第134話 見るなのタブー

 隊列を組んで突撃する死霊の騎士たちは、すでに間近へと迫りつつあった。


『いざ、いざいざいざいざいざいざ。勝負』


 相変わらず、どこか抑揚に欠けた死霊の言葉を意識の外に置いて、京太郎は思考を巡らせている。

 とりあえず結論は出た。――ぶっちゃけ、手持ちの情報だけでは条件が曖昧すぎてよくわからん、という結論が。


「それで、どうします? 彼らと戦いますか?」


 だがこの場は、わからないならわからないなりに毅然としていることが大切だ。


「とりあえず、奴らは始末しよう」

「では、あなたのおっしゃる通りにいたします」


 それが「正しい」とも「誤りだ」とも言わないあたり、意地が悪い。京太郎は高校時代の修学旅行で、グループの余り者のみで構成された集団のリーダーを任命された時のことを思い出している。


 ソフィアはつかつかと前進しながら剣を抜き放ち、騎士のうち、先陣を切った一騎に向かっていく。


「失礼。私が相手になりましょう」


 騎士に声をかけると、がらんどうの甲冑は(どこか嬉しそうに)、


『よかろうっ。家畜の世話にて鈍りしものの、剣を振るうは無上の喜びなり』


 その後の、――彼女による、実に流麗な剣捌きについて、京太郎は十分の一ほどしか意識を向けていなかった。

 その間は”異世界用のスマホ”で情報を収集していたのである。

 とはいえ、スマホで調べられるのはあくまで、京太郎が故郷とする現実世界の情報のみ。

 だがそうだとしても、何らかのヒントになる可能性があった。

 これまでこの世界で、何度か神話が根拠になっているらしいエピソードを見かけている。

 恐らくだが”造物主”の趣味かなにかで、京太郎の住む世界の神話と、この”WORLD0147”での出来事は何らかの関連があるのだと思われた。


――ええと。”ソドム”ってのはあれだよな。『創世記』で有名な。ソドムとゴモラの。なんか住人がセックス好きすぎて頭おかしい野郎ばっかりだったから、神様に滅ぼされたんだっけ。


 自分でも学がある方だとは思わないが、その程度は知っていた。

 だが、”ロト”というワードには聞き覚えがない。『ドラクエ』の勇者の名前だよなたしか……という程度にしか。

 若者に負けじと一時期必死に訓練したフリック入力で『ソドム ロト』で検索すると、結果はすぐにでた。


――なるほど。このロトってのは信仰心の厚い男で、ソドムが滅ぼされる前、唯一逃げ出すことを許された一家の主らしい。


 その他細かいエピソードはざっくり斜め読みにして。

 特に気を引いたのは、……ロト一家がソドムを去るとき、神の言いつけを破った彼の妻が、街を振り返って見てと化してしまう、というくだり。


――ステラだけが、来た道を振り返って見た、とか……? いや、違うな。


 その程度のことが条件なのであれば、まず京太郎自身が始めに塩の柱と化しているはず。……何せ自分は、さっきから物珍しげにあっちこっち見て回っているのだから。

 だが思惑通り、ちょっとしたとっかかりは得られた。


――たぶん、これはあれだな。


「”見るなのタブー”……ってやつか」


 すると、しばしソフィアの戦いを眺めていたラットマンの眉が、ひょいと上がった。


「おっ。ご存じだったでござるか。――訓練学校出というわけでもなかろうに」

「いや、別にご存じだったわけではござらぬが……」

「口調、うつってるうつってる」


 きししし、と、不思議な笑い方をするラットマン。

 彼はソフィアの戦いが長引いているところを確認してから、ちょっとだけ京太郎に顔を寄せ、


「この手の呪術は普通、五感のどこかを通じてかけられるんでござる。特に多いのは目・鼻・口。拙者は鼻が効くタチで、そこのジョニーは耳が良い。我々二人がなんの異常も感知していない、ということは……」


 その様子はまるで、小さな不正を愉しんでいる悪ガキのようだ。


「なるほどな。――ステラは何かを”見”た。……しかし、この拓けた空間で何を見たって言うんだ」

「そりゃもう。我々には見えないものでござろ」

「見えない。見えないものを見る。……ああ、そうか……っ」


 手をぽんと打つ。


「左様。――高位の”魔族”は、遠視の力を持つと聞きます」


 《千里眼》。

 彼女の祖母も使えた術だ。ステラが使えてもおかしくない……


「恐らく、拙者がロトの名前を出したあたりで、彼女の興味を引いたのではありませんかな?」

「それで、一足先に《千里眼》で敵の姿を観察したのか。その結果、一人だけ術の影響を受けた」

「うむ。その辺のことをざっくり察したが故、我等は今、術の効果範囲外にいると確信しているのでござる」

「なるほど明快だな」


 攻略が一歩進んだが、何かが解決したわけではない。

 背中には未だ、冷たい汗が流れている。

 とはいえ、礼を逸することだけはしたくなかった。


「……すまない。アドバイス、たすかったよ」

「いやいや。この件はさすがに、ソフィアの姉貴もお人が悪い。呪術に関する知識など、訓練学校出の人間でなければなかなか……。なあ? ジョニー」


 耳が良いという鷲鼻の大男は、無言のまま腕を組んでいる。


「……彼が黙ると言うことは、肯定の合図にござる」

「そうなの? ……なんか不機嫌なようにもみえるけど」


 とはいえ。

 いまはっきりしたのは、あくまで「これからどのような課題が待ち受けているか」ということ。

 大切なのは、その課題をどう攻略するか。


「”目で姿を見られない相手”を倒す必要があるのか……」

「左様。……恐らくではありますが、姉貴が本当に見たいのは、かと」

「ううむ……」


 やべーなんかちょっとお腹痛くなってきた。

 見ると、ちょうどソフィアが死霊の騎士の一団の、最後の一人の首を撥ねたところであった。

 ラットマンが投げた鞘を受け取り、ソフィアは慣れた仕草で剣をそれに収める。


「まったく、英霊などと呼ぶ価値もない三流でした」


 そして、敵に向かっていった時と同じ足運びで戻ってきて、


「さあ、さっさと次に進みましょうか」

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