第171話 アイドル的存在

――萌えキャラを仲間にする、というのはどうか。


 坂本京太郎がそんな考えに取り憑かれたのは、その頃であった。

 ここのところの数週間、暇つぶしにいくつか、異世界ものの漫画やアニメに触れている。

 そして、一つの結論がでていた。

 なんか自分、あんまり良い思いしてないな、と。

 なぜそう感じるのかはよくわからない。わりと仕事はうまくいっているはず。信頼できる仲間もできた。これから自分の道は、前途洋々たる航海に乗り出そうとしている。

 だが、何かが足りない。

 それは何か?

 気付いたのだ。

 そこに存在するだけで周囲の空気が和ませるような。――お砂糖とスパイス、素敵なものをいっぱい入れてお鍋でコトコト煮込んだような、そんな癒やしの存在が必要だ、と。

 例えるならそう。

 我々のアイドル的存在になってくれる何者かが。


「では、――いまから侍龍の元へ向かうよ。シムとステラはどうする?」

『もちろん着いていきますとも』『だね』


 腕を組む。ちょっと渋い顔を作る。


「あー……、いや。他に優先すべき仕事があれば……」

『今のところ、京太郎さまのおそばにいる他に優先すべき仕事はありませんが』

「ふむ」


 少しだけ気が進まない。

 だが、遅かれ早かれ、この二人は知ることになるだろうし。


「……では、侍龍の元へ」


 そして”どこにでも行けるドアノブ”を捻る。

 すると現れた扉の先は、つんと鼻につく草の匂いがする山奥だ。


『ほんとあんたって……なんでもあり、よね』

「良く言われるよ」


 三人、顔を並べて、ドアの外をのぞき込む。

 すると、――いた。

 きらきらと陽の光を受けて輝く鱗に覆われた、巨大なヘビの如き生き物……の、腹。


――近くで見ると、すごい迫力だな。


 特撮好きの浩介が見たら、手を叩いて喜ぶかもしれない。

 思い切って扉の向こうに飛びだして、


「――侍龍?」


 恐る恐る、声をかける。と、ずおぉぉっとその腹が脈動した。

 そして、ちょうど頭の上から、少し舌っ足らずな声で、


『んー。……おはよー、ごしゅじん』


 見上げると、起き抜けなためか、少し寝ぼけ眼の龍がこちらをのぞき込んでいる。

 こうしてみると、ふさふさした髯が柔らかく、できることならちょっと抱きしめたくなるような愛嬌があった。


――いいぞ。


 内心、京太郎は思う。すでにキャラデザはおおよそ出来上がっている。

 問題はこの生き物が雄なのか雌なのかだが、恐らくは特に区別がないはずだった。”ジテンシャ”もそうだが、この世に一匹だけ生み出された存在なのだから、そもそも繁殖するための能力が備わっていないのである。

 だからこそアイドルにふさわしいと言えた。これは京太郎独自の見解だが、人々の注目を集める偶像的存在は、性的な欲望から切り離された、ふはふはぁっとした人生観を持つ生き物であるべきだと思っている。


