第150話 ヴィラン
この世の中で一番辛くて恐ろしいのは、金がなくなることだと思っていた。
いや、いまでもわりとそう思う。金がないということは、京太郎の所属する社会においては四肢をもがれたのとほどんど同じだ。
電気、ガス、水道、食費、ネット代。
それら全てが失われてしまった時のことを考えて、――京太郎は奈落の底にまで落ちていく自分を夢想したことがある。
今ちょうど、そんな気分だった。
一歩先すら真っ暗闇の恐ろしい空間で立ちすくんでいる、というか。
脳みそのどこか一部分が麻痺している、というか。
「ウェパル…………」
鏡を見なくてもわかる。
きっと今の自分は、世にも情けない顔をしているに違いない。
彼は少年向け冒険譚に描かれるようなヒーローではない。伝記物語に描かれるような偉人でもない。
ごくごく平凡な、サラリーマンにすぎないのだ。
熱にあぶられた右腕が、彼女の怨嗟を物語るように痛んだ。
――これで十分、気が晴れたんじゃないか。もう止めようぜ。
そう、目だけで訴えかける。
実を言うとこれは、わりと効果的な一撃を彼女に与えていた。京太郎と目を合わせたウェパルは、それだけで一瞬、苦渋に満ちた顔をする。
とはいえ、
「――六人」
風が吹き荒れて、ニーズヘグが砕いた街に土埃を舞わせた。
「もう、今の私には、六人の”勇者”全てを殺すことはできない」
「………………」
「でも、――その半分。
”鉄腕の勇者”リカ・アームズマン、
”反魂の勇者”ライカ・デッドマン、
”無敵の勇者”アキラ・ソードマン、
……彼ら、正しい心を持つ”勇者”だけなら、いつでも呼び寄せることができた。呼び寄せて、殺すことができた。最低でもそれだけは果たす。それが私なりのケジメ」
自分の仕事を否定される辛さは、痛いほどわかった。
時にそれは、自分の人生を否定されるのに等しいことがある。
だからといってそれが、――他人を傷つけていい理由にはならない、が。
「これからこの世界に起こることをいちいち説明したりはしない。けど、この街に起こること。それだけはあなたに教えておく」
ウェパルは、ポケットから手榴弾に見える形状のものを一つ、とりだした。
「それは……?」
「これ、
「は、――はァッ!?」
あまりにも突飛なワードが飛び出したもので、京太郎は耳を疑う。
「そんな……小型の核があるわけ……っていうかそもそも、――」
そんなもの、どこから持ってきた?
その質問に答えるように、ウェパルは応えた。
「”WORLD0095”。……私たちがふだん住んでいる世界でも、もちろんこの世界でもない。”金の盾異界管理サービス”が請け負っている世界のひとつ」
「0095……?」
その番号は何度か見かけている。京太郎がいつも《ゲート・キー》をかけておく場所にあった鍵の名前だ。
――ずっと、どういう世界なのかは気にはなっていた、が。
この分だと0095は、ずいぶん科学技術の進んだ世界らしい。
「……こことは違う世界のアイテムだから、この世界のルールには縛られない。……あなたの”無敵”ルールであっても防げない。……まあそれは、あなた自身の身体で痛いほどわかってるみたいだけど?」
京太郎は、もはやほとんど使い物にならない右腕を見る。
あまりのことに、すでに痛みは麻痺しつつあった。
「うん、うん。じゃ、信じてもらえたなら、――京太郎くんは、この街から退去してもらうよ。あなたが大好きな定時帰りでね。明日の出勤までには、全部終わらせておくから」
「イヤだ」
京太郎は驚いている。これより下がないと思ったときに限って裏切られるものだ。
金がないことよりも。
恋に破れたことよりも。
友だちの頭が完全にイカレてしまったと知った瞬間の方が、もっとひどい。
「命に代えてでも、それは防ぐ」
「……ハハッ」
ウェパルが自嘲気味に笑って何か言おうとした、その時だった。
ぎゅん、と空気を裂く音がして、彼女の顔面、そして腹部目掛けて、輝く石が二つ、着弾する。
ステラの仕業だろう。
「ばっ……!」
馬鹿っ、まだ逃げていなかったのか! と、振り返って叫ぼうとする……が、シムとステラ、そしてサイモンの姿はどこにもない。
どうやら今のは、長距離から狙い撃ちするタイプの術だったらしい。
命令に従いながらも、自分にできる最大限の反抗をする。
彼女らしい意思表示だと言えた。
きっとどこかで、この会話も聞いているのだろう。
とはいえ、ウェパルは蠅が止まったようにも感じていないらしい。
構わず、彼女は続けた。
「だったら、力尽くで帰ってもらうだけだよ?」
そして彼女は、自分の剣を掲げて、
「これね、――”エクスカリバー”っていうの」
「えくす……?」
知っている。
ファンタジー向けRPGによく登場する、大抵は最強クラスの剣だ。
「こっちの世界にはアーサー王伝説にちなんだモノは存在してないんだけど、……”WORLD0095”には、
「……………」
「覚えておくといい。とある世界ではカナヅチ程度のものが、別の世界では無敵の武器になりうることがあるってこと」
その次の瞬間だった。彼女の持つ”量産型エクスカリバー”が一瞬、太陽の光を受けて煌めいたかと思う、と。
轟音。
そして、彼女の背後に詰まれていた瓦礫の美しい断面が見える。
『……無念なり』
その影に隠れていたのは、先ほど”魔導施設”内にて戦った、英霊が二基。
ルーネ・アーキテクトが密かに呼び寄せたものだろう。
ちなみに彼女は今も、素知らぬふりで降参のポーズを取っている。あるいは自力で立ち上がれないだけかもしれない。
ルーネの攻勢はそこで終わったわけではなかった。
ウェパルを取り囲むように、先ほど倒したはずの英霊が、二十、いや三十基。――さっき倒したはずの”ロト”までもが蘇り、剣を構えている。
霧散したはずの魂が蘇った理由に関しては後々彼女から説明を聞くとして、増援はそれだけではなかった。
いつの間にか集まってきている、数千から成る”ゴーレム”の軍勢。
英霊に囲まれて、相変わらず苦い顔で剣を構えている男、アル・アームズマン。
その傍らでもっと苦い顔をしているのは、カーク・ヴィクトリアだ。
――ステラ……。
彼女が集めた軍団だろう。それにしても対応が速い。
恐らくだが、一時預けていた予備の”異世界用スマホ”を使ったのだ。
「これが、――京太郎くんを助けに来たぜんぶだよね?」
敵に囲まれている女一人、という構図にもかかわらず、ウェパルは不敵に笑うばかり。
「京太郎くん。覚悟して。――これから、あなたの友だちがたくさん死ぬから」
彼女は、”量産型エクスカリバー”を、釣り糸を垂らすように持つ。
対する返答は、アルとカークの口から、ほぼ同時に聞こえてきた。
「「そいつとは別に、友だちじゃない」」
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