第151話 やられ役

 付近で救出作業を進めていた大量の”ゴーレム”。

 英霊十数基と、ルーネ・アーキテクト。

 アル・アームズマン。

 カーク・ヴィクトリア。

 それに加えて、恐らくは隠れて様子を見ているサイモン、ステラ、シム。


 通常であればこれほど頼もしい布陣はないのだが。

 今、ウェパルを取り囲む彼らはまるで、物語の主人公を相手にするやられ役のようですらあった。



 まず、バネ仕掛けの玩具のように動いたのは、英霊が四基。

 彼らはほとんど一瞬にして刈り取られた。”量産型エクスカリバー”は見たところ羽根のように軽く振り回せるくせに、その切れ味はぞっとするほど鋭い。


 敵に囲われた同僚は、取扱説明書のようなものを眺めながら戦っていられるくらいに余裕があった。


「えーっと、フムフム。……『柄の所を捻るとビームが出ます』っと」


 そして、そのようにする。実際にビームが出た。それは金色に輝く一本の光線で、発射音などはなく静音性もばっちり。威力も申し分なく、続けざまに彼女に覆い被さった”ゴーレム”を一体、ぼろぼろの消し炭と変えた。


「ふーん」


 ウェパルはつまらなそうに頷いて、


「斬った方がハヤイや」


 呟き、彼女の足下から生えてきた土の腕に向け、ふわりと剣を落とす。

 たったそれだけで、地中に隠れていた”ゴーレム”の全身が百万回刻まれたようにボロボロになった。

 どうもこの剣、状況に応じて形を変える力もあるらしい。

 剣が届く範囲であれば、ほとんど自動的に敵を打ち倒してくれるようだ。


 それから、その場にいる誰の目にも結果がわかりきった攻防が続いた。


 無尽蔵に襲いかかる巨躯の”ゴーレム”と、吹けば飛びそうな、細腕の女の戦い。

 彼女に斬りつけられた”ゴーレム”はことごとく両断され、岩の塊と化していく。

 その異常さを誰よりも思い知っていたのは恐らく、――アル・アームズマンとカーク・ヴィクトリアであろう。

 いま虫けらのように斬り捨てられている”ゴーレム”は元来、熟練の”探索者”たちが幾重にも保険をかけた対策を立てて初めて討伐が可能な怪物なのだ。

 彼女の姿を観測した者の多くは、そこに奇跡の御業を見た。


――目の前で戦っているあの女は、天の使いではないか。


 そう思わざるを得ない者がほとんどだった。


 とはいえ、そこで引き下がるような”人族”ではない。

 坂本京太郎はよく知っている。

 それは一度でも戦士を志したものであれば、まず覚えなければならない基礎的な心構え。

 この世界では、自分の実力の万倍をこえる怪物と戦わなければならないようなことが日常的に起こりうる。

 “人族”は伝統的に、圧倒的強者との戦闘に慣れているのだ。


「なあ、カーク」

「――は」

「あれやるか? 前に飲みの席で考えた……万が一”勇者”クラスの敵と戦う時になったら試してみようって言ってたやつ」

「それって……ひょっとしてあれですか。”とにかくウンコぶつけまくって敵の精神が参るのを待つ”っていう」

「それだ。あのこまっしゃくれた女が糞まみれになるところが見たい」

「――ふむ。試してみる価値はありますが。……糞はどこで調達します?」

「なんてな。いまのは半分冗談だ。逃げながら戦う手はない。彼女はここで始末するほか、我々に選択肢はないらしいからな」

「アー……、それは、つらい……ですね」


 そんな暢気な会話が剣戟の合間に聞こえてくる。

 かといって二人が遊んでいたわけではない。アルは”雷鳴の剣”を抜き、カークは以前一度見かけたことのある短刀を構えて、いつでも動けるようにしていた。

 恐らくだが”ゴーレム”と英霊相手に少しでも消耗させて、隙を見せた瞬間に襲いかかる算段だ。

 なるほど、ウェパルもいずれ、集中力が途切れる瞬間が訪れるだろう。

 だがなんとなく、その手を使ってもダメだとわかった。

 彼女の”無敵”を貫くことができたとしても、それだけではピースが足りない気がするのである。

 感覚的にわかった。

 もしこの勝負、……勝ち筋を見いだせるとしたら、それは自分をおいて、他にいない。

 京太郎は自身の片腕を見た。

 右手は、自分でも見ているのが厭になるくらい醜く焼けただれている。

 治癒は、――どうしたことか、できそうになかった。

