第174話 盗賊の砦
サイモンが地下牢で頭を抱える、――その三十分ほど前。
盗賊たちが根城にしているという石砦に到着した京太郎たちは、特別になにか相談するわけでもなく、二手に別れた。
――必要になったら、何か合図して。
という、ステラのアイコンタクトを理解して、京太郎は単身、ちょっと近所のコンビニに寄るみたいな足取りで盗賊たちに近づいていく。
一味の連中に見つかり次第戦闘が始まるかとも思ったのだが、あまりにも堂々としていたためだろう、盗賊たちは仲間だと思ったらしい。
最初に声をかけられたのは、歯抜けが著しいひげ面の男で、
「よう、――景気はどうだい?」
「ああ……ぼちぼちだよ」
京太郎は100%リラックスした状態で、水筒の水を飲む。
「良い服着てるねぇ。どこで手に入れた?」
「……ええと、都合良くその辺に落ちててね」
「イイじゃねえか、あやかりたいぜ」
ウヒヒヒヒヒヒヒという笑顔。京太郎もそれに合わせる。
学生時代、自主制作映画を撮っていた時にした慣れない演技を思い出しながら。
「そっちはどうだい?」
「まあ、今のうちに稼げるだけ稼いどかないとな。……ウチの班だけで、朝から駅馬車を四台ほど喰ってる」
「やはり、グラブダブドリップから逃げる人かい」
「いんや。街からはもう、馬車は出ちゃいない。たぶん、他の街から様子見に来て、慌てて引き返してきたって連中じゃねえかな」
「……殺しは?」
「ちょいと脅して手に入るモンで十分さ。あんまり欲張って、なんかの拍子に刺しちまったりしたら、追っ手が厳しくなるからなぁ」
「そうか。まあ、やりすぎると”国民保護隊”が、ね」
「そういうこと」
なんだか京太郎は、彼と友だちになれるような気さえしている。
「ああでも、今朝、危ない橋を渡った一件があったらしーぞ」
「なに?」
「トムんところの班でな。……なんか、馬鹿みたいに喧嘩がつえぇ沼地人と、アホみたいに乳のデカい女の二人組よ」
「……む」
「トムの大馬鹿野郎、止せぁいいのに、男の方が持ってる”マジック・アイテム”を盗ろうってんで、攫ってきやがった。……まあ、それ一本で一生遊んで暮らせるってなりゃ、目の色変わる気持ちもわかるけどよぉ」
「……二人は、無事なのかな?」
「いや、怪我はさせてねぇはずだけど。だがその、男の”マジック・アイテム”ってのが問題でね。こっち側でいくらいじくっても、外れやしない。最悪、野郎の腕をぶった切る必要があるかもなぁ」
「そうかい」
「でも、なんとなぁく不気味だぜ。”マジック・アイテム”持ちが、情婦一匹のために降参、なんてさ」
「仲間を見捨てられなかったんだろう」
「そうかねぇ……ところであんた……」
「?」
「そーいやオマエ、どこの班のモンだ?」
「あーいや、その……」
「なんか怪しいな」
そこでひげ面の男は、仲間に声をかけた。
「おーい、みんなぁー」
盗品を砦に運び込んでいる途中らしい彼らは、一斉にこちらを振り向いて、
「ん?」「どした?」「なにがあった?」
「誰かこのおっさん、見覚えある?」
盗賊たちは皆、一様に顔を見合わせて、
「いんや? 誰?」
もはやここまでか。
と、思いきや、ひげ面の男がそこで、ぽんと手を打つ。
「ははあ。さては仲間になりたいってやつだろう?」
「えー……ああ、まあ、そんなところ、かな?」
マジか。
まだ食い下がれるのか。
京太郎はだんだん、こうなったらどれくらいまで行けるか試してみようと思った。
「やっぱりなー。盗賊ブーム、きてるもんなー。流れに乗っかるなら、今しかないもんなー」
「そんなにこの辺りの状況は悪いのかい」
「そらそうよ。今にも北の竜どもが仕掛けてくるって話だ。確かな情報だぜ」
「ほほう。ちなみに情報の出所は?」
「そりゃあまあ、――知り合いの知り合いが、ね。そいつは北の都の出身で、”竜族”なんてのはどいつもろくなもんじゃねえ、いつ襲ってくるか知れたモンじゃないってさ」
知り合いの知り合いの情報、ねえ。
「とにかく俺らにできることぁ、今のうちに稼げるだけ稼ぐこと。そんで、南の果てにでも逃げた方がいいって話さ」
「そうかねえ。まっとうな生活を送った方が、リスクが少ない気がするが」
「アンタも若いねぇ」
「えっ、そう?」
この年になると、「若い」というワード一つでちょっと上機嫌になってしまう京太郎である。
「結局のとこ、必要悪なのさ。俺らみたいなのがほどよく富を再配分するから、でっかい暴動を抑えられてるわけ。金持ちどもは、金持ちどもの間でしか金を回さない。そうなりゃ、俺たちゃ貧乏人は永遠に貧乏人のまま、だろ?」
「ふむ」
その男の口調から察するに、どこかの誰かから吹き込まれた受け売りだろう。
とはいえちょっとだけ面白い考え方だな、と思った。
まあ、――どう考えても彼らがもたらす”富の再配分”より、治安が悪くなる方が社会にとって害悪だが。
「しかし、かといって、人を傷つけるのは」
「俺たちゃ殺しはやらねぇ。刃物は使うが、それで誰かを刺しちまった時点で追放になる。……あんたも仲間になるんなら、そのルールは守ってもらうぜ」
「ふーん」
悪党にも悪党の矜持がある、ということかも知れない。
「ま、いいや。親分のとこ、案内するよ」
「うーい」
京太郎は「なんだこいつ」という周囲の視線を気にしつつ、意外にもこの集団に、女子供が多く所属していることに驚く。
なんとなくだが、”盗賊”や”山賊”のイメージはもっとこう、刹那的な生き方しかできない汚いオッサンの集団、という偏見を抱いていたのだ。
――まあ、考えてみれば、こういう生活に身を落とす層は、大人の男だけとは限らないしなぁ。
陽当たりのよい場所に洗濯物が並んでいるのを横目に、京太郎はゆったりとした歩調でひげ面の男の背を追う。
――稼業さえまともなら、このコミュニティの生活も壊されずに済んだのだが……。
とはいえ、このまま彼らを放っておく選択肢はない。
ちょっとだけ罪悪感を覚えつつ。
ひげ面に案内されたのは、とある石砦の一室だった。
その内部では、雨風を受けないように几帳面に保管された金銀財宝の”戦利品”が並んでおり、ちょっとだけ目がくらむ思いがする。
「すごいな! こんだけあれば十分、遊んで暮らせるんじゃないか?」
「いんや。仲間全員が暮らすにゃまったく足りねぇ」
「へぇ……?」
本当だろうか?
ひょっとすると、京太郎のいる世界の金と、この”WORLD0147”で産出される金の価値は根本的に違うのかもしれない。
――たしか、私の世界にある金は50メートルのプール三杯分しかなくて、たったそれだけの量が、世界中をぐるぐる回っているんだよな。
できれば何枚か持って帰りたいな……とか思ったりして。
物思いに耽りながら、金貨が積まれたテーブルの向こうに、一人の男の姿を見る。
一応、周囲の物音を確認。ステラもシムも、まだ様子見の段階らしい。
――では。
もう少しだけ、この茶番を続けよう。
京太郎は営業スマイルを浮かべて、その男に声をかけた。
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