第168話 明日の課題

 とりあえず、ウェパルから受け取った道具類を”冒険用の鞄ジョージ”に入れようとして。


「――ん?」


 鞄が、まるで不味いものでも食ったみたいに、拳銃を吐き出す。


「なんだこれ」

『入らないの?』

「……みたいだな」


 こことは違う世界の道具だから、鞄の”どんなものでも収納できる”ルールが適応されない、とかだろうか?

 少し厄介だな、――と思う。

 これはつまり、今後はこれらの兵器を悪用されるリスクを背負い続けることになるということだ。


「しかたない。……ステラ、これは厳重に慎重に大切に管理しておいてくれないか」

『ん。任せて』

「信じたぞ。命に関わることだ」

『大丈夫だって。ちゃんと責任持つから』


 ステラは再び背嚢を引っ張り出し、ウェパルの道具類を詰め直す。

 その様を、京太郎は複雑な面持ちで眺めていた。


 本当ならこれ、すぐさま上司に「報・連・相ほうれんそう」するのが正解なのだろう、が。

 あえて今回は、そうしないことにした。


――本人が望むと望まざるとに拘わらず、周囲を堕落させてシマウので。


 これは、ソロモンの言葉だ。

 仮にそれが真実だとしても、……今回は、ウェパルの言葉を信じたい。


『ところで、さ』

「ん?」

『……あんたたちってきっと、仲間割れ、起こしたんだよね』

「仲間割れ……んー、まあ、そうだな」

『どっちが悪いの?』

「悪い?」

『わかんないけど。きっとどっちかが、あんたたちのルールに違反したことをして、それで喧嘩になったんでしょ? ……違反したのは、どっちなの』

「それは、ウェパル、――彼女の方になる、かな」

『そう』


 ほぅ、と、ステラは安堵する。


『良かった。シムのやつが、ひょっとすると京太郎の方が罰される側なのかも、なんていうから』

「まあ、そう見えても仕方ないか」

『うん。――あんたって、”魔族”の伝承で語られる”管理者”とぜんぜんイメージ違うから、って』

「じゃ、君の口から誤解を解いておいてくれるかい」

『任せて』


 そこでステラはちょっと元気になって、残りのお菓子を片っ端から口に含み、お茶で流し込んだ。


『ってことは、あの女、――もう戻ってこない?』

「それはわからない。本人次第だな」

『ふーん。あたしはどっちでもいいけど』


 そしてステラは、もじもじと指先を弄んで、


『それで』

「ん?」

『昨日のこと、――他には、なんにも覚えてない、よね?』

「覚えてるって?」

『ええと、おっきい怪我、した後のこと』


 京太郎は、少し眉間を揉んで、その時のことを思い出そう、――として、


『ああ、いいのいいの! 何にも覚えてないなら……っ』

「朧気ながら、君、泣いていたような……」

『ひゃあっ』


 ステラは一瞬、鼠にでも噛まれたような声を上げて、


『それ、忘れて! 忘れなさい!』

「別に、恥ずかしいことじゃないじゃないか」

『冗談じゃない! 泣き顔見られるなんて、裸を見られた方がまだましよっ』

「そうか?」


 その感覚はよくわからない。文化の違いだろうか?


「まあ、もし君がそんなに厭なら、なるべく忘れるようにするよ」

『そうしなさい!』


 顔を真っ赤にした彼女が、地団駄を踏みながら叫ぶ。


「でも、……泣いてくれる程度には、心配してくれてたんだな」

『やかましいっ』


 そこで、勢いよく休憩室の扉が開かれた。

 見ると、シムだ。


 彼は、京太郎の顔を認識するや、ちょっと半泣きになって、


『京太郎さまっ、……よかった。ご無事で』


 そして、とてててて、と、小走りに寄ってきて、ぎゅっとハグをする。


『あの、――ケセラさんとバサラさんは、ちゃんと……』

「ああ、助かった。危うくドアから落っこちるところを、助けてもらったよ」

『それは、良かったです。……本当はぼくの手でお救いしたかったんですが……あの、』

「わかってる。我々の目的のために、いろいろ動いてくれていたんだな」

「はい……っ」


 シムは、少し考え込んで、


『それでその、ちょっとご相談が』

「ん?」

『あの双子のハーフリングも、その、――来月からの船旅に、同行できないかな、と』

「え? なんで?」

『なんでも、お友達を探しに行きたいんだ、と。……一応、アル・アームズマンの許可は取っているようです』

「ん?」


 アルとは先ほど会ったが、そんな話は聞いていない。言い忘れだろうか? あの男に限って、それはなさそうだが……。


「友だちって、誰?」

『アリアさんです。どうしても彼女に会って、伝えたいことがある、と』

「あー……あの……」


 彼女の燃えるような赤髪を思い出す。


「まあ、構わないよ。面倒は見られないけど、旅のついでだ」

『良かった』


 シムはにこりと笑って、


『あ、ちなみに、――昨夜の段階で、船の手配も済ませておきました。……ちょうど、証書を金貨に換えたがってる人がいて。一応、最新鋭の魔導船です。これで少なくとも、バルニバービまでの航海は可能かと』


 シムは、船舶の所有者であることを示す証書をテーブルに置く。

 金を溶かして作ったような色合いのインクで、『所有者:坂本京太郎』の文字がある。


「さすが、助かる」

『問題は、――そうですね。船員をある程度確保しないことには、船を動かせない点ですが』

「人は、どれくらい必要かな」

『雑務は一部我々が請け負うとして、――最低でも30人ほどでしょうか』

「そうか」


 結構な大所帯になるな。


『あんたのその本で、……なんか、自動人形的なのを作れば良いんじゃないの?』


 ステラのもっともな疑問に、


『そ、それも考えましたが、国家間を移動する船の行き来は、管理がかなり厳しいのです。それだと、辻褄の合わない船員名簿を提出することになるので、かなり目立つ結果になる、かと』

『なるほどねえ』

『そもそも、出入りする船と、それに乗る船員は全て、専門のギルドで管理されています。ギルドが提示する基準を満たしていない船はそもそも、出航の許可がでないことになっているのです』

『ほへぇ』


 ステラは天井を見上げて、


『めんどくさぁ。じゃーなんか、そら飛ぶ絨毯みたいなの作って空路を行く、とか』

『それこそ危険です。バルニバービにとって制空権は神聖にして不可侵のものであるため、天空の城ラピュータに帰属します。……もし空路を進んで、何らかの形で発見などされようものなら……』


 京太郎は腕を組み、


「即座に撃墜、……そうでなくとも、犯罪者の仲間入りってとこか」


 自分たちだけならまだしも、ソフィアたちまっとうな”探索者”たちまでそんなリスクを負わせるわけにはいかない。


『ええ。……ですのでその……できれば早めに、必要な人材を確保しておかなければ』

「わかった」


 京太郎は頷く。


「では、――それは明日以降の課題としよう」

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