第165話 伝達事項

「さて……」


 ひとつ、アルに対する伝達事項がある。


「まず、もう街に避難民は残っていない」

「そうなのか?」

「ああ。さっき確認した。間違いない」


 ”気配を探るルール”で、すでにチェックは済ませている。

 ちなみにこのルール、使っているとすぐに気持ち悪くなるので、今は解除済みだ。


「そろそろゴーレムを戻してもいいんじゃないか」

「そうはいかない。街にある物資を片っ端から運び込む作業が残っている。……”魔女”が力を貸してくれるかぎり、最大限有効活用させてもらう」

「……今後の方針は?」

「みんなには長丁場を覚悟してもらっている。いずれ復興に手をつけるとしても、地固めがしっかりしていないことには……」

「だが、地面が落っこちたところは、さすがにもう住めないだろ?」

「まあ、な」

「そもそも、あんな不安定な土地に大規模な街を建てること自体、間違ってたんだ。もういっそのこと、地下に定住したらどうかな」

「それは、……そうもいかんだろう。通行の問題がある」

「それなら、”転送球”を複数、譲ってやってもいい」

「正気か? B等級の”マジック・アイテム”だぞ」

「それでここの人の生活が豊かになるなら、別に構わないけど」

「……………ふむ」


 アルは、ちょっと上の方に視線を泳がせて、なんだか言いにくそうにする。


「すこし、場所を変えるが、いいか」

「ん。わかった」


 そして、メイドらしく部屋の隅っこに控えていたハーフリングの双子に目線を合わせて、


「ケセラ、バサラ、――悪いが、ここの留守番を任せてもいいかい」


 これまで見たこともない優しげな顔で、そう言いつけた。


「はい」「おっけー」


 了承を得てから、アルは顎だけで自分に続くよう、指し示す。

 京太郎はというと、すでになんとなく厭な展開になることを予想しながら、彼に続いた。



 コツ、コツと足音を響かせて、”魔王城”の内部を歩く。最初にここを通り過ぎたときは蛮族に踏み荒らされた廃墟のイメージがあったが、今ではかなりものが片付けられていて、多少は見られるようになっていた。

 その廊下には明かりのようなものはないが、窓からたっぷり日が差し込むようになっているらしく、暗くはない。

 大して階段を昇った感じはしないというのに、ここから見える景色は高層ビルから見下ろしているかのようだ。


――便利な魔法パワーで、時空が歪んでいるのかもしれないな。


 とかなんとか、あっさり受け入れたりして。

 外を眺めると、街にぽっかりとした穴が空いているのがよくわかる。


「改めて見ると、ものすごいな……」


 ここからみえるその穴は、奈落に通じているように暗く、深い。


「ああ――その割に、死者は驚くほど少ない」

「ん? ……?」


 ケセラとバサラは、ひどい話を聞いていなかったようだが。


「うむ。――まさかとは思うが貴様、これだけのことがあって、死者が全く出ていないとでも思っとるのかね」

「いや、さすがにそこまでは。……地下への避難中の喧嘩か何かか?」

「もちろん、そういうことは起こっている。怪我人は出たが、死者は出ていない」

「では、……自殺者、とか?」


 私財が国に接収されてしまうというのだから、あり得る話だ。

 とはいえ、まだ私財の扱いに関しては、国民全員が決めかねている、といったところ。今後、ゆっくり時間をかけて細かいルールが詰められていくことだろう。被災した次の日に首を括る、というのはいささか気が早すぎる。


「幸いにも、まだそういう話は聞いていないな」

「では、他に……」

「起こったのは、――地上での殺人だ」

「地上?」


 いや、そんな馬鹿な。

 京太郎は未だ、街の中に存在する生き物に対する”無敵”ルールを解除していない。

 ニーズヘグの破壊光線ですら傷つかなかった人々が、どうして……。


「メアリ、という女がいてな。この辺りにある地下牢獄に閉じ込められていたんだが……今回のどさくさに紛れて脱走したらしい。死者は、そいつの手によるものだ」

「メアリ?」


 聞かない名前だ。


「そうか? ……あの、シムとかいう”亜人”は心当たりがあるようだったが」

「ふーん」

「メアリは、――ちょっと変わった女でな。やつは、自分自身の身体をA等級の”マジック・アイテム”に改造しているのだ」

「ああ……なんか、そういう奴、他にもいたな」

「うむ。ルーネ・アーキテクトだな」

「ああ、そうそう。その子だ」


 ソフィア曰く、彼女はあのお化けみたいなおっぱいをそのまま”マジック・アイテム”として運用しているらしい。


「――何にせよ、あの女の手による死者は三名。二人は門番の男。……そしてもう一人は、たまたまそこを通りかかった女。……お前も知っている人だぞ」

「え?」

「名は、キィという。確か貴様、彼女から何度か、仕事を受けていたよな?」

「……んむ」


 覚えている。確か、ハゲタカを思わせる目つきが特徴的な、わりと気の強い女性だった。


「彼女に落ち度はない。たまたまメアリの行く道に転がっていて邪魔だったとか、そんなところだろう。メアリは”千人殺し”の病魔をその身に飼っていて、本人の望むと望まざるに拘わらず、周囲に死病をまき散らすのだ」

「それは、……危険なやつだな」

「友人として忠告させてもらう。いくらお前でも、気安くメアリには手を出さないことだぞ」

「了解」


 言いながら京太郎は、なるべく早くその”メアリ”を始末してしまうつもりでいる。

 せっかくことが丸く収まりかけているのだ。余計な邪魔者には退場してもらった方がいい。


「……うん」


 そこでふと、アルは足を止めた。

 見ると、高さ4メートルほどの巨大な窓付の扉に行き当たっていて、その先はどうやらテラスになっているらしい。”魔王城”に似つかわしくない、落ち着いた雰囲気のところだ。


「この辺がいいな」


 そしてぐっと力を込め、窓を開く。

 廊下に空気が流れ込んできて、埃が舞った。

 京太郎は、アルに導かれるがままにテラスに出る。

 耳に聞こえるのは、当たりを吹き抜けていく突風だけ。

 どうやら今からするのは、よほど人に聞かれたくない話らしい。

 アルは、風に叩かれてはためく上着を抑えながら、言った。


「そろそろ、――正直に応えてもらってもいいか?」

「ん?」

「今回の一件。……その、種明かしだ」


 京太郎は手すりに寄りかかりながら、


「どういう……?」

「正直に話してくれ。――?」

「なに?」


 そこでアルは見下すような視線になって、


「ぼくにも立場というものがある。街の住人を、地下まで先導したのはぼくだ。だから真実のみを、慎重に応えてほしい。……さもないと」

「さもないと?」

「昨日の約束を、守ることになるな」

「約束って……なんかしたっけ」


 するとアルは、むしろそうなって欲しい、とばかりに猟奇的に笑って、


「言ったろうが。……何もかも終わった後、必ず貴様を殺す、と」

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