第164話 お菓子ガチャ
その後の京太郎たちの足取りは、「気の向くまま」「神出鬼没」という言葉がふさわしい。
その時手帳に書かれたTodoリストを参照しても、
・アルと会う。
・ステラ、シムと今後の相談。
・できればリカにも会いたい。
この程度のことしか書かれていない。
もちろんここに書かれている以外にも、京太郎たちは”魔王城”を中心にあちこちで顔を出していた。
話し相手は、”魔王城”の出入りを管理していた”魔族”のペーターであったり、アンドレイと四人の娼婦であったり、女衒の”人狼”、フリンであったり。
皆それぞれ、新しい環境に適応すべく努力していることがわかった。
その時点で京太郎は、この街で果たすべき役割はほとんど終えたと考えている。
もちろん今でも、数多くのグラブダブドリップ住人がボロぞうきんのように疲れ果て、怯えていることは知っていた。中には永遠に消えない傷を刻まれた者も少なくないだろう。
だがそれに自分が関与してやることは、ある種の傲慢でさえあると思っていた。
――理想は、自分の手を離れた状態でも彼らが長く関係を築いていくこと。
京太郎がそのような考えを持ち始めたのは、その頃からである。
一つ、大きな目標ができていた。
自分たちが管理している世界をジャンク品だと言い切ったグレモリーの言葉。
それを否定してやるのだ。なんとしても。
あるいはそれは、この宇宙の在り方への反逆になるかもしれないが。
自身の一生を捧げればあるいは、一石を投じることぐらい、できるかもしれない。
▼
恐るべきは”ゴーレム”の機動力、というべきか。昼前になると、救助活動はほぼ完全に完了していた。
グラブダブドリップの住人は全て”迷宮都市”に割り当てられた家屋に移住し、あとは必要な物資の配給を待つだけになっている。
街の人々の私財は今のところ、国が一括して回収し、それぞれ平等に再配分される方向で動いているらしい。
それまでどれほど高い立場にいた者であっても、物資の所有権の主張は許されていないようだ。
これは、危険な思想の持ち主に強力な”マジック・アイテム”が行き渡らないためのやむを得ない措置であるが、――。
――まあ、一週間もしないうちに不満を持った人で溢れかえるだろうな。
その対応に関してはさすがに、アル・アームズマンと相談する必要がある。
彼が必要とするのであれば、人知れず『ルールブック』の力を貸してやってもいい。”嘘から出た
とはいえ、今の”迷宮都市”は静かだ。
皆が皆、ただ生きていることで精一杯なのだろう。
すでに避難民の多くは、”魔族”側が提示した”迷宮都市”の恒久的な居住権と生活保障を受け入れている。そうする他に選択肢がないのだから仕方がない、とも言えるが。
▼
ケセラ、バサラに案内されて迷路の如き”魔王城”を進み、とある古びた扉を開く。
その向こう側には、
「うん。これはまあまあイケるな」
と、カプセル入りのチョコレートケーキを口に入れている男が一人。
男の前には、子供向けのガチャガチャが一台ある。その装置には見覚えがあった。
かつて京太郎が、仲間の気晴らしのために生み出した”お菓子ガチャ”(この世界で生産されているお菓子が、カプセル入りでランダムに出現する装置)である。
「……なんだ、ずいぶん暇そうじゃないか」
アル・アームズマンは、すでに大半の指揮権を親戚に委譲していて、今は細々とした雑務に追われているようだ。
彼はさっとこちらを振り向いて、
「ふん、貴様か」
と、再びガチャガチャに向き直る。
「それって」
「貴様がいた宿屋のあたりから見つかったものだ。ありがたく接収させてもらったぞ」
「いや、それは別にいいんだが……」
京太郎は、古びた机の上で山のように散乱している空のカプセルを見て、
「……食い過ぎじゃないか?」
「一応、みんなに提供しても問題ないかどうか、全種類、毒味をする必要があるからな」
「全種……いや、無茶だ。それは気軽にコンプリートできるような類のものではない」
「そうなのか?」
「ああ。何せそれ、菓子と名が付くならば、この世に存在するあらゆるものが出てくるようになってるからな」
コンプリートガチャの闇、という言葉が頭にぼんやりと浮かぶ。
これが、京太郎の指定した通りの仕様に仕上がっているのなら恐らく、一生掛かっても食べきれないだろう。
アルはカプセルを空ける手を止めて、
「道理で……さっきからまったくダブらないと思っていた」
そして、口直しの水を一杯、グビリと飲む。
「一つ、貴様にクレームつけていいか」
「ん?」
「これ、カプセルの中身が何か、表示できないか? そうでないと怖くて口に入れることもできんものがある」
「それも醍醐味だと思うんだが」
「ふざけるな。――さっきからひどいものばかり食わされている」
「例えば?」
「苦しょっぱいタイヤみたいな味のする飴とか、ニホン人が食うとか言う……なんか豆を甘く煮た気色悪いやつとか」
あんこ駄目な人か、こいつ。
「一番ひどかったのは、オークの陰嚢の干物だ。よほど食い物がなかった時代の”探索者”がしゃぶってたやつだぞ。……くそったれ、いまだにあの、ねばっとした食感が残ってる」
「ははははっ、ざまあ」
小男は、額に青筋を立てながら、
「で?」
「ん」
「中身を表示できるのか、できないのか。……ちなみにこれは、避難民のために使うつもりでいる。オークのきんたま食わされたせいで暴動が起こったら、貴様のせいだぞ」
「……あー。確かにそれはまずいな。わかった」
京太郎は、鞄から『ルールブック』を取り出し、
【名称:お菓子ガチャ
番号:SK-16
説明:この世界に存在するお菓子がカプセル入りで排出されるガチャガチャ。
内容はランダム。】
この項目に、
【補遺:菓子には有毒な成分が混入しないようにする。
補遺2:カプセルには、中に何が入っているか刻印されるようにする。】
「よし」
そしてアルは、再び”お菓子ガチャ”のレバーを捻った。
出てきたカプセルには、『カブトムシの幼虫チョコ』とある。
見ると、チョコにまみれたカブトムシの幼虫は、まだ元気に生きているようだった。
「一つ、食うかい」
「いや、いらないっす」
「そうか」
アルは呟き、当たり前みたいにカブトムシの幼虫を摘まんで口の中に放り込む。
ぷちぷちかりごきゅ。
「そこそこイケるな」
坂本京太郎は、「やっぱりこいつとは友だちになれそうにないな」と思った。
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