第172話 ついでのクエスト

 彼とも彼女とも呼ぶにふさわしくないその不思議な生き物は、龍の形態時と同様にぷかぷか宙に浮かびながら、京太郎の首回りに腕を絡める。


『うふふふふ』

「ちょ、やめなさい。……あんまり懐くんじゃない」

『パパったら、照れちゃってぇ~』

「パパではない」

『うふふふふふふふふふふふふふふふふふ』

「……”ふ”が多いやつだな」


 その口元には確信犯っぽい笑みが浮かんでおり、どうにも全て計算尽くの行動らしい。


『そーいわずにちゃんと認知してよぉ』

「な……っ、ど、どこで覚えるんだ、そんな言い回し」

『そりゃまぁ』


 侍龍は、とんとん、と、京太郎のこめかみを指先で叩く。


――心で繋がっている、か。


 京太郎は苦み走った表情で頭を抱えた。


「ならば、私が次にすることはわかっているね」

『まーね~』

「――これを預かってもらえるかい」


 京太郎はステラに合図して、彼女の背嚢の中から最もかさばる装備、――”量産型エクスカリバー”を取り出す。


『おおっ、……それ、ママの剣だね?』

「な、なあ、侍龍。……頼むからウェパル本人と出くわしたとき、そんな言葉を絶対に言わないでくれよ」

『わかってるって~』


 さて、本当に信頼して良いものか。

 ただ少なくとも、侍龍の戦闘力だけは保障されている。

 このままステラに預けたままにしておくよりも、有効活用できそうだ。


「うまくつかえば”勇者”ですら殺せる剣だ。滅多なことでは鞘から抜かず、鈍器として使いなさい」

『りょーかい~』


 返事だけは良いのだが。


『そんじゃ、行ってくるね~』

「ああ」


 そして、天空へと消えていく侍龍を見送って。


「はぁ~」


 深い嘆息を吐く。なんだかどっと疲れていた。


「やれやれ、だな……」

『……で、でもまあ、ともかくこれで、メアリの件は……』

「しばらく保留……、に、できればいいんだが」

『それは、……なんとも。ただ、京太郎さまが直接、メアリの元へ乗り込むよりは、よっぽど良い、かと』

「ふむ」


 京太郎はそこで、ちょうどその当たりにあった切り株に腰掛け、森林浴を満喫する。

 ステラとシムは少し退屈そうだったが、こういうのも時には必要だ。


「それと、他にすべきことは……」


 言いながら、頭の中にはなんにも浮かんでいない。

 自分がちょっとだけ怠け者になりつつあるという自覚はある。

 参謀が優秀すぎるのも考えものだ。


『できれば、昨晩手に入れた魔導船のチェックを。あとはそれに乗る船員の面接でしょうか』

「面接か」


 もうその言葉を聞くだけでかつてのあれこれを思い出し、お腹が痛くなる。


『なんなら諸々、ぼくが済ませておきますが……』

「いや、顔合わせするなら、ある程度歳を取った男の方がいいだろう。私がやるよ」

『ぼ、ぼくもそれがよろしいかと』


――たった一ヶ月で、人を面接する立場か。


 なんだかヘンテコな気分になりながら、京太郎は立ち上がった。

 魔導船とやらに関しては、住みよいように『ルールブック』で改良する必要があるだろう。

 面接に関しては……そもそも京太郎は、たった数十分の対話でその者の真価を知ることなどできないと思っている。だからこれも『ルールブック』の力を借りるつもりだ。


「……あ、そういえば……」

『?』

「仲間になるって言ってたあの……サイモンとルーネは?」

『彼らは一足先に、港町へ向かっていますよ』

「じゃあ、我々も向かうか」

『了解です。……移動手段はいかがいたしましょう?』

「もちろん、”ジテンシャ”を使おう」


 そう言うとほとんど同時に、京太郎のすぐ真横で白馬と馬車を合成したみたいな生き物が出現した。

 それはもう、ぱっと。

 カメラが切り替わったみたいに。


『MO!』


 どうやら、ずっとスタンバっていたらしい。


「うおっ、……ははは! お前も元気そうで良かった」


 言いながら、「こいつはパパとか言い出さないでくれよ」と願っている。

 幸いにもこの生き物にはそういう考えはないらしく、人懐っこく鼻先を押しつけてくるだけだ。


『あ、そうだ』


 そこでシムは、ちょっと今思いついたみたいに、手をぽんと打つ。


『昨晩、――”ギルド”の人からぼくたちに、クエストを受けて欲しい、と、依頼が』

「機能してるのかい、”ギルド”」

『ええ。臨時ですが。……”ギルド”は支部同士で常に伝書鳩を行き来させているので、そうでもしないと他への連絡が滞ってしまうのです』

「なるほど」

『それでその。――一件、どうしても対処した方がいい案件が』

「ほう」

『どうも、グラブダブドリップへと接続している街道上に、盗賊が出るようなんですね。その対処を頼みたい、と』

「盗賊?」

『いわゆる火事場泥棒というやつですね。……グラブダブドリップの資財が一部、横流しされているようです』

「ふむ…………」

『今のところ、誰かを傷つけたり殺したりと、そういう悪質な例は見られていないようですが……』

「まあ、悪事は癖になるからなぁ。いずれは酷いことになる」

『ええ』

「連中に……厄介な”マジック・アイテム”持ちはいるかな?」

『一部、昨日のワイバーン戦で逃げ出した”探索者”も混じっているようですが、――基本的には小物、かと』


 そういえばソフィアが昨日、一部の不死ではない”探索者”を逃がした、とか言ってたな。

 行き場所を失った彼らが悪事に手を染めている、ということだろうか。


『なお、あくまで捕縛のみの依頼、とのことで。捕まえた連中の対応は、港町で請け負うそうです』

「なら行き掛け上、都合が良いな」

『はい。――しかも、災害時におけるクエストは実入りは少ないものの、名声を上げる意味ではかなり割が良いんですよ』

「そうなの?」

『ええ。……結局ぼくたち、未だに”黄帯”ですからね。でも善行を働いたという記録が”ギルド”にあれば、海外での活動にも箔が付くと思うんです』

「確かにな」


 ”探索者”の腕章は、全世界で汎用的に通用する身分証だ。金にはさほど困っていない京太郎たちにとって、こういう状況下での仕事はむしろ、都合が良い。


「そんじゃ、一仕事済ませて、港町へ出るとしよう。……ちなみにその”盗賊”ってのは、何人くらいいる?」

『ええと、報告では……少なくとも、六十人ほどと聞いてます』

「なるほど」


 京太郎はステラとシムの顔をちょっと見て、


「ま、こっちは三人いれば、十分だろ」

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