第131話 死霊の騎士

 そこは、――四方を十メートルほどの障壁に囲まれた牧草地帯であった。

 少し興味深いのは、周囲を取り囲む壁が一部、職員のための居住スペースにもなっている点。

 「鉄筋マンションに見張られた牧場」というとイメージしやすいだろうか。少なくとも京太郎はそんな印象を抱いた。

 居住スペースはそれぞれ監視用(?)の窓が備え付けられていて、施設内を歩いていると、ものすごい数の目で見られているような印象がある。

 グラブダブドリップ全体の三分の一ほどを占有するという”魔導施設”一帯は、豊かなイネ科植物が青々と生えた牧歌的な空間だ。

 そのあたりは飼われている”魔物”ごとに蜘蛛の巣状に鉄柵で仕切られていて、道は真っ直ぐ中央部に向かっている。

 左右を見回すと、京太郎の故郷では決して見られない奇怪な生命体がもしもし草を食べたり、ぷりぷり糞を漏らしたりして平和に暮らしていた。

 これがこの世界の”発電所”の代わりだと思うと、なんだか不思議な感傷が生まれる。いかにもメルヘンな発想だ。


――なるほど。さっき馬が元気そうだったのを見たときも思ったが。……ウェパルの気力を奪い去るルールは、一定水準以上の知的動物じゃないと作用しないみたいだな。


 裏を返せば、この先、待ち受けている脅威があるとするならば、言葉が通じないような怪物だけだということだ。


 京太郎たちの進む道は真っ直ぐ、施設中央にある巨木へと繋がっていた。

 巨木といってもそのスケールは”世界樹”の赤ん坊版、といった感じ。そのそばには石造の建築物も見える。

 街中と違い、ここは不思議とワイバーンの姿はない。ウェパルの指示だろうか。なるほど彼女の目的は”勇者”を始末することであって、社会基盤インフラに打撃を加えることではない。


「……京太郎殿。ゆめゆめ油断なさらずに」


 声をかけてきたのはラットマンである。彼の背には巨大な背嚢があり、その中に各種旅の道具、あるいは低級な”マジック・アイテム”の類が仕舞われているようだ。彼の体積の二倍ほどの荷物量に、それだけで彼が常人ならざる筋力の持ち主なのだとわかるが、その両手に得物めいたものはない。


「拙者、荷物運び要員である故。襲われたら一発ですのであしからず」

「ああ、そう」

「ちなみに建物の内部に侵入するには、拙者の、――背中に入っている道具類が必要なこと、お忘れなく」

「うん」

「あ、それと拙者、京太郎殿の『ルールブック』も持っているので、奪われたら何もかも……」

「わかってるって。……といってもそれ、頼むならステラに言った方が良い。私は戦闘要員ではないから……」

「それマジ? 時間無駄にした件」


 京太郎は眉間を揉んで、なんかいきなり友だちみたいな口効いてきたな。――過去を共有したからだろうか? などと思う。


「しかし、この期に及んで危険なことなんて……」


 心なしかちょっとマウントとった雰囲気を出しながら、ラットマンは応える。


「京太郎殿ぉ。――情弱にもほどがありますぞ。この施設は、――どんな泥棒ですら裸足で逃げ出す、世界有数の防衛術が施されているのです。なんでも、”勇者”たちが魔王討伐の際に手に入れた”マジック・アイテム”も多数使われている、とか」

「それ、さっきも聞いたけど、具体的にどういう……?」


 と、その時である。

 ぱからっ、ぱからっ、と、青毛の馬が二騎ほど、京太郎たちの前に現れたのは。

 目を剥いて、馬上の主を見る。

 全身を銀の甲冑で覆ったその姿からは、どのような表情も察することができない。


――あの人、なんでウェパルのルールを無視できてるんだ?


 と、訝しんだのは一瞬。

 すぐにその理由に気付く。


「いかにも皆の衆。何用なりしか? もし無断に我が敷地内に侵入せらば、即刻立ち去りたまへ」


 声高らかに朗々と、しかしどこか棒読みで宣言するその声は、甲冑の内部で反響していた。

 それもそのはず。馬上にある甲冑はがらんどうで、中に生き物が入っている気配はないのだ。

 どうやら、そういう類の魔法生物的サムシングらしい。


――……あれか。ドラクエでいう”さまようよろい”的な。


「でましたっ! ”死霊術”ですっ」


 どこか「よっ、待ってました!」みたいな口調でラットマンが叫ぶ。


「死霊術?」

「大昔、――それこそ世界がリセットされる前、争いばかりしていた時代の”人族”の魂を、鎧に宿らせたものにござる。彼らを馬車馬みたいに働かせた結果、我が国は急激な発展を遂げたのですよ」

「ほーう……」


 そこでソフィアは嘆息し、


「やっぱり、動いていましたか。――まあ、自動人形みたいなものですし。術士の制御下にいなくても働くのでしょう」

「どうする?」

「当然、始末します」


 ソフィアが手を真横に伸ばす。阿吽の呼吸で、ラットマンが両刃のロングソードを抜き身にして手渡した。特殊な道具ではない。ごく一般的な鋼の剣だ。


「それはいいけど、……この鎧さんの数は?」

「今は昔ほど多くはありませんワ。それでもたしか、数十体ほどでしょうか」

「ふむ……では、」


 と、命ずる前にステラが飛び出す。まるで「命令のあと飛び出すとあんたの手下みたいじゃない」とばかりに。

 ステラは映画とかで見かけるワイヤーアクション演出みたいな軌道で跳ねて、「戦闘シーンの展開が早すぎて、何が起こってるかよくわからなかった。☆マイナス二つ」と上映後クレームが入りそうな速度で肘打ちを繰り出す。

 ぐわんぐわん、と反響音がして、二騎いる騎士、その片方の首から上が吹き飛ぶ。同時に、空っぽの鎧から蒼白い輝きが漏れ出て、しゅう、と、煙となって消えた。


「こはゆゆしきこと。ともがらを呼ばむ」


 翻訳の兼ね合いなのか、なんだか違和感のあるしゃべり方をする死霊は、素早く口(?)笛のような何かを吹き鳴らす。

 「ピーッ、ピーッ」という音が二度反響して、三度目は鳴らなかった。

 ソフィアの剣が、片方の騎士の胸部を貫いたのだ。

 ぷしゅー。がしゃりぱたり。


「……こっちが説明する前にやっちゃいましたが。……まあぶっちゃけ、鎧の一部分を壊せば、そこから魂魄が抜け出して霧散します」

「魂の消失って……。それ、軽く人殺しにならないか?」


 ソフィアは一瞬、妙な顔を作って、


「あなた、戦場でそーいうこと、わりと考え込んじゃう人ですの?」

「ああ、まあ」

「普通なら、そんなことでは生き残れないと説教するところですが……」

「まあ、少なくとも私は、この世界の基準において普通ではない」

「ですワね……」


 たぶん、まだどこか心に余裕があるから、いろいろ考えてしまうのだろう。

 名うての女”探索者”は、剣を少し振ってそれをいったん鞘に収める。


「私も、一方的な戦闘というのは初めて経験します。――我々は、この中では傷つかないんでしたね?」

「ああ。……なんなら、試しに自分のほっぺたをつねってみるといい」

「結構。道中、ラットマンで試しました」


 ラットマンが、「試されました」という感じで親指を立てる。


「とはいえ、ここで最も危険なのは、あの甲冑どもではありませんワ。――さっさと進みましょう。目的地までの道のりは、拓けていて近いように見えますが、早足でも四、五十分はかかるのです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る