「やあ、侍龍。……昨日は助かったよ」

『んー。べつにいーよ。ごしゅじんのためだからさ~』

「傷はもう大丈夫かな」

『んー。すぐ治った。わし、こう見えていろいろ、便利な身体だからね~』

「そうか。そりゃ良かった。……では、次の仕事を与えたいのだが、いいかな」

『んー。もちろん。ごしゅじんのためなら、なんでもするよ~』


 ほう。

 なんでもする、か。


「では、これから君には、……」

『わかってるよぉ。わし、ごしゅじんと心で繋がってるから~』

「ん?」

『メアリのこと、見張ればいいんでしょ~? で、ごしゅじんはそのために、わしに新しい身体を与えるつもりでいる』

「……へえ、そんなことまで。君には、私の考えがわかるのかい?」

『そゆこと~』


 なら、話が早い。


「じゃあ、さっそく『ルールブック』に、」

『いらないよ~。……わし、たいていの魔法なら覚えてるから……《擬態》もばっちりだよ~』


 そこでステラが口を挟む。


『そのサイズの身体の形を変えられるの?』

『まーね~』

『それってもう、《擬態》というより、《変身》じゃあ……。すごいじゃん』

『そーいわれてもわし、別になんかの努力をしたわけじゃないから~。すごくもなんともないよ~』

『ねーねー! あとで余裕があったら、あたしと一戦……』


 京太郎はステラの頭にポンと手を置いて、それ以上言わせない。


「こら。侍龍を困らせるな」

『えーっ。だってぇー!』


 ぶーぶー言うステラを押しのけ、


「しかし、私と心で繋がっているとか、『ルールブック』に書いたっけか?」

『【この神獣は管理者が望んだ場所、望んだ空間にいつでもどこでも出現する。】って箇所、覚えてる~? この一文が作用した力みたいだね~』

「なるほど」

『だからごしゅじんが、わしをどういう姿にしようとしてるかも、……ちゃあんと知ってるよぉ~』

「ふむ……」


 京太郎は、なるべく真剣な顔を作って、


「……一応、君に好みがあるなら、要望を受け入れたい」

『好みなんかないよ~。わし、そもそも人間が言う”可愛い”って気持ち、よくわからないし~』

「そうか……」


 話について行けていないシムとステラがこちらに振り向き、目を丸くしている。


「……私の故郷に、こんな格言がある。『可愛いは正義』と。思うに、無害な生き物を装った方が情報収集に有利なんじゃないかな」

『そぉかなぁ? 今のごしゅじんのイメージだと若すぎて、酒場に入っても追い出されちゃいそうだし、メリットの方が少ないような……』

「ならば、十五、六くらいのイメージで考え直そう」

『なるほど~』


 そして、間。


『……ねえ、ごしゅじん』

「ん?」

『一応確認しとくけど、で本当にいいんだね?』

「ん。まあ、そのつもりだけど」


 何か問題が?

 そう訊ねる前に、


『りょーかい~』


 その次の瞬間だ。

 侍龍の巨大な身体が光を放ち、――一つの人型へと変貌したのは。


『よい、――しょっと』


 現れたのは、男とも女ともつかぬ、中性的な顔立ちの”人族”である。

 背丈は、シムより頭一つ分小さい。かなり小柄だ。

 その顔立ちは美しく整っていて、口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。

 目は、ルビーのような輝きを放つ紅。唇は薄いピンク。髪は黒色のショートカットで、男としては長すぎて、女としては短めの印象を受けた。


――少し童顔か?


 とも思ったが、あのロアという青年が酒場に出入りできていたことを考えると、これくらいでも大丈夫だと思われる。

 京太郎は、その透き通るように美しい肌をまじまじとのぞき込み、


「うん。――百点満点だな」

『そりゃあ、ごしゅじんのイメージそのままだからね~?』


 そして「どや?」と、ステラとシムに笑顔を向ける、――と。

 二人揃って、小石を呑み込んだような顔で、こちらを見ていた。

 ステラが、シムの耳元で囁く。


『ねえ、――あれ、どう思う?』

『どうもこうも……どう見ても……』


――?


 京太郎は少し首を傾げて、


「ん? なんか問題あるかな?」

『い、いや、――問題、といいますか。なんと言いますか……うーん』


 シムは言葉を選んでいる様子だ。

 そういう時は、ステラがもの申すと決まっている。


『あんた、その子、――昨日の女とそっくりじゃない』

「……え? 昨日のって……ウェパル?」

『そう、そいつ』


 振り向く。改めて侍龍を観察する。

 言われてみれば……胸がないのと髪の色が黒なこと以外は、ウェパルそっくりな気がしないでもない。


『ってか、しょーじきな感想言わせてもらうと、……あたしにはその子、あんたとあの女を足して二で割ったような感じ、というか』

「……え?」

『ぶっちゃけ、


 そのタイミングで初めて、京太郎は自分が何をしでかしたかに気付いた。

 シムを見る。

 日頃から京太郎には甘々な彼ですら、無言でウンウンと頷いていた。


『さ、さすがにその、……これは……ちょっとドン引きです、ハイ』

「げ」


 だんだん、頭に血が上ってきて。

 絶妙な間で、侍龍が口を挟んだ。


『ごしゅじん。――いや、これからはこう呼んだ方がいいよね? ……パパ』


 どことも知れぬ山奥に、三十二歳独身男の悲鳴が響き渡った。

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