第166話 その男の征く道は
「そんな、――なんかの黒幕みたいな言い方はやめてくれよ」
心外に思って、京太郎は応える。
だが、絵面はなんとなく、ミステリー系のドラマのクライマックスを思わせた。自首した犯人役が飛び降り自殺を図るにはぴったりのシチュエーションだ。
「むろん、そこまでは深刻に考えていないさ。だが、ここではっきりさせておかなければ」
「――何を?」
「まず、貴様の目的を確認したい。……貴様はきっと、大昔からいる革命家気取りの何者かで、お節介なことにも”魔族”と”人族”の和平のために動いている。……ここまではいいな?」
「あー。……まあ、そんなとこだな」
「それはいい。ぼくだって、連中と手を組むことで得られるメリットは大きいと考えている。――だが」
今のアルは、いつものように”雷鳴の剣”を携えていない。
だがそれでも、切っ先を突きつけられているかのような錯覚に陥る。
「地下では今も、たくさんの避難民が苦しんでいる。それまで平和に暮らしていた人々が、慣れない場所に住処を移されて、怯えている」
「ふむ」
「そして貴様はきっと、――彼らを、一度に救うことができる。そうだな?」
京太郎は押し黙った。
「だが、貴様はあえてそれをしていない。今の状況が、貴様にとって都合が良いからだ。……いや、それどころか、――今回の一件、途中から意図的に、事態をややこしくしたんじゃないか?」
「…………それは、さすがに…………」
していないつもりだが。
「貴様の持つ本。よくわからん何かだが、そのポテンシャルが強大だということはわかる。……それ、ほとんど神と同等の力をもつんじゃないのか?」
京太郎は、ちょっと視線を逸らす。
「確かに、そう思えてしまうのは仕方がない。だが、実を言うとこの本は、それほど万能というわけではないんだよ」
「嘘だね」
アルは口元に笑みをたたえて、滅びた街を抱きかかえるように両手を広げた。
「貴様は、――やろうと思えばこの、ぼくたちの眼前に広がっている廃墟を元通り住めるように戻せるはずだ」
「……何か、確証でもあるのか」
「ある」
この男は何故、何ごとを話すにも自信満々なのだろう?
もし自分が彼なら、「たぶん」と「ひょっとすると」と「あるいは」をそれぞれ十回ずつ言っていてもおかしくないというのに。
「貴様を泊めていた宿の主人から言質はとれている。……なんでも貴様、一度破壊された部屋を、一瞬のうちに復元してのけたそうじゃないか。その時、大量のシロアリめいた生物の目撃者がいる」
「む」
一瞬、腹部を刺されたような痛みを覚えた。
――なるほど。やはり私は、陰謀には向かないタチだな。
ほんの小さな秘密ですら、こんなにもあっさり白日の下にさらされるのだから。
とはいえ京太郎がしたことは、ほんの些細な工夫に過ぎない。
【名称:アマノジャクなシロアリ
番号:SK-12
説明:”管理者”とその仲間たちがもたらした破壊を修復するために生み出された機械生命体。蟻に似た形をしている。その体内には分子を材料として新たな物質を作り出す装置があり、それを利用して破損箇所を自動修復する。その能力はすさまじく、一晩あればエンパイア・ステートビルを建てられるほど。
普段は人間の目には見えないが、常に管理者たちの周囲で待機していて、必要とされた際は猛烈な勢いで働き出す。とはいえ、気持ち悪いことになると嫌なので、ある程度は空気読む機能をつけてほしい。例えば囓ったクッキーを自動修復するとか、そういうことはなしで。】
この項目を削除したのである。
街が破壊され、”魔族”が手を貸してくれるとわかれば。
自ずと、”人族”が向かう道は限られてくる。そう踏んだのだ。
「結果、貴様はぼくを利用して、まんまと”魔族”に借りを作らせることに成功した。……そうだな?」
「だとするなら――どうする?」
「どうもせんよ」
アル・アームズマンは肩をすくめる。
「貴様が我々の救命に手を尽くしてくれたことには変わりないし、義理の父も救ってくれた。――それだけで感謝してもしきれないくらいだ」
なんだろう。
この男から感謝されるといつも、そのあとすぐ酷い目に遭わされる気がするのは。
「だが、……さっき話した、”千人殺し”のメアリの一件、貴様にも責任の一端があること、頭の隅で覚えておけ」
「…………………」
「門番どもは良いさ。連中はその命を賭けることも仕事の一部だからな。だが、……ギルド嬢のキィは違う。彼女はまったく無関係な女で、今年中に結婚も控えていた。貴様の目的のために、少なくとも一人の無関係な人間が死に、彼女を愛した男が一人、不幸になったのだ」
京太郎は眉を段違いにし、唇をへの字にする。
「それが……」
どうした?
必要な犠牲じゃないか。
そう、自然と言いかけて、それがどれほど道義に反する言葉か、はっとする。
――それを平然と言えるようになったらおしまいだ。
少なくとも”アマノジャクなシロアリ”を解除しなければ、極悪犯が捕らえられていた檻が壊れなかったかもしれない。あの目つきの鋭い受付嬢も、死ぬことはなかったかもしれない。
「それは……その……」
どう言えば良いか、わからない。
「知れ、坂本京太郎。強き力を持つ者には、強き責任が伴う、と」
知っている。
『スパイダーマン』がリメイクされるたび、ベンおじさんが毎回似たような台詞を言って死ぬから。
京太郎は心底、顔を曇らせて、シムの言葉を思い出した。
――優しい神様の世界。
そうだ。
自分は、そうなるためにここにいる。
「………………ちなみに」
「ん?」
「ちなみにその、……彼女と結婚する予定の男は?」
「そいつも、君が知っている男だ。――ソフィアのチームのメンバーで、……名を確か、ロア、と言ったかな」
うそだ。
この男にだまされている。
そんな偶然があるものか。
そう思う一方で、この世の中にはそういう奇妙な符合が山ほどあるような気もしていた。昨晩、確認した給料袋の中身は267709円。これは、京太郎の実家の電話番号の下六桁と見事に一致している。
しばし眉間を抑えて、
「……ロアは、今どうしてるかな?」
「そこまでは知らん」
そしてアル、三白眼を空に向ける。
「だが、後で本人から知らされるよりはいいだろ?」
この男の奇妙な親切心に、どういう表情を作れば良いかわからなかった。
「そう、だなァ」
そして、深く深く、嘆息する。
「この話は、――」
「誰にも話さんよ。だからわざわざ、こんなところまで連れてきたのだ」
「そう、……か。そりゃそうだな」
そして、間。
「アル・アームズマン」
「ん?」
「君は私を、軽蔑するかい?」
「いや、別に?」
彼は、当然のように言った。
「むしろ、興味深く思ってる。――そこまでして”魔族”の味方をする貴様が征くのは、きっと茨の道だろうからな」
「……ううむ」
アルの話はそこまでのようだった。
コミュニケーション能力に長けているとは言えない二人は、要件が済むと途端に黙り込み、――数分後、微妙にきまずい空気だけを残して別れる。
京太郎は、口の中に苦いものを感じていた。
間接的に人を殺した、という事実よりも、……それに大きく心を動かされなくなっている自分の心に、だ。
――くよくよ思い悩むことにかけては自信があったんだが。
などと思いつつ。
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