第154話 走馬灯
「ふう、――」
坂本京太郎は、全身についた埃をぱっぱと払いながら、深呼吸……しようとして、少しむせる。
当たりはまだ、まともに呼吸するのも困難なくらい土埃が舞っていた。息をしているだけで健康を害してしまいそうだ。
たぶん”無敵”ルールに守られているから平気だろうけど。
ウェパルはというと、”量産型エクスカリバー”を中段に構えて、敵意を蔓延させていた。
――それにしても……短期間に、同じ人から二度も振られるとは。
とか、間抜けた感想を覚えつつ。
我がことながら、自分の性癖には困ったものだ。
学生時代からそうなのだ。
こういう、ヘンテコな人を好きになってしまうのは。
でも、これで何もかも最後だ。直感的にわかる。
恐らくステラたちは助かっていると思いたい。彼らに望むのは、無事でいてくれること、それだけだ。
助けは、――期待していない。
どちらにせよ、灰色の土埃に覆われたこの状況では、こちらを見つけ出すことなどできないだろう。
ぶっちゃけると、勝ち筋はすでに一つ、見つけている。
とにかく時間を稼いで、ウェパルが怪我で動けなくなるのを待ってから、彼女を抱えて現実世界へと帰還する。
そしてソロモンさんかサブナックさんを呼び出して、事態の収拾を頼む。
それでいい。
――だが。
それがベストだとわかっていても、やはり。
彼女が動けなくなるのを待つような作戦は、違う。
そうして事態を解決するのは、まったく京太郎の主義に反していた。
――何よりそれでは、彼女が救われないじゃないか。
新米の京太郎にだってわかる。彼女は今、重大な規則違反を犯している。
別の世界から無敵の道具を持ち込むなどと、そんな裏技めいた真似が許されているのであれば、『ルールブック』の力など借りずともやりようがいくらでもあるはずじゃないか。
だから京太郎は、まず一歩、彼女に向かって踏み出した。
――ぼくは、……優しい神様がいる世界に棲みたい……です。
シムの言葉が、思い出される。
走馬灯の如く、かつての出来事が脳裏に蘇っていた。
――管理者よ! 慈悲深い男だ、お前は。
――そうか。……あんた、良い人なんだな。
――ひょっとするとこの男は、ぼくたちの希望なのかもしれない。
――たった一人で良い。あんたみたいに考える人が、身近にいてくれりゃあなァ。
――好きになったら多少はオラオラ系でいくのが恋愛の基本でしてよ?
――バルニバービの沼地出身の男は、友だちのために死ぬことなどなんとも思わない。
――”勇者”であるための、ただ一つ条件を挙げるなら。……自分を含めた何もかもを救うという、強い意志を持つことだ。
知ってる、これ。走馬灯ってやつ。
これまでウェパルは、同僚である自分の命だけは守ってくれていた。
だが今の彼女からは、そうした容赦がまったく感じられない。
――あたしたちだけ専用の……チームの証。
「あー、やばいな。私これから、死ぬかな……」
それはまるで、”蜻蛉の夢”を見ているかのようだった。
とはいえ、勇気はもらえている。
これまでの出来事全てが、背中を押してくれている気がした。
「………………………」
ウェパルは無言のまま、手持ちの剣に力を入れる。
その時だった。
ごと、と、音を立てて、二人の間に一人、人影が現れる。
カーク・ヴィクトリアであった。
今の彼は、もはや生きているのが不思議、といった有様で、口元にはひどい吐血のあとがある。
彼はぼろぼろの身体で短刀をウェパルに投げ、もう一つの短刀を京太郎にも投げた。
「おっと、――」
だがその勢いは実に弱々しく、京太郎もウェパルも、なんなく避ける。
「なにがしたいんだ、君……?」
その答えを聞くことはなく、奇妙な男は不敵に笑みを浮かべて、……そのままバタリと息絶えた。
彼の身体が光に包まれ、魂魄となっていく。
そして、魂が虹色の残光を残して飛び去る、――その瞬間が合図となった。
ウェパルが地を蹴り、京太郎はそれを迎えうつ。
一騎打ちの絵面だが、こちらに武器はない。策のようなものもない。
――まず、一撃をまともに受ける。で、彼女に”バクの腕輪”を使う。
それ以外にない、と思った。
その結果何が起こるかについていろいろ考えたが、いま、彼女を救うには他の手はなさそうだ。
だから仕方ない、と思っていた。
この時京太郎は、ごく自然に、特別に強い意志などもなく、当たり前のように死を受け入れている。
そして、ほとんど事前に予測した通り、《量産型エクスカリバー》の一撃が、彼の胸を貫いた。
「グ、ヌ………………っ」
史上最悪の異物感が、喉を通ってせり上がってくる。
口から、どろりとしたものがこぼれ落ちる。
――都合の良い想像は当たらないのに、都合が悪い想像に限って当たるものだな。
とはいえ、痛みはそれほどではない。
ウェパルはというと、なんだか泣きそうな顔をしていて、自分のしたことを自分でも信じられないでいるかのようだ。
――泣かないでくれ。
京太郎は、そんな彼女に、”バクの腕輪”を当てる。
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