第175話 絹の手袋

「あっ、どうも、お疲れ様ですー」


 気軽に声をかけると、片眼鏡にシルクハットという、アルセーヌ・ルパンを思わせる格好の男と目が合う。

 どうやら彼が、この盗賊一味の代表者らしい。


「何者だ、君」

「私は坂本京太郎です」

「そうか。よろしく、キョータロー」


 男はさっと立ち上がって、油断なく握手を求めた。

 京太郎が彼の手を握り返すと、


「……それで。名前はわかったが。……結局何者かはわからないままだな?」


 どことなく、人を軽蔑したようなしゃべり方をする男だな、という印象だ。

 そこで素早くひげ面の男が割り込んできて、


「へい、親分。そいつはさっきどこぞから流れてきた野郎です。どーも仲間になりたいってんで……」


 さすがにそれ以上、この茶番を続ける訳にもいかず、


「いいや。私はあなたたちを捕縛しにきた」

「――は、はぁ!?」


 ひげ面の男の顔が蒼くなる。


「あんた、話が違って……!」

「すいません。騙すつもりはなかったんですが……ちょっと楽しくなっちゃって」

「この野郎!」


 憤慨するひげ面を、シルクハットの男が押しとどめた。


「待て」

「しかし……!」

「そこいらの”探索者”なら無言で襲いかかってきたところを、彼は単身、それも紳士的に話し合いに来てくれているのだ。暴力に頼るのは忍びない」


 男がそう言うだけで、ひげ面はピタリと押し黙る。


「それで、――君の目的は?」

「このコミュニティの解体と、強盗犯の捕縛です」

「女子供は?」

「直接、悪事に加担していないのであれば……」

「うちではそういうことはさせていないな」

「では、容赦しましょう」

「……ふうむ」


 ルパンっぽい男はしばし腕を組み、


「その自信。――見たところ君は、さぞかし強力な”マジック・アイテム”持ち、……ということだろう」

「まあ、そんなとこです」

「なるほど」


 ふう、と、長い嘆息。


「ここで私が打てる手は三つだ。

 ひとつ、君の発言が全てハッタリだという可能性に賭けて、君を始末する」

「それは、辞めた方が賢明ですねー。仮に私が無力だったとしても、”ギルド”はさらなる刺客をよこすでしょうし」

「――では、今すぐ何もかも置き去りにして逃げ出してしまう」

「それもどうなのかな。せっかく手に入れたものを、臆病風に吹かれて放り出してしまう親分に、果たして仲間たちはついてくるでしょうか」


 男の世界では、命よりも名誉を重んずることがある。そこを刺激してみた。

 果たして盗賊の頭領は挑発に乗り、眉をぴくりを跳ねさせる。


「では、……やむを得ないな」


 そして彼は、重要書類を差し出すように、懐から絹の手袋を一枚、京太郎の前に差し出す。


「決闘だ」

「そう。ここのコミュニティを解散し自主的にお縄につけば罪も、…………えっ、決闘?」

「うむ」


 京太郎は目を丸くして、その手袋を手に取った。裏側に何かが書かれているのかと思ったのだ。


「了承した、ということだね」

「えっ、いや……」

「実を言うと、君のその正装を見て、すぐにぴんと来ていたんだ。君は古式に則った決闘を望んでいる、と」

「あのその、」

「名誉を重んずる態度に免じて、条件は君に有利でいい。私が勝てばこの場を見逃す。君が勝てば、――我々も素直に捕まろう。ただ、女子供だけは逃がしてやってくれる。そうだね?」

「ああ……まあ……」

「では、決まりだな」


 京太郎はしばし、考え込む。

 そして結局、――それを受けることに決めた。

 それがどういう意味を持つかは、よくわかっていなかったが。



【名称:決闘

 番号:ST-290

 説明:”人族”が行う聖なる儀式の一つ。

 細かいルールは各国の”王族”に手渡される『決闘法』によって決定される。

 基本的に”決闘”中は『決闘法』の制約下に置かれることに注意。

 なお、”決闘”の勝者が得られる報酬は『ルールブック』における、極めて優先順位の高い現実改変を伴う。これは管理者であっても覆すことはできない。

 補遺:以上を読めばわかるとおり、”決闘”を行うと、”不死”である”勇者”や無敵の力を持つ管理者であっても『決闘法』のルールに従わなければならないことに注意。

 補遺2:まあ、そんな間抜けな管理者なんて、いないと思うけどNE☆】


『ばっ……』


 その時ほど、この小さな友人の怒りを買った時はない。


『ばかあああああああああああああああああああああああああああああああ!

 きらいだきらいだ! すぐそーいうことしちゃうキョータローさまなんて、だいっきらいだあああああああああああああああああああああああああ!』


 両腕をジタバタさせて、その目には大粒の涙が浮かんでいる。

 ステラですら、頭痛を抑えるように眉間を揉んでいた。


「え、……私また、なんかやっちゃいましたぁ?」

『「やっちゃいました?」じゃないですよおおおおおおおおおおおおおお!? 死んじゃうかも知れないんですよおおおおおおおおおおおお?』

「ふむ」


 京太郎は少し考え込んで、ちょっと頬を掻いたりして。

 そして、率直に応える。


「まあ、勝てば良いじゃないか」


 それどころか京太郎は、「これは良いルールを知った」とすら思っている。

 ”決闘”を利用すれば、敵対した者同士が納得した上で、確実に目的を果たすことができるためだ。

 何よりも、という点がすばらしい。


――特に今回のように、名誉を重んずるギャングを相手にする場合は……。


 要らぬ恨みを買ったせいで何万という賢人が志半ばで息絶えたことか。

 今後のリスクを避ける意味でも、選択肢の一つとしては興味深い解決策だと思われた。


 だがシムはまったくそう思っていないらしく、


『ぜったいムリだぁああああああああああああああああああああああああああ』


 その場でがっくりとうなだれる。

 さすがの京太郎も、この時ばかりは少し腹を立て、


「しかし君、私の腕だって、そう捨てたものじゃないんだぜ」


 そして、数秒の間。


『やっぱりムリだぁああああああああああああああああああああああああああ』


 まったく、失礼な奴である。

 からといってこの大騒ぎとは。

 これまでに経験しなかった類の、熱の籠もったため息。


――誰に嘗められても構わないが、……友人たちにまでガキの使いと思われているのもな。


 これから大所帯になることを見越して、もう少し威厳のようなものも身につけておかなくてはなるまい。

 たまにはカッコいいところを見せなければ、ついてくる側の連中も不安がるだろうし。

 今回の一件は、に利用させてもらう。

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