第135話 半分の半分

 最初の軍勢を始末してから、死霊の騎士たちはぱたりと姿を見せなくなった。

 

――どこかで罠でも張って待ち受けている、ってとこか。

 

 しばらくの間は、のどかな散歩、……という風に見えなくもない前進が続く。

 そんな一行を、アルラウネと呼ばれる花弁の間からヒトの上半身が生えたような種族が、興味津々な表情で柵越しに眺めていた。

 日光の下、緑肌の裸体を晒す彼らは、どことなく妖しい笑みを浮かべてこちらに手招きしている。


 普段なら興味津々に彼らとコミュニケーションを試みたりしているところだが、残念ながら今はそんな気分ではない。自分たちの遙か後方には、置き去りにしたステラの姿があった。

 最悪なのは、このタイミングでウェパルが帰還することだが、そこをくよくよ思い悩んでいては目的が果たせないだろう。


「なあ、サイモン」

「どうしたぃ? 旦那」

「その、――君に預けたガントレットの件、まだ使い道はわからないのかい?」

「ああ、それね……」


 彼は、自身の腕にぴったりと装着された、金色に輝くそれを眺めて、


「うん。さっぱりわからん」

「でも、昔見かけたことがあるんだろ?」


 こういう時『ルールブック』があれば、――と思うが、今回はお預けだ。

 手持ちの手札だけで事態を解決しなくては。


「んー、……そうかもしれんが……」


 サイモンはガントレットを太陽に透かしてみて、


「っつっても、このままでもいいような気もするんだ」

「?」

「これ、信じられないくらいすげー頑丈でしてねぇ。”マジック・アイテム”としての使い方は置いておいても、良いものだと思うんすわ」

「そうか」

「それに、そういう扱い方の方が、俺にふさわしい気がするんでさぁ。……昔っから、あれこれややこしい戦い方はしてこなかったモンだから」


 京太郎が考えたルールは、”その者にふさわしい装備を自由に生み出せる”とした。


――ただのめちゃくちゃ頑丈なガントレット。


 まあ、その可能性もなくはない。

 京太郎は嘆息して、少し早歩きでソフィアの横に並ぶ。

 相変わらず身体のラインをくっくり浮き彫りにした彼女は、少し目のやり場に困る格好だ。できればコートを羽織って欲しいと忠告したくなる。もちろん彼女はそれを嫌がるだろう。「せっかく動きやすいのに、何故?」みたいに。


「一つ、聞いて良いかい」

「なんですの?」

「いや、――今のうちに、今後の動きを話しておこうと思ってさ」

「今後?」

「ああ。とりあえずこの一件が解決したら、私たちはここを去るつもりでいる。もし君たちが着いてくるのであれば、合流する場所を話しておこうと思って」

「しかし、それは少し気が早いのでは?」

「わかってる」


 問題は未だ山積みだ。

 事態がそう簡単に解決するかどうかはわからない。


「ただ間違いないのは、今後、この国はしばらく、混沌とするだろうってことだ。……申し訳ないが、私はこの国を再興する手伝いまでしていられない。だから、事態が解決したら、なるべく早く船で他国に移動しようと思うんだ」

