第167話 彼女の伝言

 次に顔を出したのは、ステラ、シムの元だった。


 ”どこにでも行けるドアノブ”を捻ると、そこはどこかの食堂と思しき空間。

 (”迷宮都市”の建物の多くはそういう構造になっているのだが、)天井は光を取り入れるため格子状になっており、室内はわりと明るい。

 雨とか降ったらどうするのだろうと思ったが、考えてみればここは地下だ。

 昼時のためかあたりの人は少なくなく、突然何もない空間から現れた京太郎を見ても、「ああ、そういう魔法使ったのね」という視線を向けられるだけで、ほとんど注目を集めることすらなかった。

 食堂のあちこちでは、ひどいボロを身にまとった人々が地べたに座り込み、疲れ切った表情でスープを口に運んでいる。


「ええと、――二人は……」


 仲間の姿を探していると、――大きめの鉄鍋で、街の人々にスープを配給している”亜人”たちの中に、シムの姿を見かける。

 シムはすでに《擬態》を解いていて、”亜人”としての顔を人々に晒している状態だ。

 そんな彼の前には、ずらりとグラブダブドリップの避難民が並んでいた。


「み、みなさん、焦らないで大丈夫ですよー! スープはまだまだ、たくさんありますからぁ!」


 彼の言葉に、避難民たちは素直に従っているらしい。

 これは実を言うと、この世界の人類史においては極めて異常な光景なのだが、少なくともそれを非難する者はこの場にいなかった。


「おい、――これ、ほんとうにスープなのか? 具も何も入ってないじゃないか」


 そう愚痴をこぼす者がいても、一口食べればその濃厚な味わいに押し黙る。

 間違いない。今となっては懐かしい、京太郎がこの世界に来て三番目に作りだした、――”回復の泉”のスープだ。


 京太郎は一瞬、シムに声をかけようと近づいたが、その手を掴む者がいる。ステラだ。


「――おっと」

『おかえり』


 ステラは人差し指を唇に当て、そっと囁くように、


『シムは忙しいわ。場所を変えましょ』

「お、おう」


 そして彼女は、どこか逢い引きを誘うように京太郎を、食堂奥にある休憩室へと引っ張っていく。

 休憩室は雑多にガラクタが積まれていたが、一息つける程度のスペースはあるようだ。

 京太郎は、樫の木でできた固い椅子に腰掛けて、


「昨日からいろいろあったようだが、――」


 何か、問題は起こらなかったかい?

 と、言いかけて、当たり前みたいに膝の上にステラが乗っかっていることに驚く。ずいぶん懐かれたものだ。

 そして彼女は、すんすんと京太郎の胸の辺りを嗅いで、妙な顔をした。


『ふーむ』

「え、なに? どういう感じのやつ?」

『ああ、いや。――おばあちゃんが使ってる石けんの匂いがしたから、気になっただけ』

「え」


 何それ、そこまで鼻が効くのこの娘。

 怖。


『ありえないことだと思うけど、――あんた、私の祖母と一線越えたりしてないわよね?』

「ば、馬鹿言うな。不可抗力的に浴室にお邪魔することになっただけだ」

『どういう不可抗力よ……。あんたがお祖母ちゃんと一緒になったら、あたしこれからあんたのこと、なんて呼べばいいわけ?』

「だから、誤解だって」


 ステラは呆れたような顔を作って、


『まあ、あなたにそんな甲斐性ないってわかってるけどね』

「そう言われると、……アレだけど」


 実を言うとこれは、わりと図星であったりする。

 今思えば、大学時代に女の子と付き合えたのだって、宝くじで三億円当たったみたいな幸運に恵まれたためにすぎない。


「昼は?」

『もう食べたわ』

「じゃ、おやつにするか」


 そこで、一息つくことに。

 ここに来る途中、”お菓子ガチャ”で引いてきたカプセルを取り出す。

 中身は、”チーズケーキ””チョコチップクッキー””さつまいも団子”という無難なものだ。

 お菓子をちまちま摘まみつつ、京太郎は昨夜の動きを訊ねる。


『――そうね。基本的にはあんたが指示したとおり。”亜人”のみんなに食糧の供給をお願いしたわ。先住していた”ゴブリン”のみんなにはおばあちゃんが話を通してくれてたみたいで、今は”亜人”の村に避難してる。……”人族”ってなんでか”ゴブリン”の見た目が大嫌いみたいだから、顔を合わせない方が無難だろうって判断ね』

「……なるほど」


 シム曰く、”迷宮都市”は”ゴブリン”の住処になっていると聞いたから、わりと心配していたのだが。


「もし”ゴブリン”たちの不満が大きいようなら、彼らに新天地を用意してやるつもりでいる」

『ん。あんたならそういうだろうと思って、リムにはそう伝えてる。……一時の我慢だって』

「助かる」


 ステラはそこで、持ってきた水筒と思しき革袋から水をごくりと飲んだ。


『京太郎も飲む?』

「間接キスになるからいい」

『あたしは気にしないけど』


 ステラは一瞬、自分の言葉に驚いたみたいになって、


『んー。ま、いいや。それより、あんたが惚れた女、いたよね』

「惚れた……、ああ、ウェパルのことかい」

『そそ。昨日別れ際、その女から、いろいろ受け取ったよ』


 そして彼女は、部屋の端っこに隠した背嚢の中から、黒光りする鉄の塊を取り出す。


「――!?」


 京太郎は目を丸くした。

 それが、このファンタジックな世界にはあまりにもそぐわない武器、――拳銃であったためだ。

 ミリタリー系の知識には明るくないため、その正確な名前まではわからない。だがそれは、京太郎のいた世界でもよく見られる形状をしていた。


「これは……」

『それだけじゃないよ』


 続けて、ごとり。

 昨日さんざん痛めつけられた”量産型エクスカリバー”。


『最後に、これ』


 そして彼女が取りだしたのは――。


「うわあ! それ……!」


 核爆弾、と、ウェパルがいっていた、手榴弾にも似た形の兵器だ。

 ステラは、自分が何を持っているかよくわかっていないらしく、それをお手玉のように投げたり受け止めたりしている。


「やめ……っ、あぶないのでやめ……っ!」


 ステラは気にせず、


『伝言。……「」。絶対そのうち、必要になるからってさ』

「必要になる、だって? 核爆弾が?」

『うん。……それともう一つ』


 ステラは、ちょっとだけウェパルに寄せた口調で、言う。


『「がんばれ」だって』


 京太郎は数秒、その言葉を額面通りに受け取って良いかを迷う。

 悩んだ結果、素直に喜ぶことにした。

 多少脳天気な方が、人生楽しいだろう、と思ったためだ。

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