 別の世界の武器で傷つけられたものは、こちら側の世界のルールで癒やすことはできない、ということだろうか。

 となると、彼女が持っている”核爆弾”を破裂させた場合、その破壊は”管理者”の権限ではどうにもならないことを意味している。

 そうした結果、ウェパルがどういう事象が起こることを期待しているのかは不明だが……。

 何にせよ、そのような真似だけは命を賭けてでも阻止する必要があった。


 京太郎は歯を食いしばり、目をつぶる。


――物語の主人公は、


 先ほど、ステラ・シムと話した物語論が少し、頭の中に残っていた。


――物語の主人公は、絶体絶命の危機をどうやって乗り越えるのがベターかな。


 そんな議論を、大学時代、映画研究会の仲間たちと弄んだ記憶がある。


 当時部活の代表でもあった”部長”はこう言っていた。


――そんなの、決まってるじゃないすか! 心よ、心! 心の在り方で勝ちゃあ、結果はついてくるってモンさっ。どだい悪役なんて連中はムジュンの塊なんだから、説教カマして、ひるんだトコロに奇跡が起こる! どかーんばかーん大勝利! 正義は勝つ! ってね。


 彼女と仲が良かった”副部長”は、


――個人的には、あくまでロジカルな展開が好みですね。詰め将棋みたいに、全ての登場人物に役割があって決着が付くようなのが、僕は好きです。


 その場に居合わせていた後輩によると、こうだ。


――それは現実的じゃないと思います。だってこの世の中、全ての人やモノに意味があるなんてとても言えないじゃないですか。世界はランダムな事象の積み重ねで成り立っているんだから、枝葉末節はあっていいんじゃないかと。


 ”総務”を勤めていた同期の女の子は、


――あ、あたしはその、必ずしも勝つ必要はないかと。視聴者を論理的に納得させられない場合は、例え正義であっても負けてしまう、というのも一つの物語の在り方ではないでしょうか。


 ”企画広報”を勤めていた廻谷浩介によると、


――そうはいっても、勝たなきゃ視聴者が納得しないケースがほとんどだろ? エンタメ映画ってぇのはキホン、全ての因果に決着がつくのが好ましい。……たとえば、幼児虐待してヘラヘラ笑ってるような輩が幸せになって終わり、みたいなお話、みんな納得しないじゃないか。


 つまるところ。

 ”正義”を標榜する限り、主人公は常に勝たなければならない、という結論。

 世の中、いつもそうではないことはわかっている。


 だが少なくとも、今回だけはそうでなくてはならない。

 自分のためにも、――そしてたぶん、ウェパルのためにも。


――”バクの腕輪”を使う。あれの力で、最後の説得を試みる。


 だがそれには、今や超人の如く立ち回る彼女の隙を突かなければならない。

 一歩間違えれば、――死。

 その覚悟に関しては問題ない。実を言うと今朝から起きてきたこと全てが、この決意を固めるためにあったと言っても良かった。


 問題は、たった一つしかない命の弾丸をいつ発射すべきか、ということ。


 そしてもう一つ。これが地味に大きい。


――”バクの腕輪”。……たぶんあれ、ソフィアが持ってったまま返ってきてないよな?


 これである。

 工藤、――あの、後輩の女の子が言っていたとおり。

 ちらりと、先ほどソフィアが殺された位置に視線を送る。

 ”ユニコーンの鎧”と一緒に、”バクの腕輪”が転がっているのが見えた。

 ……さっき『ルールブック』渡すとき、一緒に返してくれればよかったのに。


 ソフィアがうっかり、返すのを忘れていたのか。

 それとも、素知らぬ顔でがめておくつもりだったのか。


 何にせよ、京太郎の前に立ちはだかっている壁は二つ。


 ひとつ。ウェパルにバレないように”バクの腕輪”を拾う。

 ふたつ。そして彼女の隙を突き、”バクの腕輪”を彼女の頭に乗せる。


 片方だけなら何とかなったかもしれない。

 だが、両方同時に、となると……。


――世の中は、ランダムな事象の積み重ねですからねぇ。


 そう言った彼女の言葉が思い出される。


――だから気にしないで下さい。きっとせんぱいは、一人でも立派にやっていけますよ。


 そういえばそれが、かつて愛したひととの、別れの言葉であった。

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