「……ふむ」

「ところで、この辺で最も近い港はどこかな」

「南東に少し行ったところに、港町があります。――最新式の船と船乗りにはちょっとしたツテが」

「船は、どこへ向かう?」

「バルニバービの方面へ」

「バル……なんとかというと……」

「バルニバービは基本的に無法地帯ですが、天空の国ラピュータには名無しの”勇者”がいると聞きますワ」

「名無し、というと……あんまり評判が良くないやつだよな」

「というよりは賛否両論、というべきかと。そういう意味ではとても人間らしいと言えますワね」


 そうか、と、京太郎は口の中で呟いて、


「では、次は彼女のところに顔を出すとしよう」


 リカとの交渉次第ではあるが。


「約束は、――そうだな。来月の一日。日が昇ると共に。もしその時間に君たちの姿がなければ置いていく。仲間にもそう伝えてくれ」

「承知しました」


 ソフィアは、筆で描いたように形の良い眉を寄せて、


「しかし、それもこれも、あなたがこれから塩の柱にならなければ、ですが」

「まあね」


 とはいえ、京太郎はその辺、すこし前向きに考えてはいる。

 もし最悪、自分がしくじっても、――彼女たちが控えていればなんとかなるだろう、と。

 ソフィアも、自分のワガママで街の人を犠牲にしたいとは思っていないはず。彼女なりの次善策が用意されていることは疑いようもなかった。

 もちろん、彼女の信頼を勝ち得るためにもベストは尽くさなければならないが……。


「ひとつ、――お聞きしてもよろしいかしら?」

「なんだい」

「あの、エルフの少女とはいつ、お知り合いに?」

「ああ。君らと会ってから、すぐ後だけど」

「それであの懐きようなのですか?」

「懐く?」


 京太郎は少し考え込んで、


「まあ、冗談を言い合えるようになるまでにはちょっとかかったけど。懐くってほどなのかな」

「エルフとまともなコミュニケーションを取る、ということ事態が本当は大変なことなのですよ」

「そうなのかい」


 ステラもあの”魔女”も、最初からわりと社交的だった気がするが。


「あの娘、わりと可愛いですよね?」

「ん。そうだね」

「もう一つ、――お聞きしてもよろしいかしら?」

「なんだい」

「京太郎さんは、あの若いつぼみにその、穢らわし、……いや、男性特有のドス黒い……いや、吐き気を催すような……うーんと違う、ごつごつした肉の欲望を……そうではなくて、つまり……」


 京太郎は少し呆れて、


「手を出したことがあるかってことかい」

「まあ、有り体に言うと」

「ないよ」


 男として、まったく劣情を抱いたことがないかというとさすがに嘘になる、が。

 あの、自分を完全に信頼している無邪気さとふれあうと、案外そういう気持ちは沸かないものだ。


「ほほぉぉぉおう」


 ソフィアは、なんだかかつてない妙なため息を吐いて、


「それはつまり、――彼女は綺麗な身体ということですワね?」

「まあ。……でも、それを知ってどうする?」


 ちょっとだけ厭な予感がした。


「そりゃもう。機会があればペロペロするつもりですが」

「――は? ぺろぺろ? ちょっと翻訳が……」

「ほんやく?」

「どういう意味?」

「オーラル・セックスをするという意味です」

「Oh……」


 お前たしか、アル・アームズマンとフラグ立ってなかった?


「君、ひょっとしてそっち畑の人?」

「? 言ってませんでしたか?」

「聞いてないけど」

「では、知っておいてください」


 眉間を揉んで、たっぷり十秒ほどの間。

 最近なんだか、同性愛の人とよく知り合うなあ、と思う。


――まあ、そーいう人って左利きと同じくらいいるってツイッターでバズったの見たことあるし。戦国時代はノッブもシンゲンもマサムネもイエヤスもナオマサも、みんな衆道を嗜んだと聞くし。


「……言っておくが。いついかなる時においても同意の上でなくてはダメだぞ」

「はあはあ。あなたひょっとして、モテないでしょう?」

「なんだと?」

「好きになったら多少はオラオラ系でいくのが恋愛の基本でしてよ?」

「――あのぉ、君を仲間にするって話だけど、ちょっとだけ考えさせてもらってもいいですか?」

「私のコネと知見が必要なのでしょう? それともあなたは、バルニバービへ不法に入国するおつもりで?」

「ああいや、――……うーん。ぐぬぬ」


 そこでソフィアはいたずらっぽく、くすくすくすくすと笑う。


「冗談ですよ。半分ね」

「あれぇっ!? 半分しか冗談じゃないんですかあ?」

「でも、――道中、退屈はしなかったでしょう?」


 そこは、彼女の言葉通りだった。

 いつの間にか一行は大樹の目の前にまで辿り着いていて、魔導施設の中核を担うと思われる石造りの堅牢な建物は、すぐそこだ。


「リラックスしてください。――私だってもう、半分の半分くらいはあなたに着いていくつもりでいるんですから」

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