまま、新たなルールを書き入れる。



 それからすぐに、決闘の準備は整った。

 ことを知らされた盗賊たちは、統率された兵隊のように素早く荷物を片付けて、砦の前あたりに場所を作る。

 積み上げられた馬車やらがらくたの山で、即席の円形闘技場が組み上げられた。

 案内を受けた京太郎は、証人役のステラを傍らに、決闘の場へ入りこむ。

 同時に、その場にいる連中が一斉にどよめいた。向けられている視線は、少なくとも好意的なものではないだろう。

 とはいえ坂本京太郎がこの場に立っている理由は、彼らを傷つけないためだ。


「では、――よろしいかな?」


 慣れない状況におかれて、少し心臓が弾んでいる。陰キャ特有のアレを発揮していて、もうすでにさっさと家に帰って布団の中に籠もりたくなっていた。

 そういう意味では、目の前の男の方がよほど場慣れしている。


「皆の衆」


 男は両腕を広げて、仲間たちに語りかける。


「どのような結果に終わったとしても、――この誇り高き一戦を語り継ぐように!」


 おお! という仲間たちの声が天を賑わす。


 アルセーヌ・ルパンのような格好のその男は、アダム、と名乗った。

 その手には、長さ六十センチほどの樫の杖がある。ニスでも塗ったみたいな色のその杖はてらてらと輝いていて、どこか濡れているかのようだ。


「いつでもどうぞ」


 京太郎がそういうと、アダムは口元ににやりと笑みを浮かべる。


「では、君も”マジック・アイテム”を提示したまえ」

「え……ああ、そうだったな」


 そして、少しおぼつかない手つきで、ポケットをまさぐった。


「緊張しているのか?」

「いや、たんにどういう段取りかよくわかってなかっただけだ」

「ほとんど、君からこの話を持ちかけたようなものなのに、――変わったやつだな」


 そして京太郎が取りだしたのは、この世界の人間には馴染みのない形の道具だ。


「――? なんだそれは」

「これが私の使う”マジック・アイテム”だ」


 京太郎の手に握られているのは、”拳銃”、である。

 とはいえこれは、ウェパルから託された異世界の道具ではない。

 先ほど『ルールブック』に書き込むことで生み出した、それとは全く別個の道具だ。

 もちろん、破壊しかもたらさない”拳銃”とは根本から異なる性能を持つ。


 両者、身構えて。


「では、――はじめようか」

「うっす」

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