第159話 ひねくれ者

 室外機がうなりを上げ、生ぬるい風が吹き抜ける中、ソロモンとの対話は続く。


「もう一つ、お聞きしておきたいことが」

「なんでもドーゾ」

「ウェパルは、解雇になった社員は、――どうなるんです?」


 あるいは、どうなったか。


「サテ。それは本人次第、トイウか。収入がナクナッテ困るのは彼女デスし」

「何か、罰みたいなものは与えられるんですか?」

「罰?」


 ソロモンは少し眉を段違いにして、


「罰ナラ、彼女が彼女自身に与えるミタイなので、必要アリマセンね」

「というと?」

「彼女、百年引きこもる、みたいなこと言ってマシタ」

「百年……」

「ダカラ京太郎さんも、彼女のコトは忘れた方がイイデスよ」

「そういう訳には」

「ナンで?」

「私は、彼女のことが好きなのです」

「……アー。ソウイウ……」


 ソロモンはなんだか、本当に驚いた顔をしていた。それが少し不思議に思える。彼のことだから、どんなことでも万事承知の上、という感じがしていたのだ。


「デモ、あんまりオススメしないなぁ。あの娘ってホラ。……本人が望むと望まざるとに拘わらず、周囲を堕落させてシマウので」

「ソウなんデスか?」


 あっ、なんかしゃべり方が感染した。


「エエ、ハイ。それが”悪魔”と呼ばれる存在の、やむを得ない性質なのデス」

「……彼女は悪魔なのですか?」

「ハイ。他の同僚みんながソウ、という訳ではアリマセンが、彼女に関しては正真正銘、正式な手順を踏んで堕天した神の使いなのデスよ」

「でも、――だからといって」


 ずっと独りぼっちというのは、あんまりじゃないか。


「彼女のことなら、ご心配ナク。彼女は一人遊びの天才デスから。コレハ、”悪魔”が本来持つ性質なのデス。シバラクそっとしてあげマショ」

「しばらくって……それ、いつまでです?」

「さあ? 彼女が納得するマデ、としか」

「ううむ……」


 空しい、と思った。

 甘い報酬が待ち受けているとわかっていたから命を賭けたわけではないが。


「でも、もし、彼女がまた会いたくなったら……」

「サスガに、それを拒むほど私も無粋じゃアリマセンよ」

「そう、ですか」


 京太郎は呟く。

 妙な間が生まれた。

 先に口を開いたのは、ソロモンだった。


「一つ、ヨロシイ?」

「はい?」

「彼女の感じ方は、ワレワレとは違います。綺麗は汚い、汚いは綺麗、といったふうに。ワレワレが美しいと思うものに踏み潰された鼠の死骸を見いだし、ワレワレが醜いと思うものに星々の輝きを見る」

「はあ」

「彼女は誰よりも頭が良い。彼女は誰よりも早く、問題の最適な解決手段を見つけ出し、――そして、のデス」

「そうですか」

「それでも、――ソンナ業を背負った女デモ、……アナタは、愛しているのデスか?」


 京太郎は眉間を揉んだ。

 この人、ずいぶんとこっぱずかしいことを真顔で聞くな、と思う。

 そして、応えた。


「ええ。――かくいう私も、ひねくれ者なのです」



 深夜のコーヒーブレイクは、残念ながらそこで打ち切りとなった。

 屋上の扉が開いて、例の黒人女性が顔を出す。


「――あのぉ。ソロモン、……そろそろ」

「アッハイ。オーケイ。了解デス。今行きます」


 ソロモンはちらとこっちを見て、


「それじゃ、今夜はここまで。今日はもう帰って身体を休めてください。また何かおしゃべりしたくなったら、この時間帯なら会社にイルと思うノデ、いつでもドーゾ」

「はい」


 威勢良く応えて、――一拍遅れて、京太郎は彼の背中に訊ねた。


「あの!」

「――ン?」

「最後にもうひとつだけ、いいですか」

「ドーゾ」

?」

「エ?」

「どうして、――私を選んだんですか? あなたさっき、この会社の人間はみんな異世界転移者だと言いました。それってきっと、特別な力を持った人たちの集まりってことじゃないですか?」

「エエ、マア」

「……それなら、どうして私みたいな普通の人間を……」


 ソロモンは笑って応えた。


「そりゃ、単純ですよ」

「……………?」

「我々みたいな生まれつきの強者はドーモ、上から目線でモノを見るクセがアリマスからねぇ。弱い人の立場に立てる人。弱い人の気持ちで、モノを考えラレル人。ソウイウ人の力が、どうしても必要だったんデス」


 京太郎は眉間を抑える。

 ちょっとだけ、聞かなければ良かったと後悔した。

 実は自分には隠された特別な力が宿っていて、その力を見込まれて……みたいな話だったらいいな、と、そう思っていたのだ。


 とはいえ。

 この出会いに感謝してない訳ではない、が。


「ソロモン。……本当に、そろそろ……」

「エエ、エエ。ワカッテマス。――それではまた。坂本京太郎さん」


 そう言い残して、ソロモンは屋上を去る。

 残されたのは、坂本京太郎ただ一人になった。

 缶コーヒーを飲み干して、大きく嘆息する。

 その時初めて気付いたのだが、その缶コーヒーがとてつもなく甘く感じられていた。

 腹が、減っている。

 どうやら自分の身体は今、人一倍栄養を欲しているらしい。


「……ラーメン食って帰るか」


 煮卵、チャーシュートッピングに、炒飯もつけて。

 今日くらい、そういう贅沢が許される気がした。

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