第169話 散策
しばらくすると、二人の”亜人”と三人の”人族”が休憩室に現れて、今後の配給担当者のシフトについて話し始めた。
人族”はどうやら、かなり”魔族”側に歩み寄った性格の持ち主らしく、五人の会話は、不思議と種族の壁などを感じさせない。
「あの、――メロフさん」
そんな五人に、シムが”人族”の言葉で声をかける。
「どうかしたかい、シムくん」
応えたのは、羊顔の”亜人”だ。
「昨夜話した通り、ぼく、そろそろ仲間の元に戻ります」
「仲間?」
「例の……」
そして、キョロキョロした目と視線が合って、
「ああ、――ああ、あなたは……!」
そこで京太郎に気付いたメロフは、意外と感情表現が豊かな顔をほころばせ、
「もちろん! 戻ってくれて構わない。いろいろ助けてくれてありがとう」
「いえ。こちらもお世話になりましたし」
メロフは京太郎に、ちょっとウインク的なことをして見せて、
「みんなが笑って暮らせる世界の実現、応援していますから……!」
深々と頭を下げる。
「え? ……あー、了解っす……」
その時の京太郎は気付かなかったのだが、彼とは”亜人”の村でちょっとだけ話したことがあったらしい。
シム、ステラ、京太郎は場所を変えることにして、休憩室を後にする。
その頃には食堂の人混みもいったん落ち着いていて、テーブルに座った人々があれこれ話し込んでいるのが見えた。
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建物を出た京太郎たちは、そこで光に照らされた街を散策する。
”迷宮都市”は空を浮遊する発光体に照らされて明るく、地上を歩くのとあまり変わらない。
街を行き交う人々の大半は、特に何をするわけでもなくぶらぶらしたり、議論に夢中になったりしている。一部、図太い性格の子供たちが木登りして遊んでいるのも見かけた。
彼らが手持ち無沙汰になるのも無理もない。
一晩明けたら財産丸ごと没収のうえ、無職だ。
――こんなこと、日本で起こったらどうなるだろう。
金持ちがみんな落っこちて貧乏人と対等になるなら、それはそれで痛快な気持ちがないわけではない。ただそれは、京太郎が社会の底辺で燻っているからそう思えるだけで、多くの人々はただ苦しむだけに終わるだろうが。
「ところで、――一晩、ここにいた感想はどうかな」
『どう、と申しますと?』
「一応、避難民の現状を聞いておきたい。可能な限り手を貸すことは避けたいが、何か致命的な問題、――例えば、反乱の種になりかねない何かがあるなら、今のうちに対応しておかなければ」
『うーん……そう言われましても、――今の段階では、なんとも』
「避難民に、大きな不満はないのかい?」
『そうですね……』
「例えば、食い物が足りないとか、水が足りないとか」
食糧の問題は深刻だ。当たり前だが、ないと死んでしまうためである。
飢餓によって切羽詰まった人々が行う反乱ほど悲惨な結末をもたらす
『……そもそもこの街は、”ゴブリン”たちによって都市としての機能が百年以上の間、保持されていますので』
「都市としての機能?」
『はい。……まず、大前提としてこの街は、ぼくたち”亜人”みたいな、高度な魔法を操る種族ではない、……こう言ってはなんですが、下級とされる”魔族”のための住処なのです。そのため水の供給などに関しては、独自の技術を採用しています』
「というと……」
『ぼくたちが使う魔法や、人間が使う”マジック・アイテム”に頼らない都市、とでも言いましょうか』
「ほほう」
『何より優れているのは、ここの地下に作られた下水・上水道システムですね。”水道管”と呼ばれる鉄の管を通して、街にある各建造物にそれぞれ、”奈落の水源”の水が供給されるようにできています。これによりこの街では、ほぼ無償で水を使うことが許されているのですよ』
「”迷宮”のあちこちに水道が張り巡らされているのは、――前にこの街を通った時も気付いたけど」
『地上では、水を作るのにもわざわざ”マジック・アイテム”を利用していたので、使用料が高かったんですよね……ある意味、”人族”はこっち側に来て衛生水準が向上したと言えるかも知れません』
「なるほどねえ……」
京太郎は少し腕を組んで、
「つまり、ここに来た避難民はこう思い始めている、と? 『わりとこっち側の生活も悪くないじゃん』って」
『少なくとも、初日のぼくの所感は、そうです』
「そうか……」
『この辺りには”世界樹”の根が張り巡らされているので、それらの”マジック・アイテム”化に成功すれば、地上よりもよい生活ができる見通しなのは間違いないでしょう』
「とはいえ、その話が事実でも、問題が一つ、あるな」
『ええ。追い出された”ゴブリン”の不満、ですね』
「どうしたものかな……」
京太郎の頭には、かつて人間に虐待されていた”ゴブリン”の映像が浮かんでいる。
できれば、彼らに報いる何かをしてやりたいのだが。
『とはいえその点、あまり余計な真似をするのは……』
「わかっている」
『自分たちが軽蔑していた相手に、大きな借りを作った事実が大切なのです。……彼らには申し訳ありませんが、しばらく我慢してもらう他、ないでしょう。言ってしまえば、”ゴブリン”が苦しめば苦しむほど、”人族”が考えを改めてくれる可能性は高まりますからね。人間にも……良識のある人はたくさんいますから』
「うん」
頷く。
本当に、このシムという友人は頼りになる。
自分の心の中に在った、言語化し切れていないモヤモヤを、綺麗に整理整頓して話してくれるためだ。
――彼のような人材と最初に出会えたことが、私の最大の幸運なのかもしれないな。
「ただし苦しませた分、”ゴブリン”には必ず報いる。――それを彼らに約束してくれ」
『わかってます。その点、”ゴブリン”たちも理解しています』
「ならいいんだが」
京太郎は嘆息する。
「その、……――怒り狂った”ゴブリン”たちがその、街の人を襲ったり、拷問したり、孕み袋にしたり……、なんかこう、悲惨な展開が待ち受けていたりするような可能性は……」
するとシムは、少し不思議そうな顔をした。
『なんで”人族”はみんな、”ゴブリン”に偏見を持つのでしょうね? 異種間の交配なんて、”人族”のみに許された特権みたいなものなのに』
「そりゃあ、……んー。なんでだろうな」
RPGではいつも敵キャラとして登場するから、とかだろうか。個人的には。
『話せば気の良いやつらですよ? ……まあ、ちょっとイタズラ好きなところがありますけど』
「ふーん。イタズラ、ねえ」
まだなんとなく”ゴブリン”たちの明確なイメージが掴めないまま、京太郎は”迷宮都市”をとぼとぼ歩く。
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