特別篇 『きよしこの夜』
世界がイルミネーションに満ちる中、私はぼっち生活をエンジョイしていた。
お昼はヤサイ増し増しのニンニクラーメンを食べて、夜はたぶん、コンビニで買ったパンかサンドウィッチで済ませるだろう。
そんなクリスマスイブ。
でも、これっぽっちも寂しくない。
ネットに接続すれば、何万人ものリスナーが私を待ってくれているのだから。
そうさ。私はこれっぽっちも寂しくない。
「やあやあ、おはこんばんにちは! クドリャフカだよっ!」
――ようBBA。今日も元気か?
――BBAの声は今日も可愛いなあ
――古参やが、マジで婚活してもいいんやぞ。俺らはクドちゃんの味方や!
――さすがに三十手前でガチぼっちなのはファン的にも不安ゾ……
「ククククっ。うっせーよ、おまいら……」
暗い部屋。
マイクに向けて口を開く。まるでライブ会場で歌うように。
端から見たら、カンペキに頭のおかしい人だ。
「ま、いいや。今日はぁ、――新作のゲーム実況しようかなって思ってるンだけどぉ」
――お?
――なんやなんや? マリカーじゃないのか?
――まさかスマブラ?
――スマブラの発売は来年やゾ
「じゃーん! 信長の野望でーす!」
――ズコーっ
――誰得だよBBA。
――シミュレーションとかお前……いちばん生放送に向いてない……
――じゃ、いまからキズナアイの動画観てきます~
「クククククっ、まあ、見とけって。ホモ武将縛りで聖夜を最高の夜にしてやっからよォ!?」
なんて。
そんな日々。
でも。
こういう夜は、ときどき思い出す。
今から十年くらい前に、――付き合っていた男の人のこと。
坂本京太郎せんぱい。
あの人、いま何してるかな。
たまには、連絡取ってみようかな?
私がYouTuberなんてやってるって知ったら、どういう顔するだろう?
いや、アンテナが広いあの人のことだ。
あんがい知っているかも知れない。
あれから、すっかり男っ気のない年月を送ってきたけど。
それでももし、このリスナーの中の一人が京太郎せんぱいだったら。
ちょっとだけロマンチックな夜な気がした。
遠く、窓の外から聖歌隊の歌が聞こえている。
住所バレがちょっと怖くなり、それとなくOBSの音量設定を弄るなど。
「そんじゃ、さっそく始めるねーっ!」
皆に向かってそういったときの私はすでに、ゲーム実況者”クドリャフカ”となっていて、実に正確なキー操作でゲームを始めていた。
▼
京太郎せんぱいと出会ったのは、大学一年の夏。
せんぱいは映画研究部の四年生で、すでに就職が決まっていて暇だからか、よく部室に顔を出していた。
もともとあんまり人付き合いが得意じゃなかった私に、せんぱいはよく話しかけてくれたものだ。
今思えばきっと、私の可愛さにヤられちゃってたんだと思う。そうに違いない。一目惚れだったのだ、――お互いに。
大学に入ったら、少女漫画みたいな、純でプラトニックな恋がしたいと思ってた。
せんぱいはそれにぴったりだった。奥手だったからね。
みんなはせんぱいを、キモオタだとか、空気読めない奴とか、そういう風に言ってたけど、私はそうは思わない。
せんぱいはあれこれ気を回しすぎて、その結果、自分でも訳がわからなくなっちゃうタイプの人なんだ。
こんな話がある。
あれは、部室で、部員の一人が持ち込んだニンテンドー64でスマブラしてたときのこと。
ゲームの腕前は、せんぱいが一番で、私が二番目くらい。その他の部員は似たり寄ったり。最下位だった人が入れ替わりで、順番にプレイする流れ。
でも、へんてこなんだ。せんぱいが得意なのはヨッシーっていう、わりとテクニカルなキャラなんだけど、戦うメンツによって立ち回りが全然違ったりするんだよ。
私と戦う時はいろんな技術を多用するくせに、他の部員相手の時は明らかに手を抜く、みたいに。
あとで問いただしたら、せんぱいったら、部員全員、遊ぶ回数が均等になるようにわざと負けたり、勝ちすぎている人をやっつけたりしてたんだってさ。
せんぱいのそういうところが好きだった。
でも逆に、――そういうところが大嫌いでもあった。
最終的にせんぱいったら、演技が面倒になったのか、わざと自殺しちゃったりして。
あの時はしらけたなー。
懐かしいね。
――おいおい、クドちゃん
――ばか反対側から攻められてるぞ!
――ホモの王国がぁあああああああ
――【悲報】シンゲンの尻が掘られている件
画面に流れるコメントで、私は正気に返る。
「うわああああああああああみんなごめん! あぶねー! いっけー! シンゲン! ふーりんかざんだ!」
▼
暗い、アパートの一室で。
坂本京太郎は一人、胡乱な表情で布団を被って、お気に入りの実況者のチャンネルを開いていた。
『クドリャフカのクリスマスげーむはいしん!』と題されたそのネット生配信をぼんやり眺めつつ、
『じゃーん! 信長の野望でーす!』
その一言に、フヒヒッと不気味に笑う。
――工藤。……変わってないな、あいつも。
「社会の敗残者」を絵に描いたような格好の彼は、さっきなんとなく手に取ったコンビニのケーキを二つ、キーボードで手狭な机の上に並べて、そのうち一つを手づかみでムシャムシャした。
「甘い。甘いな……」
呟く。
そして、もう一つをムシャムシャ。
「やはり甘い……」
ワンルームの狭いアパートの中、応えるものはいない。
モニターの中、リスナーに囲まれて楽しくゲームを実況する「クドリャフカ」とは大違いであった。
『おいおい、みんな知らないのぉー? ノッブもシンゲンもマサムネもイエヤスもナオマサも、みーんなホモなんだぞっ! 日本はホモが作った国なんだぞ! ばんざいばんざい! ホモばんざーい! ぎゃああああああああああああああああああノンケのヒデヨシが裏切ったあああああああああああああああああああああああ!』
ケーキを一つ食べ終えた京太郎は、ちょうど出来上がっていたカップ麺の蓋を開けて、啜る。
――たまには、……連絡取ってみるかね。……ああいや、やめとくか。あれこれ忙しいところ電話に出たら、未練たらたらの元彼で、しかも無職とか。みっともないにもほどがある。
貯金は、まだある。
とはいえ、この生活が長く続けられるほどではないことはわかっていた。
今の自分が、みんなのアイドルになってしまった彼女と釣り合うとも思えない。
――やれやれ……。
来年の今頃、自分はどうしているだろうか。
まるで、暗い道を一人で歩いているみたいだ。
――うまいこと、良い感じの職場を見つけられたらいいんだが。
遠く、聖歌隊の歌が聞こえている。
工藤もこの歌をきいているだろうか。――いや、ないか。
画面の中の彼女は今、ゲーム実況に集中しているようだし。
カレンダーを見上げる。
今日は、2017年、12月24日。
――貯金は……もって、来年の夏までか。
ため息を一つ。
それでも、小さく呟く。
「きよしこの夜。ほしはひかり……」
救いの御子は。
まぶねの中に、眠りたもう。
▼
カップ麺を食べ終えてウトウトしていると、かたん、と、郵便受けに何かが届く。
慌てて確認すると、――それは、恐らく百件目くらいになる不採用通知であった。
坂本京太郎が異界管理人となる、八ヶ月ほどまえの出来事である。
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